第4話:天使

 目が覚めると、ガーベラが抱きついて眠っていた。

 あまりに美しくて息を呑む。清楚可憐で心優しく、おてんばなところも魅力的なこの女性が自分の妻だと思うと誇らしいが、平々凡々な自分では釣り合わないのではないかと不安になってしまう。

「朝から元気にバカップルだな」

「! アリスか。一緒に寝転がらないか?」

「私は勤務中だが」

 冷静な娘は今日もがんばりやさんだ。甘やかしたい。

「甘やかさなくていいから」

「なぜわかる?」

「聞かなくてもわかる。……昨日より元気そうで安心した」

「ガーベラが来てくれて嬉しかった……」

「母様がそばにいるという安心感が体調回復のきっかけだろう。その気持ちを大切に」

「……そうしよう」

 アリスの後ろからジュネが顔を出す。

「おはよう、ジュネ」

「うむ。元気そうだな」

「おかげさまで」

「こちらこそ、娘さんと有意義なお話をさせていただいた」

「娘が世話になった。……俺も世話になった。今度改めてお礼をさせてもらおう」

「かまわない。アリスとの恋バナは実に楽しかった」

「!! べつにフォリアのことなんか話してないんだからな!」

「「まだ何も言っていない(よ)」」

 我が娘ながら非常にわかりやすい。

 フォリアとのお付き合いを始めたアリスは不器用ながらもゆっくりと関係を進めている様子。ここらはガーベラの方が詳しいかもしれない。

 そんなことを思っていると、妻がうっすらと目を開けて呟く。

「……ユニ……」

「おはよう、ガーベラ」

「キスして?」

 額に口付ける。

「えへへ……」

「今日もおまえは美しいな。見惚れてしまう」

「ユニ。……あれ?」

 周りを認識したらしく、真っ赤になって布団に潜ってしまう。そんなところも可愛い。

「ユニ、また後で」

「私も後でいい。母様が落ち着いたら呼んでくれ」

「わかった。二人ともありがとう」

 俺の様子をそれぞれ見切ったのだろうから、二人の反応には俺自身も安堵が得られる。

 二人の気配が消えてひょこりと顔が出た。

「……ゆ、ユニ。なんで止めてくれないの……!?」

「可愛かったから。……久しぶりに呼んでくれたな」

「だって……恥ずかしい」

「…………リュシー」

「!!!」

 ぽかぽかと叩いてくるのも愛しくて抱きしめる。

「愛している」

「わ、たし、も。しゅき……」

「いつもありがとう。……心配をかけてばかりだ」

「……今回は私が悪い。あなたに、無理させちゃった」

「かまわない。おまえが俺を想ってしてくれた、それだけで天にも昇る心地なのだから」

「…………。すき」

「俺もだ」

 光太のデフラグ、そのデメリットは使ってみるまでわからなかった。

 単純にいえば確率変動だ。次々に異種族と遭遇し、妙な事件に巻き込まれるあの体質そのもの。本人が全く気にしていないから、側から見ている限りでは気づきようもなかった。おそらくサイコロを連続で振らせたらとんでもない結果になるのではないだろうか。

 運命における乱数があるのなら彼はそれが狂っていて、今回それを使った俺の乱数も狂い、体調の制御と計算が上手くいかなくなった。

 ガーベラは普段の食事を通してパターンを俺に送り、少しの挑戦をさせるために警戒を緩めさせた。

 その動機もわかっている。

「……俺に気を緩めて欲しかったんだな」

 いつも仕事のことばかりだったから、疲れてはいないかと心配してくれた。警戒心を解ければリラックスできるかもしれない、と祈るように。

「嬉しいよ、リュシー」

「ユニ……!」

 触れ合うと安心する。

 しばらく抱き合ってから、ガーベラがベッドを抜ける。……ちょっとさびしい。

「よし、アリス呼ぼうね」

「添い寝……」

「……。もしかしてまだ熱ある?」

 彼女の手のひらは冷たくて安心。

「ものすごい熱ある!! あ、アリスー! 来てー!!」

 ガーベラがなんだか慌てていてそれでも可愛くて、ハイネとハルネ、そしてジュネがやってきて、アリスやガーベラと話しながら俺の治療をしてくれながら、アリスは今日もがんばりやさんで可愛くて——

