39,家族への手紙

『謹呈 


 父さま、母さま、ハンナへ。

 みんな元気ですか。


 と言っても、ぼくらが家を出たのはまだほんの少し前なのでそう変わりはないですよね。ちなみにぼくらも元気ですので心配はいりませんよ。エリカにいたっては少し元気すぎるくらいです。


 王都は本当に大きい街ですね。

 フレンスベルクの領都とは比べものになりませんでした。

 魔術道具も当たり前にあるので、なんだか別の世界に来たような気がします。地方貴族が馬車に乗るという話をしたらとても驚かれたりもしました。中央の貴族がほとんど馬車に乗らないというのは本当だったんですね。


 そうそう、テディ様の孫のケイティ様やヨハン様と仲良くなりました。ヨハン様はぼくらと一緒に学校に入ります。ケイティ様は最上級生ですので、恐らく学校で顔を合わすこともあるでしょう。上級生に知り合いがいるのはとても心強い限りです。


 まだラファエル様にはお目にかかっていません。仕事が忙しいようで、ほぼ家にはいないからです。会う機会があれば、挨拶はその時にちゃんとしようと思います。怖くない人ならいいのですが……。


 でも、マギル家の人たちはみないい人たちばかりです。

 きっとラファエル様もいい人なんだろうなと思います。


 さて、この手紙が到着している頃にはぼくらは王立学校に入学しているかと思います。不安もありますが、でも正直なところ楽しみです。友達が100人できるといいなと思ってます。無理ですかね。でも希望は大きく持ちます。


 今は学校に入るための準備を色々としています。学校に入ったら寮生活なので、これからの生活に必要なものなどをまとめているところです。と言ってもそれらは全部テディ様に用意してもらっているんですが……。


 あと、実はエリカが読み書きできなかったということが判明したので、学校に入るまでの間はぼくが読み書きを教えてあげています。まだ少しですが、けれど覚えはとても早いのですぐに出来るようになると思います。


 それと……事情についてはおおむね、テディ様から聞きました。

 恐らく父さまと母さまは色々と心配しているでしょう。

 ですが、心配はいりません。


 むしろ期待していてください。

 ケネット家の汚名はぼくが必ず晴らして見せます。

 ……なんて、少し偉そうでしたかね。

 でも、大丈夫です。きっと何とかなると思います。そんな気がします。


 では、今回はこの辺で。

 みんなからの手紙を楽しみにしています。


 恐惶謹言きょうこうきんげん



 μβψ



「――と、まぁおれのはこんな感じでいいかな。次はお前の手紙だぞ、魔王」


 おれは魔王に席を譲った。

 代わりに魔王が机に向かって魔力ペンを持った。


 魔王は真っ白の紙を前に唸った。


「むう……いきなりそう言われてもな。何を書けばいいやら……」

「みんな元気ですか、とかそんなんでいいんだよ。後は自分の近況を報告するような感じでいい」

「この最初に書いてある言葉と、最後に書いてある言葉はなんだ?」

「それは頭語と結語って言って、手紙の最初と最後に書く決まり文句みたいなもんだよ。まぁ今回はなくてもいいと思うぞ。それにまぁ家族宛だしな。フランクな感じで書けばいい。おれは昔の癖で書いちまったが……」

「ふむ……ならまぁこんな感じか。『やっほー、みんな元気? みんなのエリカちゃんですよ☆』――っと。これでどうだ?」

「お、おう。別に悪くはないけど……ちょっとフランク過ぎるな。ていうかキャラ崩壊してるぞ」


 いったい都会でなにがあったのかと家族にいらぬ心配をさせそうな文面である。


「そうか? なら……『初春の折、ケネット家様ご一同にいたってはご健勝のことと存じ上げそうろう』――」

「おれそんな言葉教えたっけ????」


 とまぁ、あれこれ言い合いながら魔王と一緒に手紙を書いた。

 こいつはもう基本文字は全て覚えてしまったので、後は読める単語を増やしていくだけだった。


 ……元々から別の言語で読み書き出来るおかげか、それとも前世の記憶がよみがえってきたのか、こいつの字を覚える早さはちょっと異常なほどだった。まぁ学校に入る頃には同年代と同じくらいのレベルにはなっているのではないだろうか。


