第39話 尽きぬ下僕

「――はぁっ!」

『くふふ、この程度ですか?』


 幾度となく振り抜いた刀はすべてアドラスの剣に受け止められる。鍔迫り合いに持ち込もうとするも、アドラスが軽く剣を振るっただけで押し負けて後退を余儀なくされる。


 ……やっぱり厳しいか。


 アドラスの剣の腕は本物だ。前世では仲間の援護やステータスの差で何とか押し切れたが、単純な剣の実力ではアドラスの方に分があっただろう。


 今の俺のステータスは、勇者レインがアドラスと戦った頃のステータスに遠く及ばない。


 そのうえ、前世では仲間の援護があったが、今はそれも期待できない。浪川さんたちはスケルトンの相手で手いっぱいでこちらに気を配る余裕もなく、新野もスケルトンに魔法を撃ち込み続けている。


 孤立無援の状態で、ステータスも遥かに高いアドラスを倒さなければならない。そうしなければ、スケルトンの攻勢が止むことがない。浪川さんや秋篠さん、新野も頑張ってはいるがいずれはスケルトンの攻勢に押し潰される。


 絶望的な状況だが、俺がやるしかない……!


『力の差を自覚しながらも諦めようとしないその目、忌々しい勇者を思い出させますねぇ。少々本気を出させてもらいましょうか』


 アドラスが言ったと同時、アドラスの影が石を投げ入れた水面のように激しく揺らめいた。


 ……来るか!


 アドラスが持つもう一つの固有スキル。


『来なさい、〈影狼〉よ』


 アドラスの影から飛び出してきたのは、影でできた漆黒の狼。アドラスはそれに跨って、剣を構えて斬りかかってきた。


『キェエエエエエッ!』

「くっ……!」


 狼の突進力が上乗せされた重たい斬撃。まともに受けることは早々に諦めて、刀で受け流しつつ衝撃そのままに吹っ飛ばされる。受け身をとって着地したところへ、すかさず追撃があった。


 影狼の機敏な反転移動。前世で見ていなければ間違いなく首を切り落とされていたであろう斬撃をかろうじて避ける。愛良ほどの速さはないが、それでも反応速度ギリギリだ。動体視力では足りずに反射神経と前世の経験で補ってようやく動きを捉えることができている。


『ほぅ、初見でワタクシの動きを見抜くとはなかなかの才能をお持ちのようですねぇ。では少し踊っていただきましょうか。我が下僕たちよ、彼と遊んであげなさい』


「なっ……!?」


 アドラスの瞳が光り、十数体のスケルトンが俺を取り囲むように現れた。


 まだ居たのか……!?


 まったく警戒していなかった伏兵の登場に、嫌な汗が頬から顎へと滴り落ちる。ただでさえアドラスの相手で精一杯だったのだ。そのうえでスケルトンまで相手にしなければいけないのは、正直かなりきつい。


『くふふっ、どれだけ持つか見物ですねぇ』


 アドラスは嘲笑うように口角を上げる。そして俺を取り囲んでいたスケルトンたちは一斉に襲い掛かってきた。


「くそっ!」


 振り下ろされる刀、突きだされる槍。その全てを避けることは不可能だ。それでも姿勢をそらし、防具で受け、刀で防ぎ、何とか致命傷を受けることだけは避ける。


 斬られた手足や脇腹が熱い。やがてその感覚は痛みを帯びて、血が見る見るうちにレザーアーマーを染めあげる。


 ……まだだ!


 動ける内に、確実に一体一体のスケルトンを仕留めていく。狙うのは腕や足だ。武器と足を奪えばスケルトンはある程度無力化できる。傷は増え続けるが、同時にスケルトンは徐々に数を減らしていった。


「はぁあああああああああああっ!」


 最後の一体を袈裟斬りにして蹴り飛ばし、俺は思わずその場に膝をつく。


 装備が重い。血を吸って重量が増えたのか……? 息が上がってどれだけ呼吸をしても体と頭に酸素が回らない。目の前のアドラスの姿が二重に見える。目の焦点も、スケルトンと戦っている途中から合わなくなっていた。


 ……血を流しすぎた。


 ステータスの恩恵で何とか生きてはいるが、おそらく今もHPはじわりじわりと減り続けているだろう。膝をついて、そこから立ち上がるだけの力が残っていない。地面に刺した刀を頼りに体勢を保っているが、少しでも気を抜けばそのまま倒れてしまいそうだった。


『くふふふふっ。頑張りますねぇ、人間。そんなあなたにプレゼントを差し上げましょう』


「……まさ、か」


 俺を取り囲むように現れるスケルトン。その数はさっきよりも多い。


 ……ここまでなのか。


 じわじわと近づいてくるスケルトンを前に、もはや指先一つ動かすことができない。体からは力が抜けていき、意識が混濁していく。


 もはや限界だった。俺の意思とは関係なしに意識が消えていきそうになって、


「……熱っ」


 それを引き留めたのは、右の太ももに感じた熱だった。何かと思ってポケットに手を突っ込めば、火傷しそうなほどに熱を帯びた新野のイヤリングが出てくる。


 これ、魔力(MP)が発熱しているのか……?


「新野……?」


 ふと振り返れば、新野はスケルトンと戦いながら自らの耳につけたもう一つのイヤリングをぎゅっと握りしめていた。おそらく、イヤリングに魔力を送り込んでいるのだ。


 対のイヤリングを触媒にしての魔力伝達。そんな離れ業、前世の世界でも聞いたことがない。さすが魔王。魔法のスペシャリストだっただけのことはある。


 この魔力があれば、行けるか……?


 MPの数値の低さもあって今まで使って来なかったスキル。それを今なら、新野から送られてくるMPで補えるかもしれない。


 一か八か、覚悟を決めろ。



 「――〈魔力開放〉ッ!」




〈作者コメント〉

ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ

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少しでも面白いと思っていただけていましたら幸いですm(__)m



前作(カクヨム運営からの指導で非公開。なろう、アルファポリスでは読めます)からの設定流用が多々ありますが世界観の繋がりはたぶんないです(*'▽')

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