第21話 茶番
「はぁああああっ!」
俺が剣を振り下ろすと、愛良は剣で受け止めようとはせずにスルリと体を滑らせた。そしてくるりと回転し、右手に持った剣で横薙ぎの斬撃を放ってくる。
「……っと!」
剣で防ぎつつバックステップ。そして即座に前進。相手に休む暇を与えず斬撃をお見舞いする。
だが、俺の剣が愛良に届くことはなかった。彼女は踊るような足の運びで、ひらりひらりと剣を避け続ける。まるで霞を斬っているような感覚だ。
そして俺の斬撃が途切れるのを待ち構えていたかのように飛んでくる反撃。俺の隙を突くように的確なタイミングで放たれるカウンターだが、俺は難なく対処することができていた。
……いや、出来てしまっていると言うべきか。手を抜かれているな、これは。
秋篠唯人の目的はおそらく俺たちを利用することだ。たかがイービルウルフ数十匹相手に苦戦する俺たちをどう使うつもりか知らないが、もしかしたら端から冒険者資格の剥奪なんて考えていないのかもしれない。
目的はあくまで、俺たちの実力に利用するだけの価値があるかを調べること。それも、秋篠唯人が設定しているハードルはそれほど高くない。
これは一種の茶番だ。このままなあなあで終わらせてもDランクへの昇格はできてしまうだろう。
……そんなの、面白くもなんともない。
「左手は使わないのか?」
「……わかるものですか?」
「なんとなくだけどな」
俺はいったん愛良から大きく距離を取ると、二本目の剣を秋篠唯人に要求した。彼から投げ渡された剣を受け取り、それをそのまま愛良の方へ放り投げる。愛良は剣を左手で掴み取った。
「どうにも動きがぎこちなく感じていたんだ。勘違いじゃなくてよかったよ」
両手に剣を持った愛良は、軽く剣を振るいながらリズムを取るように体を回転させる。その速さは先ほどまでの比ではない。すっと動きを止めて俺を見据えた彼女は、俺に問いかけてくる。
「手加減は不要ですか?」
「もちろんだ」
俺が即答した直後――愛良の姿が視界から消えた。
「……ッ!!」
とっさに体の側面を守るように構えた剣に恐ろしい衝撃が襲い掛かる。反応できたのは前世の経験あってこそだ。動体視力は間違いなく追いついていなかった。
「ぐっ……」
二本の剣を受け止めた俺の木剣はミシッと軋んだ音を立てている。危うくぶっ飛ばされそうになったのを、両足で踏ん張って何とか防ぐ。
「今のを防ぎますか。では、これならどうですか?」
愛良は再び踊るようなステップでクルリと廻って、身を引き絞った鋭い斬撃を連続で放ってくる。読んで字のごとく蝶のように舞い蜂のように刺す攻撃は、俺に反撃の機会を与えない。
防戦一方。というより、防げていることが奇跡に近い。視力は愛良の速さにほとんど追いついておらず、俺が何とか反応できているのは反射神経と前世の経験と、後は勘だ。いつ一撃を食らっても不思議じゃなかった。
これがAランク冒険者か……!
わかっちゃ居たが、今の俺とは格が違う。前世の世界ならこの程度の実力者はいくらでも居る。今の俺はその程度の領域にすら遠く及ばない。
それを知れただけでも収穫だが…………、このまま何もできずに負けたんじゃ魔王に笑われちまう。
……集中しろ。突破口は必ずあるはずだ。
愛良の斬撃をギリギリで捌きながら、彼女の動きをくまなく観察する。独特なリズムで行われる足の運び。二本の剣から繰り出される縦横無尽の斬撃。彼女の動きに合わせて揺れる二房の銀色の髪。
その動きは洗練され、一切の無駄も狂いもない。精確に刻まれたリズムに乗って彼女は剣を振るい続けている。
……だから、段々と掴めてきた。
息をつく暇もない連続攻撃で誤魔化してはいるが、愛良の動きには一定のパターンがある。リズムに乗って繰り出される攻撃は、逆に言えばリズムから外れることがない。精確に狂いなく刻まれ続けるほどに、だ。
それを逆手に取る。
言葉にすれば簡単だがそう上手くはいかない。愛良の動きには隙がない。リズムを掴んだと感づかれれば、動きを変えてくるだけの技量はあるだろう。
チャンスは一瞬、そして一度きり。狙うのはいつ訪れるかもわからない一瞬の隙だ。
紙一重で斬撃を捌きつつ、その一瞬を見極める。呼吸に意識を割く余裕がない。酸素を求めて喉が喘ぎ、視界がどんどん霞んでいく。全身に疲労が蓄積され、体の動きがどんどん鈍っていく。
残された時間はわずか。やがて限界に達しようとしたその瞬間、ついに狙っていたタイミングが現れた。
――今っ!
愛良の剣が引いたと同時に、左足を思いっきり前へと踏み出す。愛良の懐へと踏み込んでその白い首筋へ剣を突き立てようとしたのだが、
「……ブラフだったか」
俺が剣を突き出すよりも速く、愛良の左手の剣が俺の喉元に突き立てられていた。俺が隙だと感じたあの一瞬、愛良は二本ではなく右手の一本の剣で斬撃を放っていた。
あえてリズムに狂いを生んで、相手に隙だと思わせる誘導。そして残していた剣でのカウンター。単純なステータスの差だけではなく、彼女の剣技には長年で培われた技術と経験が織り交ぜられている。
……完敗だな、これは。
溜息を吐きながら愛良へと視線を向けると、彼女は肩で息をしながら俺を見て目を見開いていた。
「驚きました。まさか反撃に転じてくるなんて」
「ものの見事にブラフを掴まされたけどな」
社交辞令を受け流しつつ剣を収める。秋篠唯人に木剣を渡して新野たちのほうへ戻ろうとすると、不意に制服の裾を引っ張られた。
振り返ると愛良が俺の制服をぎゅっと握りしめている。
「あなたに興味がわきました。連絡先を交換しませんか?」
「お、おぉ……」
俺のどこになんの興味を抱いたのかわからなかったが、愛良がスマホを取り出したのでとりあえず流れで連絡先を交換しておく。冒険者アプリのチャットに登録された連絡先はこれで三件目だ。
俺が通路へと戻ると、新野と秋篠さんは何か言いたそうな表情で俺のスマホを見つめていた。
「どうかしたのか?」
「べっつにぃ。可愛い女の子と連絡先を交換できてよかったわねー」
「なんか棘のある言い方だなぁ」
新野は腕を組んだまま「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。労いの言葉くらいかけてくれてもいいと思うんだが。
「お、お疲れさま、土ノ日くん! 愛良さん相手にあそこまで戦えるなんてすごいよ!」
「ありがとう、秋篠さん。でも、あっちはあれでもまだ本気じゃなかった。完全に俺の力負けだよ」
「今のあんたにしては頑張った方でしょ。実力は十分に示せたはずよ」
「だといいんだけどな」
訓練場の方へ視線を向けると、秋篠唯人は壁にもたれかかってタブレット端末に目を向けている。俺の読み通りこの昇格試験が茶番だとしたら、秋篠唯人の目的はいったいどこにある。俺たちに何をさせるつもりなんだ……?
「次はあたしの番ね。あんたの借りを返してきてあげるわ」
「無茶はするなよ」
「が、頑張って、新野さん!」
俺たちの声援に新野は軽く手を振って答えながら訓練場のほうへと歩いていく。
新野の相手はやはり恋澄アンヌ。
愛良の実力から察するに、彼女も相当な実力者だろう。
新野の魔法は、彼女にどこまで通用するだろうか?
〈作者コメント〉
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