第8話 沙月レコの昼~放課後


 前話と同じ視点です。


 



 県内屈指の進学校であり、比較的良家の子息子女が通う私立楽陽中学校。

 その一角、今は使われていない旧校舎の四階視聴覚室。


 円卓中央正面に座る沙月レコは、上がってきた報告書に頭を抱えていた。

 幾重にも積まれた報告書。

 既知の情報から未確認の情報まで様々だが、そのどれもが信じられない内容であったからだ。


 「公園で女子生徒と親密そうに会話をしていた」


 「夕暮れに語らう二人の姿はさながら物語の王子様とお姫様のようで、周囲にいた老若男女全員が魅入っていた」


 「シャルルのカットモデルになったようだ」


 「北海道から沖縄までWEB予約が殺到してサーバーがパンクしている」


 「朝、同じクラスの女子生徒グループに自ら話しかけていた」


 「差出人『逢坂春臣』の手紙が配られている」


 「一週間後まで十五分間隔で校舎裏に呼び出されている」


 「呼び出されているのは洗礼を受けた女子ばかり」



 レコには理解が及ばなかった。

 なぜ、あれだけ女子を毛嫌いしていた逢坂春臣が突然女子と接点を持ち始めたのか。


 いったいなにが、どうなって……


「会長、全員揃いました」


 声を掛けられ、レコは室内を見渡す。

 そこにはずらりと席に並んだ女子生徒が。


「ご参集いただきありがとうございます。それでは全員揃ったようですので只今より臨時PA会議を始めます」


 気を取り直し、凛とした沙月レコの号令で二十人ほどの女子生徒が着席する。


「緊急議題その一。PAの挙動について。同じく緊急議題その二。PAの名で配布されている手紙について。本日は以上の二点となります。詳しくは手元の資料を──」




 今日も今日とてPA本人のあずかり知らぬところで会議は粛々と進行していくのであった。




 ◆




 「以上で閉会とします。──それでは村川さんは残ってください」


 レコが一人の女子を呼び止める。

 名を呼ばれた女子は顔面蒼白だ。


「それでは最終確認をしましょうか」


 室内に二人きりとなったところでレコが切り出した。


「あの、やっぱり私は……」


 残された女子生徒──村川美里はか細い声を出す。


「どのような内容であれ、あなたがPAからのに応じないという選択肢はありません」

「で、ですが会長を差し置いて私などが一番に選ばれてしまってよいのでしょうか。初招待という大役はやはり会長がなさるべきだと……」


 レコが書類の束を机で揃える。

 その音に、美里がビクリと肩を震わせた。


「村川さん。PAはあなたを指名しています。それに何度も言っていますが、私はお手紙をいただいていません」

「あ……すみません」


 ふっと微笑んだレコが続ける。


「私も木陰から見ています。なにかあったらすぐに助け舟を出しますので安心してください」

「……はい」

「とにかく。あなたはそそっかしいところがあるので、余計なことだけは口にしないでくださいね」

「それは……はい。お任せください」


 観念したのか、美里がグッと両手を握る。


「お手紙を持ってきてくださった滝沢美咲さんも『暴力的なことはない』と言っていましたし、『念のため隠れて見ている』とも言ってくれていますから」

「わ、わかりました! 会長! 私、頑張ります!」

「その意気よ! 村川さん!」


 二人が握手を交わす。

 

「そういえば村川さん。さっきちらっと聞いたのだけれど、シャルルの予約が取れたとか」

「はい。すっごく大変でしたけど、兄がそういうの得意なので」

「ねえ。ものは相談なのだけれど。その予約、私に譲っていただけないかしら。お礼なら何でもするわ」

「いやです」

「でもあなた先週美容院に行ったばかりじゃないの」

「いやです」

「ほら、PAの初めてをいただけるのだから少しは遠慮というか、お手紙をいただいていない私への配慮というか」

「いやです」

「そこをなんとか」

「いやです」



 そんなやりとりをしながら二人は視聴覚室を後にしたのだった。




 ◆




 そして校舎裏──。



 レコが隠れている木陰の奥に、PAこと逢坂春臣がやってきた。


 あのPAが十五分前行動?

