第48話 コレなんで

「ねえ彼女。一人? もしかして暇だったりする?」

「君けっこう可愛いね。今から俺らとお茶しない?」


 見ず知らずの男から話しかけられ、秋篠は「失敗したぁー!」と頭を抱えたくなった。新野との待ち合わせ場所に30分も早く着いてしまったばかりに、暇そうな大学生のナンパに声をかけられてしまったのだ。


「あ、あのっ、えっと……」


 普段ダンジョンに行く以外であまり家から出ず、買い物もネット通販で済ませるタイプの秋篠はこういった出来事に慣れていない。どう答えていいかもわからず口から上手く言葉が出てくれなかった。


(どうしようどうしよう!? これから舞桜ちゃんと約束があって、断らなきゃってわかってるのに、言葉が出てくれない……っ)


 秋篠が後ずさると、男たちは構わず距離を詰めてくる。そして不意に肩を抱かれ、力強く引き寄せられた。


「きゃっ…………え?」


 鼻孔をくすぐるのは甘いシトラスの香り。顔に押し付けられるのは柔らかな感触で、細い指先がまるで安心させるように優しく髪を撫でる。


「もう大丈夫よ、古都」

「ま、舞桜ちゃん……!?」


 颯爽と現れた新野は秋篠に優しく微笑むと、キッと表情を変えて男たちを睨みつけた。


「この子、あたしのコレなんで」

(コレってどれ……!?)


 きっと男たちも秋篠と同じことを思ったのだろう。呆然とする男たちをよそに、新野は秋篠の手をギュッと掴んですたすたと歩き出す。


「ほら、行くわよ」

「あっ、う、うんっ!」


 新野に手を引かれながらちらりと振り返って、男たちに追いかけてくる様子がなくて秋篠は胸をなでおろす。


「ったく、ああいうのどこにでも居るのよね。大丈夫? 変なことされてないわよね?」

「う、うんっ! 大丈夫だよ。ありがと、舞桜ちゃん」


「間に合ってよかったわ。あ、でも、土ノ日じゃなくてごめんね?」

「つ、土ノ日くんに助けて欲しかったなんてこれっぽっちも思ってないよ!?」


 変な気の使われ方をして戸惑う秋篠を見て新野はくすくす笑っている。


「も、もぅ! 舞桜ちゃんったら!」

「ごめんごめん。それじゃ、気を取り直して行きましょ。土ノ日の誕プレ探し!」


 二人が向かったのはランジェリーショップ……ではなく、冒険者向けのアクセサリーショップ。目的は明後日に誕生日を控えた土ノ日へのプレゼント探しだ。


「それにしても、土ノ日の誕生日ってよく知ってたわよね。あいつ、あたしにはそんなこと一言も話さなかったわよ?」


「う、うん。小学校の時にクラスメイト全員の誕生日が教室の後ろに張り出されてたの。それを憶えてて」


「へぇー。古都って記憶力いいのねぇ」

「そ、そんなことないよ……?」


 クラスメイト全員の誕生日が張り出されていたが、今も憶えているのは土ノ日の誕生日ぐらいなものだ。それを思うとなんだか気恥ずかしい気持ちになる秋篠だった。


 アクセサリーショップに到着し、さっそく店内を見て回る。


「舞桜ちゃんは土ノ日くんに何をプレゼントするの?」

「指輪よ」

「へぇー、指輪かぁ。……――指輪っ!!!???」


 あまりに平然と言うものだから驚きまでに少し間が開いてしまった。思わず大きな声を出してしまった秋篠に店内の至る所から視線が集中する。


「シーっ! 古都ったら声が大きすぎるわよ」

「だ、だって指輪って……!」


「別にプロポーズしようってわけじゃないわ。ペアリングが魔力を通すのに何かと都合がいいのよ」

「ど、どういうこと……?」


 新野が教えてくれたのは、彼女と土ノ日が最近取得したスキルについて。


 新野の、対となるアイテムを媒介してMPを譲渡することができる〈魔力伝達〉。


 土ノ日の、MPを消費してステータスを上昇させる〈魔力開放〉と、MPを消費して武器に魔法属性を付与する〈魔力付与〉。


 新野曰く、これらのスキルを最大限に発揮するためのアイテムとして、ペアリングが最も都合がいいということらしい。


「魔力の受け渡しをするには肌身離さず身に着けておく必要があるわ。指輪だとイヤリングみたいに落とさないし、指にはめなくても鎖を通してネックレスにもできるでしょ?」


「なるほど……!」

「例えばこれなんか良さそうね。MP増加の効果も悪くないわ」


 新野が選んだペアリングには、赤い宝石が埋め込まれていた。デザインもお洒落なだけでなく、実用性まで考えられているのは素直に良いと秋篠は思う。


(わたしはどうしよう……?)


 心のどこかに舞桜には負けたくないという気持ちがあるものの、指輪以上のプレゼントなんてパッとは浮かんでこない。どうせなら指輪のように実用性があってお洒落なものが良いと思うのだが、それが余計にプレゼントの幅を狭めていた。


「決まった?」

「ううん……。せっかくなら土ノ日くんに使ってもらえるようなプレゼントがしたいんだけど……」


 あとできればお洒落なほうがいい。土ノ日にはセンスが良い子だって思われたい。


「使ってもらえそうなプレゼントねぇ……。普段使いなら武器や防具かしら。でも、武器の素材は明日取りに行くのよね」

「いいなぁ……」


 明日は家の用事で同行できない秋篠は、羨望の眼差しを新野に向ける。


「そんな顔しないの。お土産に石拾ってきてあげるから」

「い、要らない……」


「まあとにかく、武器は当てがあるんだし、それなら防具なんてどうかしら?」

「防具?」


「そ。例えば盾なんかだと、ちゃんと使ってくれると思うわよ?」

「盾? 土ノ日くん、盾なんて使ってた……?」


「今は使ってないわ。けど、本来の戦い方は剣と盾を持ったオーソドックスな戦闘スタイルよ」

「本来の戦い方……」


 それを新野が知っていることに、秋篠はほんのちょっぴりモヤモヤした気持ちを抱いてしまう。


 けれど、アイデアとしてはすごく良い。何より盾というのが魅力的だった。盾なら普段一緒に居られない時も、ずっと土ノ日を守ることができる。それってとっても素敵だなぁと、考えるだけでうっとりしてしまう。


「あたし、お会計してくるわね」

「う、うん!」


 レジに向かう新野を見送り、秋篠はさっそく計画を立てる。


 土ノ日専用の盾。せっかくだから素材からこだわりたい。秋篠家の財力(と言っても秋篠が自由に使えるのはごく一部だが)を駆使して最高品質の材料を集め、最高の職人の手で最高の盾を作り上げる。


 やるからには妥協はないと、家の使用人に速やかな指示を送る。少々時間はかかってしまうかもしれないが、そのぶん世界にたった一つの最高の盾をプレゼントしようと秋篠は決心した。


「待っててね、土ノ日くん……っ!」



〈作者コメント〉

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