「シャノン、いる?」


 と、ヨハンが急にひょっこりと姿を現した。


「あれ? どうしたんですかヨハン様? 今は勉強の時間では? もしかしてまた抜け出して来たんですか?」

「違うよー。ちゃんと終わってから来たよ。人をサボり魔みたいに言うのやめてもらえないかな?」


 むう、とヨハンは少し頬を膨らませた。

 あれから、ヨハンは勉強を抜け出して逃げ回ることをしなくなった。

 あまりにも素直に勉強をするようになったので、ウラはとても驚いていたものだ。


 最初は逆にヨハンの頭がおかしくなったのだと思って心配したくらいだから、よほど信じられないことだったんだろう。

 まぁ、それだけこれまでのヨハンがとにかく手に負えなかったということなのだろうが……。


 おれはちょっと笑ってしまった。


「いや、実際ついちょっと前まで立派なサボり魔だったじゃないですか」

「そんなのは昔の話だし。ボクは心を入れ替えたんだ。これからは姉様やみんなには迷惑かけないようにするって決めたんだ」


 えへん、とヨハンは胸を張った。

 ……まぁ、やっぱり悪いやつじゃないんだよな。あれはちょっと反抗期だっただけだ。そういうことにしておこう。


「と言うわけで、遊びに行くよシャノン」


 ぐい、とヨハンがおれの手を引っ張った。


「あら、ヨハン様。いまシャノン様はお忙しいので後にしてもらえますか?」


 ぐいと、反対側から魔王に引っ張られた。

 おれは両側から手を引っ張られた状態になった。

 ……あれ? 何だこの状況?

 と、思っている間に二人は何やら言い合いを始めてしまった。


「忙しい? ボクには暇そうに見えるけど?」

「わたしが手紙を書くのを手伝ってもらっているんです。なのでヨハン様の相手をしている暇はありません」

「手紙くらい自分で書いたら?」

「ほほほ。ヨハン様こそ遊んで欲しいなら一人で遊べばよろしいじゃないですか」

「いーや! ボクはシャノンと遊ぶの!」

「なら、手紙を書いたらわたしもご一緒してあげますよ?」

「お前とは遊んでやらない! お前はボクの家来じゃないからね!」

「あらあら……どうやらわたしはヨハン様をとても怖がらせてしまったようですね。そんなにわたしのことを怖がるなんて……ボロクソに勝ってしまって申し訳ありませんでした……深くお詫び申し上げます……」(哀れむような視線)

「お前ボクのこと絶対に馬鹿にしてるだろ!? いいから手を離せ! シャノンはボクと遊ぶんだから!!」

「ほほほ、絶対にイヤです」


 両側からぐいぐい引っ張られた。

 いや、ちょっと痛いんだけど……?

 ヨハンもちゃんと勉強するようになって、色々と丸く収まったのだが……実は一つだけ困ったことがあった。


 それは、あれ以来ヨハンが魔王に対してちょっとしたライバル意識を持つようになってしまったことだ。

 どうも負けてしまった時の悔しさは消えていないようで、事あるごとに魔王に対抗するようになったのだ。まぁ、おかげでより一層、ヨハンは剣の稽古に身が入るようになったとテディは嬉しそうにしていたが……。


 ……魔王のやつ、絶対にヨハンのことおちょくって面白がってやがるな。

 ていうかおれを巻き込むのやめてくれ。


 でまぁ結局、手紙が書き終わってからは三人で部屋を飛び出した。というかヨハンに無理矢理引っ張り出された。


 ……正直、おれは二人の体力についていけなかった。

 魔王は魔王だから仕方ないとして、ヨハンもけっこう体力があるものだから、二人に付き合わされるおれはたまったものではなかった。


 なんやかんやと二人は言い合いをして、そして最終的にはこうなるのである。


「こうなったら剣で決着をつけてやる!! 負けた方が勝った方の言うこと聞くんだ!! それでどうだ!!」

「構いませんよ。どうせわたしが勝ちますし」

「今日こそはボクが勝ってやるからな!! 覚悟しろ!!」

「吠えるだけなら犬でも出来ますよ、ヨハン様?」

「こんにゃろー!!」

「ほほほ」←ヨハンの振りかぶった一撃を笑いながら片手で受け止める魔王の図


 で、二人はおれを置き去りにして木剣でド突き合いを始めていた。

 ……なんかもう、この光景も見慣れてきたな。

 こいつら実は仲良いんじゃないのか……?


