第2話:天使
心臓に繋がる血管が破れ、心臓自体も危うく、意識レベルがかなり低下していたとのこと。
「そうか。いつもありがとう、アリス」
俺の症状を伝えてくれたのは医師として働く愛娘。父親であるのに世話になってばかりだ。
「…………」
「……泣かないでほしい」
たしかに俺の《発作》は心臓が破けたり脳が灼けたり血管が弾けたりと忙しいが、終わってしまえばこうして元気だ。治療を施してもらうのが申し訳ないくらいに。
「父様の、そういうところがきらいだ……」
これは死ぬ。娘に嫌われるのは《発作》より辛い。
「な、なぜだ、アリス。俺の何が駄目なんだろうか。教えてほしい。改善に努め、」
「自分をなんとも思ってないところだ。私も母様も、父様が苦しいのは嫌なのに、父様は体調が悪かろうと仕事を……」
「今回は不幸があっただけで、いつもは調整している。心臓にまでダメージがいかないよう、魔力を計算の元に配分・消費することで回数を分散させ、」
「それも嫌だ!」
「……」
どうしたら良いのだろう。
「あんなの、おかしい。自分の心拍と脳を自分で調整し続けるなんて変だ。父様の生活は生命体の振る舞いではない」
「しかし……そうでもしないと2ヶ月に一回は今回のような……」
調整することで半月に一度ばかり熱を出すか倦怠感に襲われるかで済んでいる。
「…………」
「あ、アリス?」
「……医者でありながらトレードオフしか提案できない自分も嫌いだ……」
泣く娘を見るのは辛い。
なのに、いまは撫でることしかできない。
「は、早く元気になるから、泣き止んでおくれ」
「うー……父様のばか……」
「すまない」
しばらく経って立ち直り、『くれぐれも安静に』と言い残して去っていく。
「……」
やはり俺自身のことをなんとも思えないが、妻や娘に心配をかけてしまうなら改善もやぶさかではない。《発作》は魔力の飽和に起因する。どうにかして消費すれば……などと考えていると、ドアベルが聞こえた。
手元のモニターで入室許可を出す。
ハイネとハルネがやってきた。
「お邪魔します」
「します!」
お見舞いにと飲み物や食べ物を持ってきてくれたそうで、冷蔵庫に入れてくれた。
「ユニさん、今日からベラさんの代理でお世話するね! タブレットか書類に触れたら私が全裸で病院中を走り回ります! 『ユニさんに命令されました』って叫び散らします!」
「とんでもない背水の陣をやめろ。で、えーと。ベラさんは事情がありまして、少しの間だけ私と妹とで身の回りをお手伝いさせていただきます」
「そうか。……ガーベラに何かあったのか?」
「あー……その……」
「いろいろあったんです」
「わかった」
ガーベラとまた会えたときに話そう。
「ユニさん、お加減は?」
「元気だ」
「嘘だ! ユニさんって清々しいほどのうそつきですね!」
「すごく傷つくのでやめてもらえないだろうか」
ハルネも俺にとっては娘のようなものだ。
「だってそんな体調で元気だったら大半の病人はいなくなりますよ?」
「……そもそも、俺の人生には元気と呼べる時間の方が少ない。相対的にマシな瞬間を元気であると定義付けるしかないんだ」
俺はただでさえ魔力豊富な夜空竜。しかも竜神と呼応したおかげで莫大な魔力量を誇るが、俺の魂や体には限界というものがあるのでたまに爆裂してしまう。まあ、たとえ致死のダメージを受けようと問題なく蘇るし回復するのだが。
その爆裂が《発作》と呼ばれている。
かいつまんで説明すると、ハイネが納得したように頷いた。
「母が出向いていたのもそういうことですね」
二人の母であるジュネは治癒・解析型の天使。二つの性質を併せ持った彼女はよく俺を気にかけてくれていた。
「いつも助けてもらっていたよ。今度そちらに里帰りするときはお礼の品を持っていこう」
「気にするな。私と貴様の仲だろう」
「……ジュネ」
ハイネとよく似た女性は窓から飛び込んでくる。
泣き出しそうなハルネを見、躊躇いがちに抱きしめた。
「お母様っ……!」
「ハルネ……ごめんなさい」
