第52話 責任
あたしが目を覚ますと、視界を覆っていたのは見知らぬ天井だった。鈍い頭の痛みに顔を顰め、頭部に手を持っていく。布団の煩わしい重み。額には布のようなものが巻かれていた。
ここは……?
「目を覚ましたか! 心配したのじゃぞ!?」
頭に響くような甘い声。視線を向けると、土ノ日が今日いきなり連れてきた初対面の中学生が居た。名前はたしか、国友安珠だったかしら。
「あたし、どうして寝てるの……?」
ボーっとする頭で尋ねる。安珠は唇をキュッと噛んでから、絞り出すような声で答えた。
「お主は落石から儂を助けてくれたのじゃ。かれこれ2時間は眠っておった。このまま目を覚まさねばどうしようかと…………」
「2時間……土ノ日と小春ちゃんは!?」
「…………行方知れずじゃ」
「――ッ!!」
飛び起きたと同時に頭に激痛が走り、あたしはぎぃっと歯を食いしばる。痛みはあるけど思考はできる。呂律や手足の感覚に問題はない。大丈夫だと判断し、ベッドから起き上がる。
「ど、どこへ行くつもりじゃ!?」
「土ノ日と小春ちゃんを探しに行くのよ!」
「無茶をするでない! お主頭を打っておるのじゃぞ!?」
「これくらい何ともないわっ!」
ベッドから起き上がったあたしは数歩歩いて、足元が覚束ないことに気が付いた。まっすぐ扉を目指して歩いているのに、上手く前に進めない。千鳥足のようによろめいてしまい、安珠に支えられてしまう。
「だから無茶だと言ったんじゃ!」
「これくらい、ダンジョンに入れば何とかなるわよ……っ!」
「無茶苦茶じゃな、お主……っ!」
杏珠に体を支えられながら、あたしは視界に入った一番近くの扉を開いて外へ出る。そこでようやく、自分が今は冒険者協会奥多摩支部として使われている廃校になった小学校の保健室に寝かされていたことに気づいた。
廊下を慌ただしく行きかう冒険者協会の職員たち。その数は、あたしたちが到着した時よりも明らかに多い。
あたしと安珠は彼らの間を縫うように校舎の外へ出てダンジョンへ向かった。
「なあ、戻らぬのか? お主、フラフラじゃぞ。そんな体ではとても……」
「わかってる……! わかってるわよっ! でも、……でもっ」
土ノ日に何かあったらそれはあたしの責任だ。だって、土ノ日をダンジョンに誘ったのはあたしだから。あの日、土ノ日をダンジョンに連れて行かなければ、彼も小春ちゃんも危ない目にあうことはなかったはずだから……!
10分程度の山道を登るのに30分近くかかった。そうしてようやく辿り着いた奥多摩ダンジョンの入り口。そこには何人もの冒険者協会の職員が、まるで周囲を警戒するように立っている。
あたしたちの姿を見て、一人の職員が駆け寄ってきた。
「君は確か、ダンジョンの崩落に居合わせた……」
「仲間を探しに行くわ。ここを通してください」
「……残念ですが、許可できません」
「どうしてよ……!?」
仲間がダンジョン内で行方不明になっていて、それを探しに行けないなんておかしいじゃないっ!
食い下がろうとするあたしに、職員は諭すような口調で言う。
「このダンジョンは大変危険な状況のため、現在封鎖されています。今すぐ戻りなさい」
「嫌よっ! 危険な状況なら、なおさら黙ってみてられないわ!」
奥多摩支部の慌ただしさや、ここの厳重な警備。あたしが眠っている間に何があったか知らないけど、状況があまりよくないのは嫌でも伝わってくる。
通してくれと何度言っても、職員は「救助隊が来る」「通すわけにはいかない」の一点張りだった。埒が明かない……けど、強引に突破する手立てはあたしにはなかった。
「……何か様子が変じゃぞ」
安珠の言うとおりだと思う。協会の職員は、明らかにあたしたちに何かを隠している。危険だから救助に行かせたくないというよりは、ダンジョンそのものに近づいて欲しくなさそうな感じだ。
ここがダンジョンの中だったら強引に突破してやるのに……っ!
