第103話 炒飯とピラフ

「結論から申し上げますと、本日街からの使いの者は来ませんでした。」

夕刻、カピタンさんとイリスさんが報告に来ました。

私は家を昨日の場所に戻して出迎えました。

昼間、この家はなかった訳ですが、そこはそれ。あちらも気にするのは止めた様です。

姫さんが冷蔵庫から100%オレンジジュースを出して振る舞うと、早速冷たいジュースと美味しいジュースに腰を抜かしてましたが、

まあ、それは姫さんの悪戯という事で。

強くなったな、姫さん。

「ですから、本日のところ私どもの立場は保留と言う事で変えていません。」

文官トップの筈のイリスさんがオレンジジュースのおかわりに夢中になっているので、カピタンさんが報告してくれてます。

「今日は3日に1度の補給日と聞いていますが。街からは誰か来ましたか?」

「はい、その事でご相談に上がろうかと。今までは3日おきに必ず来ていた補給が本日はありませんでした。」

「過去にその様な事は?」

「歴代級の嵐でもない限りはありませんでしたね。」

森の中に入って仕舞えば、わりかし雨風は凌げますからね。

「ですから、私どもとしてもどう判断したらよいのか、始末に困っている次第でして。」

「侯爵も困っているだろうね。何より怖いんだと思いますよ。東部方面軍総がかりでたった2人の人間が処分出来ない。多数の犠牲者を出しながら更なる総攻撃を命じたのに、その軍が丸ごと音信不通になっている。結果として方面軍が裏切るかも知れない。あちらさんには、そう言う無茶をさせた自覚があるでしょうし。」

ついでに彼が個人的に差し向けた幾人かは行方不明になってたりしてるし。

何より結婚に箔を付けるべく差し向けた娘婿候補を始め数人は、勝手に焼死して勝手に生き返る理解不明の妖怪変化と化してます。

ただでさえ精神が脆いこの世界の人々ですから、その侯爵の娘さんとやらの精神は多分もう崩壊していてもおかしくないでしょう。

「なのでとりあえず、侯爵は方面軍を物資の面から抑えてくる。予想通りの展開です。」

「我が軍を飢えさせると言う訳ですか?」

「そこまで馬鹿じゃないと良いんだけどね。コマクサ侯爵家対東部方面軍の内戦とか始まっちゃった日には、内戦の行方がどうなろうとコマクサ侯爵家が一方的に大恥をかくだけと、普通の大人なら気がつく筈だから。」

(私達がついている限り全面戦争になっても帝国を瞬殺できちゃいますが)

尤も、特権階級でいる為に恥をかかされる事に我慢が出来ず、処理を誤って死ぬ瞬間まで恥をかき続ける貴族なんかゴマンといましたし。

「大丈夫ですよ。こちらで既に対処法は完了しています。次にお願いしたいのは、キクスイと取引、もしくは縁のある人間を集めて下さい。いざと言う時はコマクサの商人と縁を切り、キクスイから物資を仕入れます。」

「しかし、山道は細く物資の大量運搬には向いていませんが。」

「それも既に対策済みです。あとはあなた方がどうしたいのか。それだけです。侯爵さんが様子見だけで終わってくれればそれでヨシ。こちらはありとあらゆる状況に対処出来る準備をしておくだけです。」

「分かりました。一応と言う事で選抜しておきます。」

「では、マリンさんを呼んで下さい。」

「閣下。この美味しいオレンジジュースが飲めるのでしたら、我が軍はいくらでも帝国を裏切ってみせますぞ。」

「あと、そのイリス参謀長でしたっけ?黙らせといて下さいね。」


在庫食糧を見たところ、前世で言う古米もしくは古々米とされる、一昨年からの備蓄米の多さが気になった。この世界の刈入れ時が分からないからなんとも言えないけど、決して美味しいお米ではないだろう。

まずは、この米の処分から入ろう。

今日の支給品は、玉ねぎ、長ネギ、醤油、塩胡椒だけ。

塩漬けになっている鹿肉が大量にあるので、その肉と骨を使う。

骨は良く煮込んで、炒め玉ねぎと塩胡椒で中華スープにします。

残りの具材は細かくカットしてご飯、塩胡椒と一緒に炒めて醤油で味付け。炒飯セットですね。

レシピを胸に抱えたマリンさんは、材料入りのドラム缶を運搬する為に集合した兵達を指揮して厨房に戻って行った。

御神輿や山車が出た様なお祭り騒ぎだ。

たかが晩御飯に大騒ぎだけど、神輿や山車のは中にいるのは、彼らからすれば私達なのだろう。

今、私とミズーリが消えたらこの人達は自ら命を絶つくらいは平気でしかね無い。

親コマクサ派の中心だったイリス参謀がいつまでも出て行かず、ジュースを貪っているのがその証拠だろう。

姫さんに立ち退きを命ぜられると、号泣しながら司令部に戻って行った。

カピタンさんとアマーネさんが頭をぶん殴って足から引きずって行ったのだ。

じゅーすうじゅーすう、と言う地の底から響く声を残して東部方面軍参謀長は帰って行った。なんだかなぁ。

あ、因みに朝御飯は材料そのままで炊き込みご飯にしなさい、と命じておきました。

炊き込みご飯と言う調理法自体目から鱗だったらしく、マリンさんは

「これは新しい世界が広がりますわ。」 

と大喜びでしたとさ。


炒飯と炊き込みご飯で思いついた。今晩はピラフを作ろう。グリーンピースとコーンがたっぷり入ったバターピラフを。

そうだ。ミックスベジタブル。あれの水っぽさが美味しかった。あれが食べたい。

作り方は簡単、バター、ミックスベジタブル、肉はウインナーもいいけどサラミの輪切りを散らして炊飯器のスイッチを入れるだけ。副菜はみんな大好き鳥の唐揚げ。

唐揚げ粉は前世での正田さんち製定番品を取り寄せて、ビニール袋に入れてモミモミ。油でカラッと揚げて辛子醤油を添えて出来上がり。


案の定、唐揚げの取り合いが馬鹿三姉妹の間で始まったので、大皿にキャベツを敷いてごっそり盛り上げてた。

ミズーリ長姉が覚えていて

「鶏肉とキャベツはおっぱいを大きくする。」

って言い出したもんだから、そりゃもう大変な事になった。

私は1人、水っぽいミックスベジタブルの美味しさに人知れず感涙してたのだった。

懐かしいなぁ。そうそう、私が子供の頃の冷凍ピラフってこんな感じだった。

レンゲではなく、丸いスプーンを食卓に並べたのは、私の実家の風習から。

1人しんみり夕食を楽しんでいたら、いつの間にか三姉妹に見つめられていた。

なんですか。私にだって色々思い出したい夜もあるんですよ。

「旦那様が子供っぽいお顔をされていて、思わず見惚れてしまいました。」  

「…(コクコク)。」

照れます。もっとも、どっかの誰かさんが「間違え無ければ」私はここに居なかった筈なんですけどね。あ、誰かさんがよそ見してる。

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