ふるふると首を振り、母に縋り付く。
……うむ。
これはしばらく二人で話してもらうべきだな。
ハイネに目配せすると、彼はすぐに動いてくれた。
「母上。ハルネはあなたとお話ししたいのだそうですから、サラのところへ。もともとハルネのために部屋を空けてくれています」
「……わかった。ユニ、また後で」
「ありがとう」
彼女はサラノアの気配を掴んでハルネと転移する。
「はー……母がすみません。病人の前でどたばたと」
「かまわない。ハルネが幸せで俺も嬉しいよ」
「そう言ってくださるとありがたい」
そもそもジュネはハルネを目掛けて転移してきている。そのついでで俺の様子を見て治療は急ぎではないと看破した。ただそれだけのこと。昔からハルネと距離を縮めようとして不器用な彼女だが、家族を相手に声を出せるようになったハルネとならきっと大丈夫。
「さて、私がお世話させていただきますね。まずは朝食です。消化に良いよう考えられた食事だそうなので、」
「食べられないからいらないとアリスに伝えておくれ」
「『何を言われても食べさせろ』とアリスに言われた」
「「…………」」
目の据わったハイネはスプーンを構えて不敵に笑う。
「覚悟を決めろ」
……。
死ぬかと思った。
「小児の量を食べたくらいで何をほざくか。ほら、水」
「……ありがとう」
「礼を言うくらいなら体調を取り繕うのをやめろ」
「…………。起き上がれなくなる」
「それでなければアリスが泣くのだ。あなたがそうさせている」
「————……」
胸の痛みが凄まじい。
「いい加減に理解してくれ」
「……しかし……おまえという客人を前にしてだらけた姿を晒すのは無礼というものではないか……?」
ハイネは天使の国の王子で、正統の王位後継者。こちらも竜の国に連なるものとして礼を失することはできない。
「あなたは芯から王だな。……いいからおやすみ」
ハイネが俺の額に触れると、俺の身体中を巡るオーダーが消えてしまう。
そうなれば指先に力を入れることさえ難しい。
「……………………」
「……そんな状態で、よくぞまあ」
呆れたようなハイネの声も遠い。
そのままゆっくりと眠りに落ちた。
「う……」
竜の再生能力は高い。
かろうじて意識を覚醒させられる程度に回復したのは夕方のことだった。
ぼんやりと目を開けると、ダイヤモンドの髪を持つユングィスとルビーの髪を持つユングィスが病床の傍らに——
「もてなしもできず申し訳ありません」
「するな。オーダーも使うな」
「はーい、キャンセルするからねー」
「……」
リフユ殿の神秘はディテクトらしく、オーダーの舵取りが狂わされる。方向性に特質のある難しい神秘だが、熟練者が使えば魔法じみてくるらしい。
「うっわ……すごい熱。これ誤魔化すとか馬鹿げてるよ。マヅルくん、袋に凍らせた飲み物あるから取って」
「うむ」
「タオルを巻いて……と」
ひんやりとしたものが首に当てられる。このサイズは500mlペットボトルだろうか。
「……ありがとうございます……」
「どういたしまして。喋らないでくれると嬉しいな」
「いや、喋らせた方が良い。長く寝た後では眠りにつくのも難しかろう。気が紛れる」
「お気遣い、いただき……」
「そういうのは喋らなくていい。気を張る必要もないのだから」
「そうだよ。私たち友達でしょう?」
「……光栄です」
本心から光栄だ。
「ふふ、嬉しい」
「ハイネは……いるのか」
気配を探ると、彼は壁際に移動したマヅル殿と話しているようだった。
「ゆっくんの代わりにハイネくんが応対してくれたよ。『父のようなものですから』って」
「申し訳ない……」
でもうれしい。
「さっきまでアリスちゃんもいたんだ。起きたら知らせてって言われたからそろそろ来るよ」
「…………」
「ゆっくん? どうしたの?」
「……その……自分は、幸せものだと思いまして」
「ふふふ」
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