何とか隙を突いて鉄柵の向こう側に行けないかと考えていると、あたしたちの後方から誰かがこっちへ近づいてきた。ボサボサの髪によれよれのスーツを着た、二十代くらいの若い男性だ。
なに、あれ……。
目を奪われたのは男性の後ろに漂う、人の形をした何か。存在自体が朧気でハッキリとは見えないけれど、何かが確かに存在している。幽霊……? ううん、そんな感じじゃない。もっと別の……異質な存在。きっと、ダンジョン内ならもっとはっきり見えるはずだ。
そして男性の方も、ただ者じゃない。雰囲気がどことなく、古都のお兄さんに似ている。
男性はあたしと職員を交互に見て、どこか面倒くさそうな顔で尋ねる。
「この子たちは?」
「行方不明になっている冒険者のパーティメンバーです」
「へぇー」
その返事は興味がないのがバレバレだった。居合わせたから仕方がなく尋ねた。そんな顔をする男性の頭を、後ろの何かがぽかぽかと殴り始める。
「痛って! な、なにするのさリイル!? えっ? 少しは空気読めって…………わ、わかった! わかったから殴らないでくれっ!」
頭を押さえてしゃがみ込む男性に、安珠と職員は異物を見るような目を向けている。
「な、なんじゃこいつは……」
きっと、安珠や職員たちの目には彼の後ろにいる何かが見えていない。あたしもかろうじて見えているだけ。もしかすると頭を打って幻覚を見ているだけなんじゃないかって思えるくらいに、その存在は希薄だ。
リイル……きっとその何かの名前なのね。リイルはようやく男性の頭を殴るのを辞めて、男性は頭を痛そうに抑えながら立ち上がった。
「まったく……。えっと、君の名前は?」
「新野舞桜。あなたは……?」
「久次比呂だよ。安心して、君の仲間は僕が必ず助けるから」
それだけ言い残し、久次さんは鉄柵の向こうへ入っていこうとする。
「待って、あたしも――」
「それはダメだ」
咄嗟に呼び止めたあたしを、久次さんはバッサリと切り捨てた。
「君、まともに歩けないでしょ? それじゃあ僕にはついて来れないよ。足手まといにしかならない。君の仲間を助けるのに、邪魔でしかないんだ」
「…………っ」
事実として立っているだけでやっとなあたしは、何も言い返すことができなかった。悔しくて、拳をギュッと握りしめて、歯をぐっと食いしばる。
そしてズボンのポケットにある感触を思い出し、ポケットから小さな箱を取り出した。
「なら、せめて……。せめて、これを土ノ日に渡してもらえませんか」
「土ノ日? ……ああ、行方不明のね。了解了解、渡しておくよ。行こうか、リイル」
久次さんは箱を受け取ると、リイルを伴って今度こそ鉄柵の向こうに歩いていく。あたしはその背中を見送ることしかできなかった。
「だ、大丈夫なのかのぅ……?」
「彼はあれでも日本に七人しかいないSランク冒険者の一人ですから」
「なんとっ!? そんな大物が出張ってきておるのか……!? じゃが、これで一安心じゃな。きっとあやつも小春も無事なはずじゃ。Sランク冒険者ならばきっと助けてくれるじゃろう」
「…………」
あたしは安珠ほど楽観できなかった。……胸騒ぎがする。上手く言葉にはできないけれど、あたしの中の何かが警鐘を鳴らしていた。このままじゃダメだ。
あたしは首から下げていたペアリングの片方を握りしめ、もう一度協会の職員に懇願した。
「あのっ! ダンジョンに少しでも入るだけでいいんです! せめて入り口だけでも……っ! どうしても、必要なことなんです! お願いします……っ!」
〈作者コメント〉
ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ
♡、応援コメント、☆、フォロー、いつも執筆の励みとなっております( ;∀;)
少しでも面白いと思っていただけていましたら幸いですm(__)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます