第九話の9

 レッドカイザーは意識がエーテル界へ戻ったのを確かめながら、イャノバのことを思っていた。不思議なことだった。エーテル界最強の存在である自分が、なぜ下位世界の戦士の空虚な思い、無力感を理解できるのか。それがどうしても他人事とは思えなかったが、イャノバにかける言葉を見つけるもこともできなかった。

 レッドカイザーは自分を覆うように炎をおいていた。下位世界へ降りている最中に何者かに干渉されるのは面白くない。今はひとりで、守ってくれるものもいないから自衛をする他なかった。この辺境でなら、多少炎が暴れても被害を出すことはないだろうという算段もあった。

 レッドカイザーが炎を取り払うと、周囲をエーテル生命い囲まれているのに気付いた。

「なにっ」

「父上」

 目の前にいたのは自らの炎を分けた現王、ヴルゥだった。兵士を連れ、レッドカイザーを包囲したのだ。

「なぜここが分かった」

「わが配下の力です。優秀な哨戒能力を持つもの五体で子を成し、あなたをこの宇宙から探しださせたのです」

 ヴルゥの言っているのは恐ろしい意味を含んでいた。彼らはすぐれた能力を持つもの同士で積極的に子を成し、来たる戦争へ備えているということなのだ。いかにハンバスらが強かろうと、先鋭化された能力をもつものに徒党を組まれれば、容易に粉砕されることもあるだろう。

「しかしヴルゥ、私を包囲して何とする。私の力を知らないわけではあるまい」

「存じ上げておりますとも。ですから、私はここへ戦いに来たのではなくお願いをしに来たのです。我が方へ下っていただきたい」

 ヴルゥの提案はレッドカイザーにとって予想外のものだった。なるほど、宇宙を一つにまとめるにはうってつけである。悪くはないと思いながら、レッドカイザーは聞かなければならないことがあった。

「ハンバスはどうしている」

「未だ逃亡中です」

 ハンバスが下っていないのなら、他の将軍や戦士も同じだろうと思った。そしてレッドカイザーがヴルゥに下れば、いよいよハンバスらに戦争の踏ん切りをつけさせる結果になるだろう。ハンバスに自分は逃げると伝えた手前、ヴルゥの支配に加われば良からぬ企みに拐かされたと思われるだろう。実際この状況は脅迫めいている。このやり方がレッドカイザーに通用すれば、他のエーテル生命に通じない道理はなかった。そうしてこの若き戦士たちが邪道に染まるのも、今後のエーテル宇宙のことを思えば面白くない。

 レッドカイザーは素直に答える代わりに、かねてよりの疑問を投げた。

「ヴルゥよ、下位世界を攻めることに意味はあると本気で思うか?」

「我々は戦争を望んでいるのです。戦いのもとにこそ、真の団結は生まれると確信しております」

 ということは、自分を引き込んだ上でハンバスたちと闘う腹づもりなのだ。レッドカイザーはそう考えた。

「そういう父上こそ、なぜ下位世界のために闘うのです。聞けば、空虚で何もないところだとか」

 それは当初、二つの宇宙の均衡を保つためだった。ところが今はエーテル界が二つに割れ、一つの宇宙から崩壊が始まろうとしている。手遅れになりつつある状況で、それでもなお下位世界を守る理由を探せば、レッドカイザーには新たな一つの答えがあった。

「友がいるのだ」

「……なんですって?」

「下位世界への侵攻を止めてくれると約束すれば、私は二度と姿を表さないと誓おう」

「戯れ言を、誓ってなんとするのです!」

 怒気を発するヴルゥに、レッドカイザーは自らを炎で包んだ。のけぞるヴルゥと戦士たちの間から、いくつかの生命がレッドカイザーへ攻撃を加えようと勇んだ。

「よせ!」

 ヴルゥの忠告も虚しく戦士たちは炎に灼かれエーテルへ還り、遠くから攻めようとしたものは一直線に炎に瞬く間に灼き尽くされた。彼らは下位世界で一度レッドカイザーと戦ったものたちで、その力を甘く見ていた。

 炎が消えると、レッドカイザーの姿は消えていた。




 レッドカイザーは自らの炎が敵意に反応し、勝手に生命を灼いたことに気付いていた。いよいよ言うことを聞かなくなりつつあるが、辺境を彷徨ってもまた見つかってしまうだろう。しかし広大なエーテル宇宙に隠れる場所などない。自らを炎で覆ってじっとしていようにも、それが寄ってくるものを灼いてしまうかも知れない。

 どこかひとりでいられる場所はないのか。そのように考えていると、ふと宇宙を囲う炎の壁のことを思い出した。それは自分の炎に瓜二つだが、意識して維持しているわけではない。

 この壁の中はどうなっているのだろうとレッドカイザーは思った。壁に灼かれた生命のことは聞いたことがあるが、自分は耐えられるのか。レッドカイザーは確信もないまま、できる気がした。壁の中でなら、じっとひとりで居続けられるだろう。

 自分の先に炎を投げて、それがかき消されないと知った。同化し、どこまでも性質を同じくしている。レッドカイザーが生んだものだとして、やはり壁を作ったことなど覚えてもいなかった。壁は徐々に広がっていき、宇宙を作っている。有限の宇宙を拡張する神の力が、自分から発せられたのだとは思えなかった。少し前までは。

(私の炎が宇宙を創っているのかもしれないというのも、今なら信じてしまいそうだな)

 レッドカイザーは壁に飛び込んだ。体は灼かれず、どこまでも深くへ進んでいくことができる。壁は分厚かった。どうせなら一番奥、宇宙の縁の縁に行ってみようと思い、どんどん進んでいった。

「――?」

 レッドカイザーは、宇宙を覆う炎の壁から出てしまった。目の前にはエーテル宇宙が広がり、背後に炎の壁がある。

 まっすぐ進んだ気がしたが、どこかで回ってしまったか? それともこれが宇宙の形なのだろうか。一方の果てがもう一方の果てが繋がっている、と?

 レッドカイザーは考えながら、この宇宙の様子が自分の知っているものと何か異なるように見えた。何かがおかしいと。

「むっ」

 気配があり、振り返った。

 エーテル生命がいた。覚えのないものだが、そのエーテル生命はじっとレッドカイザーに見入っていた。レッドカイザーがそれに話しかけようとした時、エーテル生命は先んじてぽつりと、つぶやくように意味をこぼした。

「アバンシュさま」

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