ぬらりひょん

第1話:不死鳥

 僕はジュンシフォリア。種族はレプラコーン……なんだけど、死んで冥界の住人になったお陰であやふやなところがあるよ。

 育ての母経由であーちゃんに安定させてもらった性質は《ぬらりひょん》。どこへでも入り込んで追い出せなくなっちゃうっていう妖怪。ただしこれは後世の拡大解釈といわれてるそうだよ。でも、世の中の《ぬらりひょん》がそうだというのならばそのように伝承は変じるのだとか。

 しかーし。そんなのは瑣末なこと。

 僕の《職人妖精》と《ぬらりひょん》の二本柱で、アリスちゃんのため頑張るよ!

「……何をニヤニヤしてる」

「えへへ……」

 お付き合いにOKをもらえたから、嬉しくてつい浮かれる。今日も手料理を食べてもらえるなんて昇天しそうだ。

「炒飯どうかなって。美味しい?」

「美味い。さすがだ」

「良かった」

 アスちゃんとリナに教えを乞うた甲斐があった。

「ん」

「? なに、アリスちゃん」

 彼女は炒飯の載ったレンゲを僕に差し出している。

「あーんしてやるからじっとしてろ」

「へ?」

「ん」

 間抜けに開いた口へとレンゲが侵入する。

「…………か、かかかかかかか間接きききすすすす」

「恋人なのだからあーんしなければな」

 あ、全く気にしてないなこれ。

 僕の鼓膜は拍動で軋んでいるのに……でもそんなアリスちゃんが好き。

「そっ……かあ。誰かから教わったの?」

「いや。母様とリル姉を見て学んだ」

「ふふふ、そっかー」

 たぶんベラさんはユニさんへの独占欲、アスちゃんはいちいち恥ずかしがるカルに対しての嗜虐心でそれぞれ『あーん♡』ってしてるからなんとも言えない。ノーコメント。

「僕からもしようか? なーんて……」

「…………っ。だ、だめだ。恥ずかしいからだめだ……」

「ぐふっ……」

 恋人が可愛くて死にそう。

 よく知らない人からは刺々しく見えるアリスちゃんだけど、その実はピュアで聡明。それでいてお嬢様らしさが見え隠れするギャップの塊。

 非番の今日は秋向けのゆるいニットワンピースだ。無地でシンプルな服だからこそ、着る人の品格が際立つ。

「……何をニヤニヤしている、フォリア」

「あっ、ごめん! 可愛かったからつい見ちゃって……!」

「…………」

 一緒のソファに座るアリスちゃんが僕の足を自身の足指でつつく。

 ……やわくてあたたかいよぉ……

「体を冷やすなよ」

「うん」

「タオルケットを被れ」

「あはは。ありがと」

 体温調節が下手なのは事実。

 心配してくれて嬉しいから手を伸ばすと、彼女は躊躇なく膝に乗り上げて抱きついた。タオルケットを被っていく。

「ふぬお!?」

「温めてやろう」

「え、え、ちょっと待って……待って……!!」

 アリスちゃんは胸板あたりに頬擦りを始める。

 色んな意味でマズい。

 頑張れ僕の理性。

「心地よいな」

「あの……えっと。う、嬉しいんだけど。嬉しいんだけどさ、無理してない?」

「? いや、恋人になったら思い切り抱きついてみろと母様に教わった」

「……そっかあ……」

 アリスちゃんの元々の距離感がそういう感じらしい。あのご両親を見て育ったのならさもありなん。

「暖かいか?」

「お陰様でぽかぽかだよ」

「それは良かった。……抱き返してほしい」

「っっ……ふぐぁ……」

 頑張れ僕の理性。

 なんとか腕を動かしてアリスちゃんを抱きしめれば、はちゃめちゃにいい匂いが鼻腔を通り抜けていく。バニラとフルーツの焼き菓子のような……なんだこれ。生物から香っていいのかこれは?

