少年は神秘の夢を見られるかＵＡ

第5話：天使

　俺の感情が鈍かった頃、ガーベラはそれでも楽しませようと外に連れ出したりお菓子を持ってきたりしてくれた。仕事に根を詰めたら叱ってくれた。何もかもが大切な思い出。

「……というわけなのでお前に恩返ししていきたいが……体調を崩しては世話を焼いてもらって……いつまでも返せない……」

「いいの。私たち夫婦でしょ？」

「ガーベラ……」

「今回は私がばかなことしたの。ごめんなさい」

「おまえになら殺されても幸せだと言ったはずだ。……俺を想ってしてくれたのだろう？　嬉しいよ」

「ユニ……♡」

　抱き合っていると、ジュネとハイネの会話が耳に届く。

「……私たちは何を見せられているんだ」

「昔から仲睦まじいですよね」

　ガーベラと二人でお礼を言う。

「大変世話になった。何か良い品を送らせていただく」

「二人ともありがとう」

「かまわない。ハイネもそうだな？」

「はい。妹の件ではこちらこそお世話になりましたからね」

「ならユニに頭を差し出してきて」

「……ん？」

「はやく」

「…………。え、つまり、あの」

「甘やかされてこい」

「……」

　ハイネの頭をガーベラと二人で撫でる。

「こうしてると懐かしいね」

「ああ。『ハルネを探してほしい』と訪ねてきた日を思い出すな」

「あのときは……大変な無礼をいたしまして……」

「一大事だったのだからかまわないさ」

「そうそう。頼ってくれて嬉しかったよ」

「……ありがとう。母のことも」

　ジュネはおっとりとして息子を見守っている。穏やかに物静かなのが本来の彼女。それを取り戻せたのは喜ばしいことだ。

「私とハルネは幸せです」

「良かったね」

「何よりだ」

「ハイネも良い人いる？」

「見ての通りつまらない男なので、生まれてこのかた女性と深い仲になったことはないかな」

「そうか？」

　ハイネは質実剛健。容姿は淡麗で、性格は冷静かつ柔和。身分を抜きにしても女性から慕われていそうなものだが。

「あの……えっと。もう大丈夫ですよね！？」

「もう少し撫でたい」

「ああもう……」

　幼い頃を知るハイネが大きくなって立派な姿を見ると大変嬉しく、そして愛しい。ガーベラも同じ気持ちのようで、幸せそうに抱きしめている。

「とっても贅沢な気分よ。ハイネを貸してくれてありがとう、ジュネ」

「お安い御用」

「……それは良かった……」

　そろそろ離してやるべきか。

　ジュネの方へ差し出すと、彼女はハイネを５歳児にして回収する。

「のわ！？　は、母上！　いきなりはやめてもらえます！？」

「私もお前を愛でる」

「解放されたと思ったのに——！！」

　手を振って去るジュネに振り返す。

「仲良し親子だな」

「……。そうだね！」

　ガーベラの微妙な間は気になるが、まあいいか。

　早速、熱に浮かされつつも思い付いたアイデアを打診しよう。

「体調が戻ったら温泉に行かないか？」

「おんせん？　アリアのところの？」

「そこもいいが、日本国内で」

　ネットの温泉好きコミュニティで聞いたところ、東京からほど近い土地に貸し切りの露天風呂があるそうで、下調べをしていた。

　気に入った旅館の公式ホームページを見せる。

「地酒が豊富らしいのと、海鮮が評判なのとで選んだ。どうだろう」

「……いいね」

「うむ」

「ふふふふ……」

　タブレットを置き、抱きついてくる妻に抱き返す。

「……熱下がったね。この調子だよ？」

「うん」

「全快したらとっておきの白ワイン出してあげる」

「！　頑張るよ」

「お、相変わらずイチャイチャしてんね、ゆっくん！」

「——死ね羽虫」

　無遠慮に扉を開けた人影を、オーダーで気圧差を起こして弾き出す。

　壁に激突したらしいが扉を閉めたので気にしない。

「あら、ペアノまで来たんだ」

「何もいなかったし誰も来ていないよ」

「……昔から仲悪いよねー」

「そんなことはない」

　俺もいい加減に大人だから平気だ。