六章 特殊イベントでオンライン

第35話

 こんなに不味かったかな……。


 コンコンコン。


 部屋の中で胡座を組み、無気力気味にキュウリを食べていた。パリッ、パリッ、と聞き慣れた瑞々しい音はする。でも美味しく感じない。


 テフロンがロストしてから三日目の昼下がり。あれから僕は、レガリアワールドオンライン2をプレイできずにいた。できないんじゃない、したくないんだ。


 コンコンコン。


 スキルは使うためにある。あのとき、最初から覗き見を使っていれば。傲慢にならずヴァネッサを最初から召喚していれば。前もって傀儡を出しておくこともできた。敵のいない違和感に気づいてたけど、調子に乗って進んでしまった。


【味方生存数:80 敵生存数:93】


 それが最後に見た数字。特殊イベントの勝敗だけじゃない。僕のせいで、僕がイキってたばかりに三人も味方を失ってしまった。


 かなり特別なレア個体になれて、本来なら入手できないはずのアイテムまで見つけ、めちゃくちゃ強い遠距離範囲攻撃スキルまで使えるようになって、天狗になっていた。


 コンコンコン。


 所詮はゲーム、リアルじゃない。みんなと仲良く、それでいて勝ちにも拘って、楽しくプレイすべきだったのに。テフロンを見下して、そんなテフロンに助けられて。


 彼女は最後まで、仲良く楽しくプレイしようとしてたんだと思う。ちょっと強くなったからって、余裕をかましてた僕とは大違いだ。本当に面倒臭いのは僕。地雷だったのは僕。全部僕が悪い……。


 コンコンコン……ドン、バキッ。


「木下さん、宅急便です」

「居留守が通じない! ああっ、ドアが……」


 玄関ドアは非常識な衝撃で、蝶番の部分から外れていた。これ絶対、修理にお金のかかるやつだ。


 何事もなかったような素振りで、室内に入ってきたのは見知った女性士官。もっと言えば零種軍装ドレス・ゼロの女神こと……あ、名前知らないわ。


 世間では女神だの天使だの妖精だのと、その容姿に対する評価が非常に高い、国連宇宙平和維持軍の広告塔。


 前回も今回も、悪魔的な要素が目につくけど、とにかく国際的に人気のある美の化身だ。僕の前でも、みんなが抱いてるのと同じイメージでいてほしい。


「今日はお手紙を預かってきました」

「はい?」


 はて、誰からだろう。そう言えば母さんも、くれたっけ。もしや時代は今、手紙なのか。


「個人情報は明かせませんが、人気ヨーチューバーの橘……いえ、テフロンさんからです」

「がっつり個人情報ですよね?」

「違います。では、お渡ししましたから私はこれで」


 テフロンって、あのテフロンから?

 僕のせいでゲームから退場してしまった彼女から手紙だなんて。何が書かれているのか凄く怖い。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「何でしょう?」

「そのドア、国連宇宙平和維持軍の経費的なもので直してくれるんですよね」

「もちろんです。何なら最新式の虹彩認証で開くドアにしましょうか。私の虹彩も登録しておけば、スムーズにコンタクトが取れますね」

「いや、おばさんのはちょっと」

「……なんやて?」


 スッと細められた目が怖い。この人、年齢の話になると人相も口調も雰囲気もガラッと変わるんだった。そこいらの芸能人より断然美人なんだけど、どこか狂気を孕んでるんだよなあ。路地裏で、笑いながら銃を乱射してそう。


「僕みたいな小僧には高嶺の花かな~と」

「……まあええわ。ではまた、ごきげんよう」


 彼女は律儀に、壊したドアをはめ込んでから去って行った。蝶番はグチャグチャのままだけど。迅速な修理を切に願います。


 で、テフロンからの手紙か。見るのは気が重いな……。でも座して読まなければ。



 ******************************************


 こしあんくんへ


 テフロンだよ。

 いや~もう、ありがとう!

 感謝、感謝、感謝のトルネード!


 ゲームからロストするきっかけをくれて大感謝祭!


 参加した時点で報酬は確定だったし、アレに関わってたせいで仕事も休業状態だったから、自由の身になれて最高の気分です。


 この手紙をこしあんくんが読んでる頃には、ハワイにいると思います。南国・常夏・トロピカル。ワイハ最高っ!


 目の前で私がロストしちゃったから、もしかしたら落ち込んでるんじゃないかな。でもこんな感じで逆に感謝してるから気にしないでね。


 こしあんくんが、暇になったら連絡ください。オフ会しましょ。だって私たちはもう仲間じゃ~ん?


 080-※※※※-※※※※


 貴方の妖精キノコ テフロンより


 ******************************************



 …………何だそれ。

 何だそれ、何だそれ、何だそれ。


「何だそれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 怒ってるどころか、めちゃくちゃ喜んでるじゃん。落ち込んでたのは僕だけだったという事実。テフロンらしいと言えばそんな気もするけど、『らしい』なんて言葉を使えるほど彼女のことは何も知らない。


 まあでも、いつかは違和感なく、普通に使える日がくるのかな。だってテフロンとはもう、『仲間』らしいから。


 それにしても……。

 ちまたでは、僕に手紙を寄こしてハワイに行くのがブームなのかな?

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