第125話 今夜はカレーパーティー

「旦那様。カレーが食べたいです。」

いきなりですね。

2冊目のミステリーを読み終え、コーヒーからブランデーに変えようかなと思って居た所に姫さんからリクエストが有りました。

というか、私の家は毛足の長い最高級絨毯を敷いているので、音もなく近寄れる訳ですけど、それは良いですがその格好は何ですか?

「魔法少女ですわ。」

あなた、この国の法制上は一応成人してましたよね。

「ミズーリ様に出して頂きましたの。ほら、このステッキも本物そっくりです。」

昨日、私の処女を早く貰えと騒いでた人と同一人物ですか?この人。

「旦那様がさっき食べてたの、カレーパンって言うそうですね。私達は色々なパンでお腹いっぱいになっちゃいましたから、夜はカレーが食べたいです。カレーですわカレー。」

私が食べてたのは何の変哲もない、温めてもいないただのカレーパンだったんですが。

食べ物に関しては目敏いお姫様だ事。

というか貴方達、あれだけ沢山作ったパンも牛乳も全部無いんですけど?

まだ陽も落ち切ってないのに、晩御飯の催促ですか。チビちゃんも呆れて大欠伸してますよ。

「(トールさんのパンは甘露)」

ツリーさん。あなたいつのまにか、他の姉妹と変わらない量を食べてませんか?

大体、森の精霊って普段ご飯食べてるの?

「(そんな訳無い、普段は自然の精気だけ)」

「トールさん、もう諦めたら?トールさんのご飯には何か得体の知れない効果があるのよ。それは私が一番知ってるわ。」

そりゃ女神のくせに私の無駄飯ばかり食べてますからね。君、この国に来てから何か女神らしい事しましたか?

『死を司る女神は、あまり働かない方が平和だと思うの。』

いつになったら天界に戻れるのやら、このへっぽこでポンコツな女神は。


まぁ良いでしょう。カレーは魔法の「飲み物」ですから。あの賄い一つで私に反抗的だった厨房班を味方に出来ましたからね。

そうだ。軍隊と言えばカレーじゃないか。(海軍に限る)いずれ香辛料の栽培を夢見るのも良いし、カレーをこの森の名物にするのも面白い。カレーが食べたければ、この森に来るのだ。ワハハハハハ!(はしゃぎ過ぎ)

ってのはどうだろう。 

「良いですよ。姫さん。ただし、我が家だけ食べてもアレです。カレーは沢山作ったら美味しく、一晩おけば更に美味しくなる魔法の食べ物。カピタンさんが来たら、マリンさんを呼んで今夜は東部方面軍駐屯地を上げてのカレーの日としましょう。」

「?。旦那様が何か燃えているわ。」

「また悪巧みを思い付いたのよ。」

うるさいミズーリ。


カレーが食べられると分かった姫さんは再びモニターの前でシャランラしてます。肩の上ではツリーさんもシャランラ。

憎まれ口を叩いて居たミズーリはと言うと。

食卓でコーヒーを啜って居た私の向かいに座り読書していました。題名はカレー大全。

私の本棚にはなかったので、ミズーリが独自で万能さんから取り寄せたのでしょう。

「何カレー。何カレー作るの?ビーフ?ポーク?チキン?マトン?シーフード?スープ?グリーン?ワクワクワクワク。」

…君、今さっき私に何か言ってませんでしたか?

「カレーは魔法の飲み物!」

ハイハイ。分かりましたよ。

君にしても姫さんにしてもカレーはまだ初心者だし、ツリーさんはまだ食べた事ない筈。だから日本人としてスタンダードな小麦粉人参玉葱ジャガイモたっぷりの、林檎と蜂蜜がトロリ溶けてるいつものをじっくりと作りましょう。

肉はビーフ。トロトロに煮込んだ奴だ。

「愛してるわ、トールさん。抱いて!」

おうおう、幾らでも愛せ。抱かないけどね。


欠食女神とオタク姉妹がそれぞれ夢中になっていると、いつものようにチャイムが鳴りました。カピタンさんが夕方の報告に来たのです。

「閣下。キクスイからの報をお聞きになっていますか。王都で流行している奇病の件です。あれが治らない限りキクスイとの交流は難しいかと。」

「治療薬なら有りますよ。」

「へ?」

「アレは私の国では怪我をした後の予後が悪いとなる病気で、奇病でも何でも有りません。医療に対する意識が高ければ、そもそもならない病気です。原因が判明しているのですから、治療法も確立しています。」

「何と!」

「実は伝令兵が既に姫さんの書状を持ってキクスイに走っています。手筈についても大雑把な計画を伝えて、後はお互い推測で良いから動け、機動力をとにかく全開にしろ、と。2〜3日中には動くでしょう。」

「いつの間に?」

「我が家には姫さんが居るからね。あそこで間抜けな声を上げていますが、あれでも一国の姫君。余計な外交上のやり取りは全部飛ばして対応できるんです。」

その一国の姫君さんは、シャランラシャランラとステッキを振り回して踊っていますけどね。

「閣下の元に輿入れした姫閣下がどんどん幼児退行してませんか?」

あゝ、それは申し訳無い。私が甘やかしている上に、女神といい、森の精霊といい、人語を解する動物といい、我が家にはイレギュラーしか居ない。そもそも帝国皇女もイレギュラーだしね。


その後は、開墾が終わり種蒔きが始まった事、椎茸が刈り取りした後から生え続けている事、近日中に森に来たい家族の名簿が完成する等の報告を得た所で、マリンさんを呼んで来る様に伝えた。

カレーの美味しさは彼女は良く知っている。

倉庫に保存されている食材を考えて簡単なレシピを書いていると、厨房班が全員で押し掛けてきた。

恐らくは駐屯地の人員が3回くらい食べられる量のカレールーと追加の玉葱の入ったドラム缶を何本もお祭り騒ぎで、わっしょいわっしょいと荷車に乗せて運んで行きました。

わっしょいわっしょい。


やがて、森の中にはカレーの美味しい匂いが漂って来ました。

あひーとか、うみゃーとか奇声がうるさいので、家を浮かべて離れます。

奇声の元を配給しといてなんですが、夜は静かに過ごしたいです。

因みに我が家のビーフカレーでは、姫さんが卒倒しました。

「旦那様旦那様。肉が柔らかいです。噛まなくても口の中で無くなっちゃいます。助けて旦那様。こんな美味しいお肉が幸せ過ぎて私もう駄目でした。」

肉が幸せなのか姫さんが幸せなのか。気を失ったり、おかわりですわーと叫んだり。

そういえば、最初に作った時はミズーリも騎士アリスさんもおかしくなってましたっけ。

そのミズーリもスプーンで皿をチンチン叩いて

「おーかーわーりー。ちゃっちゃっちゃちゃちゃ。」

て何かおかしくなってるし。

ツリーさんは?

「(ご馳走様でした。もうちょっと辛くても大丈夫)」

三姉妹の中でまともなのは君だけだよ。

今日から君が一番の姉ちゃんです。

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