37,本当の話

「ふう、今日の夕食もうまかったな」


 おれは腹をさすってベッドで横になった。

 ……しかし、食事中ずっとケイティの様子がおかしかったな。

 何やらちらちらと視線を感じるのだが、おれが顔を向けると目を逸らすのだ。


 ……うーん、昼間なにか気に障るようなことを言ってしまっただろうか?

 やっぱりちょっと偉そうだったかな……?

 慣れないことはするもんじゃないなぁ……。

 まぁ、でもいいか。とりあえず二人が仲直りできたんだし。


 よっ、とおれはベッドの上で身体を起こした。

 このまま部屋でシャワーを浴びてさっさと寝てもいいのだが、その前にやっておかねばならないことがある。


 おれは部屋を出ると、記憶を頼りにテディの部屋へと向かった。


 ……色々とヨハンのことでゴタゴタしてしまっていたが、やはりテディにはちゃんと話を聞いておかねばなるまい。


 ティンバーレイク。

 その名がケネット家とどう関わっているのか。

 テディの口ぶりでは、それをおれに話すつもりはないようだったが……やはりそれではダメだ。


 おれはケネット家の人間である。リーゼが言っていたように〝当事者〟なのだ。

 それに、おれが何も知らないことで迂闊な行動をしてしまい、それが知らない間にテディに迷惑をかける可能性もある。そういう意味でも知っておくべきだろう。


 ……まあ、訊いて素直に教えてくれるかは分からないが。


「テディ様、いますか?」


 部屋に着いてドアをノックした。

 中からテディの声がした。


「む? もしかしてシャノンか?」

「そうです。少し話があるのですが……入ってもいいでしょうか?」

「構わぬ。入るといい」

「失礼します」


 部屋に入った。

 すると、上半身裸で汗だくになっている筋肉ムキムキマンがいた。


「よく来たなシャノン。それで、話というのは――」

「すいません、部屋を間違えました」

「いや合っておるぞ!?」


 つい反射的に部屋を出ようとしてしまった。

 本能が逃げろと指示を出したのだ。


「……ええと、何で裸で汗だくなんですか?」

「食後の日課だ」


 ふん、ふん、とテディはひたすらスクワットしていた。


「……えっと、食後の運動ってことですか?」

「違う。これは筋肉と対話しておるのだ」

「は? 筋肉と対話?」

「その通りだ。筋肉との絆を深め、己の限界と向き合っているのだ」

「……」


 ……うむ。これは困ったな。

 まずおれとテディの対話が成立していない。


「ええと、忙しいなら出直しますが……」

「いや、構わぬ。もう終わりにしようと思っておったところだ」


 テディは大きな布で汗を拭くと、服を着て何事もなかったように執務机に向かって座った。

 ここだけ切り取って見たらいかにもな風格のある大貴族である。中身は筋肉大好きおじさんであるが。


「それで、話というのは?」

「その……ティンバーレイク家とケネット家にはいったいどのような関係があるんでしょうか?」


 回りくどい話はしなかった。

 おれは率直に訊ねた。


「……」


 テディはすぐには何も答えなかった。

 だが、驚くような気配もなかった。

 ただ静かに顎髭を撫でていた。

 おれは続けた。


「もう正直に白状しますが……先日、ここでリーゼさんとテディ様が話しているのをぼくはドアの隙間から盗み聞きしていました。内容はよく分かりませんでしたが……でも、テディ様がぼくに何か隠しているというのは分かりました。以前、ハンブルク事件のことを教えてくれましたけど……あれが全てではないんですよね?」

「……まぁ、そうだな。あれはあくまでも事の顛末を簡潔に述べたまでだ。そうなった経緯については、意図的に話さなかった」


 テディは静かに口を開いた。

 隠したり、誤魔化したりしようとする気配はなかった。

 ただ、少し迷っているような素振りはあるように見えた。


「出来れば教えてもらえませんか? もしぼくを〝子供〟だと思って遠慮しているなら、それはもう忘れてください。以前、テディ様がぼくに言ってくれたことを覚えてますか?」

「以前言ったこと?」

「共にケネット家の汚名を返上しよう――と。そう言ってくれたことです」


 おれがそう言うと、テディはハッとした顔になった。

 以前、おれとテディは握手を交わした。

 あの握手は男と男の握手だった。少なくともおれはそう思っていた。


 だから何と言うか……テディに〝子供〟扱いされるのはちょっと心外だったのだ。

 まぁ実際、いまのおれは子供だ。だから子供扱いされるのは無理はないし当然だ。

 でも、頭では納得できても心では納得できなかった。

 そういう思いを込めてテディを強く見つめていると、


「――ああ、そうであったな。お主とは堅い握手を交わした仲であったな。すまぬ、許せ」


 と、テディはいきなり頭を下げた。

 おれは少し慌てた。まさか謝罪されるとは思わなかったからだ。


「ちょ、頭なんて下げないでくださいよ!?」

「いや、何だかんだ言いつつ、我が輩は結局お主を〝子供〟などとみくびっておったのだ。それは謝罪せねばなるまい」

「……テディ様」

「我が輩も耄碌もうろくしたものだ。歳を取ると頭が固くなっていかんわい、まったく」


 ふ、とテディは少し笑ってから、とても真面目な顔になった。


「――なぜハンブルク事件でケネット家が降格したのか。それはティンバーレイク家がそうなるように仕向けたからだ」

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