「や、やあ、シャノン。またヨハンの相手をしてくれているのか」


 二人のド突き合いを傍観しているとケイティが現れた。

 なんだかちょっと控え目な感じだった。


 あの一件から、ケイティは何だかちょっと様子が変わったように見える。最初に会った時はもっと凜々しい雰囲気だったと思うのだが……そういう感じが薄れたような気がするのだ。


 まぁ、と言ってもおれの気のせいかもしれないが……とりあえずおれが偉そうなことを言ったせいで機嫌を損ねた訳ではないようなので、そこはちょっと安心した。なぜかあれから数日はまともに話してもらえなかったからな。


「どうも、ケイティ様」

「その、なんだ。いつもすまないな。ヨハンの相手は大変だろう?」

「そんなことありませんよ。というか、結局いつもヨハン様の相手をしているのはエリカですからね。ぼくは何もしてませんよ」

「いや、ヨハンが変わったのは間違いなくシャノンのおかげだ。あいつが今ほど素直に言うことを聞くようになるなんて、ちょっと前までは考えられなかったからな……」

「単に反抗期が終わったってだけのことですよ。ヨハン様は元々、素直で良い子だったってことです」

「……」(じー)

「……ん? どうかしました?」

「へ? あ、ああ、いや、何でもない」


 ごほん、とケイティは咳払いした。


「……何と言うか、君はすごく達観しているなぁ、と思っただけだ。とてもヨハンと同じ歳とは思えない。というか、実は年上なんじゃないかと思ってしまうくらいだ」

「え? そ、そんなことないですよ」


 ちょっとドキリとしてしまった。

 ケイティは少し笑った。


「なんて、少し言いすぎたな。気に障ったのなら許してくれ」

「いえ、そんなことはないですが……」


 はは、とおれは愛想笑いで誤魔化した。

 ……ケイティは鋭いな。あんまりボロを出さないように気をつけよう。


「あ、姉様!」


 突然、ヨハンが大きな声を出した。とても嬉しそうな声だった。

 ケイティの姿に気が付くや否や、ヨハンは木剣を放り出して駆け寄ってきた。

 その姿とくれば、完全に飼い主を見つけた子犬だった。不思議とブンブンと動く尻尾が見えたような気がした。


「姉様、今日ボク家庭教師の先生に褒められたんですよ!」

「ほう? そうなのか? どんな風に褒められたんだ?」

「椅子に座ってちゃんとペンを持つなんてとても偉いと褒めてくれました!」

「そ、そうか。それは……うむ。偉いな」


 ケイティはちょっと複雑な顔をした。

 ……場合によっては嫌味にしか聞こえないが、恐らく家庭教師の先生は心からそう言ったのだろう。これまでのヨハンがどれほど我が侭だったのかひしひしと伝わってくる。


「えへへ」


 だが、ヨハンはとても嬉しそうだった。単純に褒められて嬉しかったのだろう。そして、それをケイティに言いたくてしょうがなかったのだ。

 そんなヨハンの笑顔にやられてしまったのか、ケイティも思わず顔が綻んでいた。


 ぽん、と彼女はヨハンの頭に手を置いた。


「ああ、ヨハンは本当に偉いな。その調子でちゃんと頑張るんだぞ」

「はい! ボク頑張ります!」

「良い子だ」


 ケイティはとても優しい笑みを浮かべていた。


 その様子を見ながら、おれと魔王は少し顔を見合わせ――お互いにちょっと笑ってしまっていた。


 まぁ、色々あったが……とりあえずこれで良かったのだろう。


 おれたちはもうすぐ学校に入る。そうすれば、色々とまた起こると思う。この先に何が起こるかなんて分からない。


 不安なことはたくさんある。

 それこそ、数えればキリがないほどに。

 でも……いまのおれは、そういった不安も含めて、正直なところ期待もしていた。


 おれはこの人生で、今度こそ、ちゃんと生きていけるのではないだろうか――と。


 ……そう、この時の俺は思っていたのだ。

 

 

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