 危なかった!


 呼び出し時間よりだいぶ早い。

 レコが機転を利かさなければ、今の場所に隠れることができなかっただろう。

 といってもこのために午後の授業を休んだので、かれこれ三時間はここに隠れているのだが。


 準備は──いいようね。


 今一度配置を確認したレコは、里美が来るのを待つあいだ春臣の様子を窺った。


 高い身長にスラリと伸びた手足。八頭身、いや、贔屓目に見れば九頭身にも見えてくる。

 外国の血が入っていると噂される顔立ちはとても中性的で柔らかい。

 金髪から突然変わった爽やかな黒髪。いつもは着崩している制服も、今日は一分の隙なく着こなしている。

 初めて目にした時点でもうすでに胸を打ち抜かれていたが、外見が洗練され、どの角度から見ても理想とする王子様そのものとなった春臣の姿に、レコの視線は釘付けとなってしまった。


 ああ……美しい……


 思わず垂れかけたよだれを慌ててハンカチで拭う。


 あ。あれって……


 レコは春臣の手にしている紙に気がつく。

 先ほどから春臣が真剣に見ている紙。距離があるので書かれている内容までわからないが、どうやら呼び出した女子のリストのようだった。

 無論その中にレコの名はない。だがらレコは春臣に真剣に名前を憶えられている女子たちに嫉妬した。


 でもいいもん。

 私だって朝、自己紹介したんだから。

 気が動転してたから上手にできたかわからないけど、名前覚えてくれたはずだから。


 朝、女子に囲まれている春臣を見たレコは次の休み時間に大急ぎでPA会幹部を招集し、三時間目の休みには超法規的PA法を行使した。

 そして春臣に群がる女子たちにPA法が施行されたことを伝えに赴いたのだが、その際、通りすがりにどさくさに紛れて名乗ったのだ。

 レコは自己紹介と思い込んでいるが、それはただ一方的に名前を発しただけのもの。

 春臣はきょとんとした顔をしていた。

 だが、初めて会話をするレコとしてはそれで充分。

 自分が口にした名前が空気を伝って春臣の鼓膜を響かせたという事実だけで幸せだった。


 だから。


「田崎真紀さん!」


 村川美里の名前が間違って覚えられていることに、気の毒と思いながらもどこか安堵していたのだ。


 春臣と美里の会話が始まる。


 しかし最初の一声以外は声が小さく聞き取りづらい。

 木陰からでは聞こえないと、レコは少し前に出る。

 とそのとき。

 突然春臣が土下座をした。

 何事か、とレコがさらに近寄る。


 すると


「か、勘違いしてます! あの、私、振られるのはわかっていたんです! それも酷い振られ方をするのを! でもそれが嬉しくて──あ」


「わ、私は逢坂さんのことが大好きです! 振られた今でも、きっとこれからも大好きです! 決して女性に近寄らない逢坂さんを遠くから見ているのが大好きで、でも告白権をゲットできたとき天にも昇る思いでそれで告白を──あ」


「違うんです! みんなわかってるんです! 逢坂さんに振られたくて、罵ってもらいたくて、それが辛辣な言葉であればあるほどみんなに自慢出来て──あ」


「それって嘘の告は──」


「ち、違います! 大好きなんです! 愛しているんです! 心から愛しているんです!」


 だめだ。

 これは完全にダメだ。

 PAの顔が引きつってる。


 美里を救おうと


「逢坂さん。少しよろしいでしょうか」


 レコは二人の間に入った。


「か、会長!」


 今にも泣きだしそうな顔をした美里がレコに縋りつく。


 及第点とはいかないけれど、村川さん。あなたはよくやったわ。

 あとは私に任せて──



「これは佐々木さん、どうしてここに?」


 ぐは!


「さ、沙月です!」


 レコを見る美里の表情は見えなかった。



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