第5話

 三連休の中日にあたる土曜日。僕の部屋には、早朝から続々と荷物が運び込まれていた。


 メイダス側が新たに提示してきた『箱庭』をプレイするのに必要な機器。それが、どんどん部屋を圧迫してる。今回の様式はVR-MMORPGになるらしく、そのために必要な機材が、狭い部屋をさらに狭くしていた。


 VR-MMORPG(Virtual Real - Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)とは、仮想現実世界を冒険するMMORPG。リリースされているものとユーザーが欲しているものとの差が大きいので、いつまで経ってもネットゲームの主流にならない残念な媒体として知られている。


 リリースされているのは、実際に体を動かしてプレイするゲーム。それに対してユーザーが求めるものはフルダイブ、即ち頭で考えることにより、VR空間内のアバターを操作することができるものになる。技術的な問題もあって、どのメーカーもフルダイブ装置の発売までは漕ぎつけていない。


 それなのに、どこからどう見てもフルダイブ用のヘッドギアと専用シートが僕の前にある。見たことないのに、『どう見ても』っておかしいけど。でもそれは誰もが持っている、『フルダイブ型VRゲームをプレイするならこんな機器だ!』的なイメージ通りのものだった。


「これって、フルダイブ型VRゲーム機器ですよね?」


 荷物搬入の立ち会いに来ている、科学技術庁の女性職員さんに確認してみた。少し地味目な雰囲気だけど容姿は程よく整ってて、いかにも才女って感じのお姉さんだ。スクエア型の黒縁メガネもポイントが高い。


「はい。メイダス側からの技術提供があり、実現可能になった最新機種です」


 それは最新機種じゃなくて試作品なのでは……。


「大丈夫なんですか? 主に僕の体が。ログアウトできなくなったりしませんか?」

「ああ、【ゲームの中に閉じ込められちゃった設定】をご心配なのですね、分かります。私も最初に見たときは頭に過りましたから。仮想現実世界で出会ったふたりが共に戦い、最後には結ばれる……素敵ですよね」


 いや、全然素敵じゃないですけど。

 めっちゃ死と隣り合わせですけど。

 この人、頭大丈夫かな。


 実際にそうなったら、ゲームをクリアするまでは介護生活だ。経管栄養用のチューブを鼻から通されて、ちんこにも尿管カテーテルを差し込まれる。もちろん排便も自分で出来ないから、オムツを装着することになるはずだ。


 アニメや小説だと綺麗に描かれることも多い題材だけど、実際は寝たきりの老人と何ら変わらない生活になってしまう。さすがにこの歳で、他人に下のお世話をしてもらうのは恥ずかしい。


「しかし、うちの研究員が何度もテストしていますので、そうはなりません。最悪の場合はヘッドギアを外せば良いだけですから安心してください。外そうとしたら脳に高圧電流が流れたり、小型爆弾が作動する仕掛けもありません」


 当たり前だろ、あったら怖いわ。もうホント、この人はアニメが好き過ぎる。


「でも木下さんがプレイヤーに選ばれて良かった。貴方になら日本の運命を託せる。なぜだか、そんな気がします」

「僕なんて何ひとつ取り柄のない人間ですよ。買いかぶりは止めてください」

「いいえ、木下さん……こしあんさんなら、きっと大丈夫ですよ。あのとき私たちを救ってくれたように」

「もしかして、お姉さんもレガリアのプレイヤーですか?」

「はい。各省庁や軍の人間は、全てのサーバーに最低ひとりは配属されています。私の担当は第四サーバーで、しかも所属クランはラッキーサークルですよ?」

「はい?」


 お姉さんは親しげな笑みを投げかけてくる。

うちのクランで一番民間人っぽくないのはハートマンだ。まさか彼女はNPCと偽って、筋肉モリモリのガチムチ男を演じてたのか?


「そうですか、そんなに筋肉を……」

「何か勘違いしてませんか? 私のキャラネームはオスカーです」

「ええっ! あの男装金髪ドリルさんですか」

「……ちょっとその認識は酷いと思いますが、そのオスカーです」


 オスカーさんとは三年以上前から一緒のクランだ。元々は、クラン・いつでもミルクティーのクランマスターをしていて、第三回シンボル防衛イベント後にラッキーサークルへと入団してくれた。


「もしかして、いつでもミルクティー時代に人気のない街を護ってたのは……」

「はい、国土を侵略させないために必死でした。稼働しているサーバーの半分以上が防衛に失敗した街は、メイダスの植民地にされる決まりでしたので。しかし私の力ではどうしようもなくて。そんなときに現われたヒーローが、こしあんさんなのです」

「でも徹夜はお肌に悪いからって、ログアウトしてた記憶が……」

「ロールプレイです」

「本当に?」

「…………もちろんです」


 その間がすごく気になる。思い起こせばオスカーさんとの楽しかった思い出や忘れられない冒険が……特にないな。


 僕はニャン汰さんやNPCたち、たまに沢田さんや桜田さんと遊ぶことが多かったし、オスカーさんは社会人だからログイン時間も微妙にズレていた。ドリルロールで岩をぶち抜いた、みたいなことがあれば忘れられない思い出として記憶に残ってたのに。

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