「んー……」

「ああっ、アリスちゃん寝ないで……僕が爆発する……」

「ばくはつ? ……しても治療してあげる……」

「ぐおぁ……!!」

 耐えろ僕の理性。




   ***




「……そんな毎日です」

 相談相手の弟妹たちに相談すると、全員がいつも通りで返答する。

「ふうん、幸せそう」

「アリスちゃんらしいですね」

「良かったじゃん」

「わろす」

 みんな微妙に相談に乗ってくれてない気がする……

 一斉に聞いたからだめなんだよね、きっと。

 となればまずは、アリスちゃんの弟子であり部下でもあって関わりの深いカルミアに。

「らしい、ってどんなふうに?」

「兄さんが見てるそのままですよ。仕事や学問以外のことは疎いですし、ふとした瞬間が無防備にピュアで可愛いのがアリスちゃんです。僕もマリアンヌさんやアスに頼まれて見守ってましたから」

「……なるほど……」

 少し視線を外せば、弟嫁のアスちゃんがリナリアのお嫁さんのステラちゃんとその娘ユーフォちゃんと戯れている。アスちゃんも愛情深い悪竜さん。きっと妹が心配であれこれ気にかけていたのだろう。

「というか何を悩んでいるんです?」

「可愛すぎて過剰供給……」

「……。はあ」

 弟の視線の温度が下がったのが如実にわかって辛い。

「カルはアスちゃんとの共同生活でどうやって正気でいるの……?」

「どうやってって……ふつうに」

「うう……」

「……恋は相手への感情が激しく揺らぐ一方、愛情になると緩やかに落ち着く傾向にあります。僕は落ち着いている段階ではあるので、もちろん可愛いとかドキドキすることはありますが、生活が困難なほどではありませんよ」

 カルは科学的根拠に基づいた説明スライドまで見せてくれた。

「そんなら兄さんもいつか落ち着くんじゃねえの?」

 カルの双子の弟、リナリアがふと呟く。

「僕が……『落ち着く』……?」

「おい執事役」

「いつもいつでも錯乱してる僕が、どうしたら落ち着けるんだ……!」

「あんたそれでよく賓客もてなせるな?」

「仕事は別!」

「胸張るとこじゃねえだろ……」

 ため息をつかれてしまった。

「ぁう!」

「お、ユーフォ」

 ステラちゃんを伴って歩いてきた娘ちゃんを抱き上げる。

 ファープがステラちゃんに椅子を勧め、遅れてやってきたアスちゃんはカルの隣へ。

 現在地はリナリアのマンション。さすが高級マンション、リビングがとても広い。

 二人の分のお茶とユーフォちゃん用の飲み物を用意していると、ルピィがじっと見ているのに気づく。

「? なに、ルピィ」

「……フォリアはプライベートが下手だよね。休日でも自分の仕事探してる感じ」

 結局は自分の双子の妹からの言葉が一番ぐっさり刺さるのだ。お互い似ていて思考もうっすら読めるから。

「……そう、です……」

「でしょう? でも、アリスちゃんは尽くされてそれっきりの人じゃないよ。フォリアも気を抜いたり甘えてみたりを考えないと息が詰まるんじゃない?」

「う……わ、わかってるんだけど……つい」

「つい仕事を探しちゃう?」

「うん。保護者かあさんが褒めてくれたのが嬉しくて、つい」

「「「……わかる……」」」

 気まぐれで無邪気に飽きっぽい妖精な僕らだけど、妖精の中でも種別がレプラコーンだから、恋愛親愛問わず好きな人が喜ぶと幸せな《手伝い妖精》の性質は濃い。

 きょうだいたちがしみじみしていた。

 父が喜んでくれたのがきっかけで職人として働いているルピナス。

 人を助けるため医師として働くカルミア。

 元は育ての姉の手助けで始めたことが仕事に繋がったリナリア。

 父の友人の大学教授に懐いたことがきっかけで薬学の道へ進んだファレノプシス。

 僕らの性格はバラバラながら、行動原理はみんな似ている。

「ユーフォちゃん、りんごジュース美味しい?」

「ぁぶ」

「うふふ……リナ兄に似てるぅ」

 いまもファープはユーフォのお世話をお手伝いしているし、カルはリナとステラちゃんから赤ちゃんの食事について相談を受けている。

 なんともほっこりしていると、そばまで来ていたルピィが僕の肩を叩く。

「フォリア、あとで私と話そうぜ」

「ありがと」

 嬉しい気遣いだ。

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