「いいから余計なこと考えるなアホ親父」

「う……」

 オーダーをかけられても弾いてしまう。どう扱ったものかと思っていると、弾かれたオーダーをジュネが掴んで捌き、力技でぶん回す。有体にいって理不尽な現象だ。

 そして俺に直撃する。

「…………」

 今日も妻子がかわいい。

「ぽけーっとしてる今がチャンス。アリスは処置を」

「感謝する。……さて、点滴入れるか」

「ハルネは解析。ハイネに指示してデフラグを消し飛ばせ」

「はーい、頑張るね。お兄ちゃんよろしく」

「うん」

「ガーベラは……とりあえず添い寝」

「うん……!」



 しばらく経って体調が安定した俺のもとに、アステリアが訪ねてくる。

「お見舞い。カルとワタシから差し入れだよ」

「ありがとう」

「……お父様、お母様とらぶらぶね」

「うん」

 いまもガーベラが添い寝してくれている。

「ちょっと元気になった?」

「ガーベラがいてくれるから」

「相変わらず。……ハイネくん、久しぶり」

「こんにちは、アス」

 冷蔵庫の整理をしてくれていたハイネが身を起こす。

「アスは今日も綺麗だね」

「お口が上手」

「ふっふふ……カルがアスのことをそんなふうに惚気てたんだ」

「……!」

 赤くなってハイネを叩く。

「ごめんごめん。アスが幸せそうで私も嬉しいよ。遅くなってしまったが、カルに結婚祝いを私とハルネから預けた。おめでとう」

「……ありがとう。ハイネくんはいいひといるの?」

「特には」

「そうかなあ……あ、ジュネさん」

「うむ」

 ひょこりとやってくる彼女はハルネを京のところへ送り届けていた。

「お久しぶり、です」

「ご無沙汰。今日も綺麗」

「……。ハイネくんってお母さん似だよね」

「「??」」

 不思議そうにする仕草がそっくり同じで、俺とアステリアは思わず笑ってしまう。

 細かいところを気にしないジュネは布団を指さす。

「ガーベラはまだ寝ているのか?」

「起きているんだが、恥ずかしいから放っておいてくれと言われた」

 おかげでガーベラがそばにいてくれるから嬉しい。

「……となると私たちは外した方がいいか」

「ですね。……ユニさん、異変があればすぐにナースコールですよ」

「うむ」

 ハイネは優しい子だな。甘やかし、

「甘やかさないでいいですから」

 ……さびしい。体調が回復しないから一度も甘やかせなかった。

 元気になったらリベンジだ。

 アステリアと俺だけになったところで、ガーベラが布団から這い出る。

「……恥ずかしかったけど、ユニ成分は充電完了……」

「?」

「こっちの話。……天使さんたちにお世話になったからお礼を送らなきゃ」

「そうだな」

「ワタシも、結婚祝いのお返し考えなきゃ……!」

「甘やかしたい(素晴らしい心がけだ)」

「お父様こころの声垂れ流さないで」

 だってここ最近誰も甘やかせてなくて寂しい……

「……撫でて?」

「ありがとう」

 豊穣が宿る髪はさらさらとして心地よい。日々がんばっている娘が愛おしくてたまらない。

「ワタシ、ふつうにしてるだけ、だよ?」

「普通の生活をきちんとしていることがとにかく偉い。おまえは俺たちの自慢の娘だ」

「……すき」

「愛している」

 上体を預ける動きが含むその遠慮までも愛しい。

 思う存分抱きしめた。

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