第94話 東部方面軍没落(ただしBBQに)

夕刻、木々が少しずつ疎らになって来た。

空の広さや、木につけられている切り口を姫さんが確認している。

その行為の意味するところは、前世の映画で私も知っていた。雪山で行軍訓練をしていた連隊が遭難する映画だ。

その中で、木樵か猟師が枝を切って曲がり角の目印としていたものを、疲労で判断力の落ちた兵が見間違えるという描写だったと思う。結果、連隊は僅か数キロの山道を彷徨い歩き、兵は次々と凍死していくという話だった。

私が生きていた時代は、人工衛星からの信号を受け取る事によって現在地点を用意に確定出来る機能が既に一般化していた訳であるが、空すら飛べないこの世界では夢のまた夢だ。

経験則と実物が全てのアナログ世界。

私とミズーリは簡単に凌駕しちゃうんですけどね。

「旦那様、間もなく森を抜けますが、どうされますか?」

東部方面軍が丸ごとポンコツになった為、昼からこっち何にも起きなかったからなぁ。

「ここからは、コマクサ侯の私兵と我らの挟み撃ちになるぞ、旅人おおおお。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」

何か言い始めたゼル君を鬱陶しがったミズーリが、剣を高く放り投げては手元に戻し、高く放り投げては手元に戻しと、剣でゼル君お手玉遊びを始めた。

ゼル君は顔じゅうからあらゆる体液を流しながら謝り続ける。

「ゼル君さあ、後ろから来る君の味方。ちょっと変な事になってますよ。」

お肉を食べ終わった兵隊達が、私達の後を追って続々と集まってきているんだけど。

ミズーリが面白半分に剣を大人3人分の高さに伸ばした為、ゼル君は高い高いされながら、後方の東部方面軍の状態を確認させられた。

私達も振り返ると、そこには私達に土下座している兵隊さんが。

ウェーブの如く、前から順番に土下座していく。

「姫さん?何ですか?これ。」

「私が旦那様に全面降伏した様に、東部方面軍も旦那様に降伏したものと思われます。」


2日に及ぶ死の恐怖と、食べた事の無い美味しい焼肉に彼らも自己洗脳・隷属しましたね

まさしく飴と鞭です

彼らは純粋過ぎますね

 

解説をありがとう万能さん


「姫さんだけでいいのに、むくつけき男達に隷属されても嬉しくないなあ。」

「わ、私だけでいいんですか?」

あれ?言葉の選択肢間違えたかな?

姫さんが真っ赤っかになっちゃった。

「ちなみに生体スキャンをしてみたところ、8%は女性よ。夜伽に呼ぶのはいいけど、まずは私達を優先しなさいよね。」

そういえば、へっぽこ女神救出の褒美に夜伽OKってのがありましたね。

ミズーリが色々アレ過ぎな幼女でしたし、天界の神族の倫理性に強烈な疑問を持ちましたけど。

神様なんか碌なもんじゃないと思い知らされましたね。

「で、どうします?このままコレットの街のコマクサさんに殴り込みをかけますか?

後ろの彼らが一緒に参戦してくれそうですが。」

「そこまで行ったら、それはもう帝国に対する叛乱です。旦那様。」

君には、私の第二皇妃になりたいから、皇帝にとって代われと唆された覚えがありますが。さすがに本格的に事を構える勇気はありませんか。

私達は大袈裟になると、後始末が面倒くさいからやらないだけですが。

私は特にミズーリの後始末をしている最中ですし。

あ、ここにもう一人帝国関係者がいましたね、そういえば。

「ゼル君は帝国貴族だそうですが、何か言いたい事はありますか?」

ところが、剣から吊るされた帝国貴族様は

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」

ありゃ?壊れちゃった?

「大丈夫。後で直しとくから。まだ取り返しがつくから。」

まるで割れたお皿を接着剤でくっ付けるみたいな言い草ですが、お願いしますよ女神様。

ならば、この場を一番穏便に治める事が出来るのは姫さんしかいませんね。

「え?私?」

「そうです。彼ら、兵達の話を聞く必要があります。姫さんより彼らの代表を選び呼びつけてください。」


色々骨抜きになっている姫さんですが、そこは腐っても帝国第四皇女かつ東部方面軍司令官、ミク・フォーリナー殿下。(アレ的に腐り始めているって話もありますが、知らぬ存ぜぬ)

ゼル君の次の位階だと言う男性が2名、私達の前に跪きました。

「右より、カピタンそれからアマーネと申します。私、ゼルと並ぶ東部方面軍五将を務めております。旦那様。」

姫さんは私の左後方に半歩下がると、剣を地面に突き刺した。この国における主君を守る騎士の位置らしい。

念の為に鎧を着て貰っててよかった。

ジャージだとカッコ悪かったよな。

「カピタン。東部軍の現況報告を。」

「は、あ、あの。どちらの方に報告すればよろしいのでしょうか。」

「旦那様は我が主を成すお方です。旦那様を認めたくないなら私に。認めるならば旦那様に報告なさい。」

「旦那様を蔑ろにしたら、二度とさっきのお肉は食べられないけどね。」

あ、こらミズーリは余計な事言うな。

「我が主。東部方面軍は貴方に忠誠を誓います。」

「誓います」「誓います」「誓います」

やっぱりこうなったか。大勢の誓いますも鬱陶しいな。宣誓が終わんないじゃないか。

「カピタン、旦那様が不快に思われています。」

アマーネの方がさっさと立ち上がると右手を上げる。途端に鎮まりかえる兵隊さん。

その間も焼肉を食べ終わると合流に来た兵隊が、後から土下座に加わるのが見える。

いや、杣道ならともかく、薮の中にも大量の兵隊さんが土下座してんだけど。

「コマクサ侯爵様はお怒りです。あくまでも我が主の殺害を望んでいます。今朝がたの命令では、我が主の死体を持ち帰らねば、東部方面軍を反逆者として処分するとまで。」

「それで、全軍に出動命令が降ったと。」

「先発隊は姫閣下を含め、全員行方不明。昨日の総攻撃は歴史的大敗。最早これまでと全員斬り込みの命令をゼル将軍から頂きましたか、ゼル将軍は…。」

うん、ミズーリの剣の先っちょで謝り続けてよね。

「死ねと命ずる貴族と、姫閣下が従い、我らに糧を与えて下さる我が主。東部方面軍は我が主について参ります。」

「参ります」「参ります」「参ります」

やれやれ。

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