20,大事なペンダント

 ひとまず部屋に戻ってきた。

 ……まぁ、今後どう動くにしても、今はひとまず身体を休めよう。

 いまは単純に疲れていた。なんせ中身はジジイだからな。今回の長旅は中々に堪えたものだ。


「夕食までまだけっこう時間あるな……ベッドで休む前に荷物の整理でもしておくか」


 おれは持ってきた自分のトランクに手をついた。


「〝明日は今日より、良い日でありますように〟」


 合い言葉を口にするとトランクの施錠が解除された。

 このトランクには家で使っていた木箱と同じような魔術的セキュリティが施されている。特定の合い言葉を口にしなければ開かないようになっているのだ。


 懐に忍ばせていた魔力式拳銃を取り出し、トランクの中に入れた。

 さすがに家の中でこんなもん持ち歩く訳にはいかないからな。とりあえずしまっておこうか。ここに入れておいたら誰かに見られる心配もない。


 再びロックする前に着替えを取りだしておこうか。

 せっかく服を入れておくためのチェストが部屋にあるのだから、ここにいる間はそっちに着替えを入れさせてもらおう。着替えを出すのにいちいちトランクの施錠を解除するのも面倒だしな。


「……ん? なんだこれ?」


 自分の着替えやら下着を引っ張り出していると、ふと見覚えのない下着があることに気がついた。

 何だろうと思って取り出すと、それは女物のパンツだった。


「……」


 ……これ、もしかして魔王のやつじゃないか?

 なんでこんなもんが?

 どこで紛れ込んだんだ、これ……?


 いや、いちおう言い訳させてもらえるのならば、これは決しておれが入れたものではない。荷物を詰め込んでいる時に紛れ込んだだけだと思う。


「おいおい……何でこんなもんが入ってんだよ。こんなところあいつに見られたら――」

「おい、大賢者。ちょっといいか」

「え?」

「ん?」


 いきなり魔王が部屋に入ってきた。

 ちなみにおれは魔王のパンツをちょうど手に持って広げていたところだ。

 

「……」

「……」


 しばし見つめ合った。


「……」


 魔王は何も言わず、そっと部屋を出て行った。


「待て!? せめて何か言ってくれ!?」


 慌てて魔王を呼び止めた。



 μβψ



「いや、まさか部屋に入ったらいきなり人のパンツを広げて眺めている場面に遭遇するとは思わなかったわ……普通にドン引きしてしもうたわ……」

「だから紛れ込んでただけなんだって!? おれが自分で入れたわけじゃねえからな!?」

「分かった分かった。まぁ一枚くらいならくれてやるから後は好きにしろ。見なかったことにしてやるから。な?」

「いらねえよ!? ちゃんと返すよ!? その生温かい目やめてくんない!?」


 おれは魔王にパンツを突き返し、その場を仕切り直した。


「……ごほん。で、何の用件だったんだ?」

「はて、何だったかな……? パンツの衝撃が強すぎて忘れてしまったな……?」


 魔王は腕を組んで首を傾げた。


「言うほど大した用事では無かったんだが……」

「そうなのか? じゃあ、まぁ問題はねえか」

「あ、そうだ思い出した。お前にもらったペンダントが少し壊れてしまったんだが――」

「めちゃめちゃ大事な用件じゃねえか!! はよ見せろ!!」

「お、おう」


 魔王からペンダントを受け取った。

 こいつは以前、おれが造った魔術道具だ。魔族が魔法核と呼んでいる体内器官を擬似的に再現したものである。


 魔族や魔獣の体内には魔法核と呼ばれる、この世界の生物には存在しない特殊な体内器官が存在している。


 魔法核はまるで魔石のような物体で、この世界では〝オパリオス〟という名で呼ばれ実際に魔石のように使われている。


 オパリオスの魔石としての性能は、この世界に存在するどんな魔石よりも性能が優れている。

 そのため、オパリオスは他の魔石とは比べものにならないほど高価な価格で取引されていた。性能もさることながら、希少性も非常に高いからだ。


 オパリオスそのものは、どれだけ大きくても人間の目玉サイズくらいだ。


 おれが魔王に渡したこのペンダントの内部には火竜フォティアから回収したオパリオスが使われている。

 そのオパリオスが擬似的に魔王の魔法核として機能するように作成した魔術道具がこのペンダントだ。


 ちなみにこのオパリオスを売り払ったら恐らく一財産できると思う。

 気づかれたらちょっと面倒になりそうだから、傍目はためにはオパリオスを使っていると分からないようにオパリオスそのものを溶かした銀蝋ぎんろうの膜で覆い、さらに全体を装飾品で隠して〝ちょっと大きめのペンダント・トップ〟みたいな感じにしている。


 魔王は現在人間でありながら、しかし人間ではあり得ないほどの魔力量を保有している。そのせいで魔力制御ができずに何度も体調を崩し、一度は本当に死にかけた。こいつがなければ魔王はまた魔力制御のできない不安定な状態に戻ってしまうだろう。それは命に関わることだ。


 おれはペンダントをじっくりと観察してから、ほっと一息ついた。


「……よかった。どうやら外側が少し歪んだだけみたいだな。内部のオパリオスや魔術回路には影響はなさそうだ。いつこうなったんだ?」

「盗賊どもと戦った後だと思う。それまではこうなってなかったからな」

「ああ、あの時か……」


 先日のことを思い出した。

 魔王がほとんど一人で盗賊どもをやっつけてしまった時のことだ。


「うーん……やっぱり戦闘になると、さすがにペンダントの耐久性が心配だな。もっとちゃんとした材料と作業機械があればしっかりしたものができるんだけどな」

「別に今の状態でも支障がないのなら妾は構わんがな」

「まぁ今回は壊れなかったから良かったけど、この先なにが起こるか分からないからな。万が一壊れたら大変だ。おれとしては、出来ればもっと耐久性のある素材で作り直したいところだが……さすがにちゃんとした工房がないと厳しいな」


 魔術師は机上で理論ばかり書いているのが仕事ではない。

 魔術道具を実際に形にするのも魔術師の仕事の範疇だ。だから魔術師は理論家でもあり、かつ職人でもあると言える。


 魔術知識の無い人間にも任せられるような作業はもちろん割り振るが、重要な工程は魔術師が自分でやらねばならないことが多い。

 特に魔術回路は魔術師の腕前がもっとも必要とされるところだ。どれだけ机上の魔術式が完全で美しく完璧であっても、それを実際に素材を使って回路として実物を造ることができなければ全てはただの空論でしかない。


 魔術工房はそういった作業をするのに必要な素材や作業機械が揃っている場所のことだ。本当に手作業だけで出来ることは限られている。

 おれは比較的入手が簡単で、かつ加工が簡単は材料だけで魔術道具を造っていたが……逆に言ってみればその程度の環境ではその程度の物しか造れないということだ。


「シリシアムやミスリル、後はグンミなんかがあれば、このペンダントもかなり丈夫で小型化することができるんだけどな……」

「なんじゃ、それは?」

「どれも魔術回路を造る上で欠かせない素材のことだ。魔術回路は魔術式を実際に形にした物だけど、導体、半導体、絶縁体の三つで構成されてる。それぞれの素材の違いは魔力をよく通すか、通さないかの違いだ。半導体はちょっと特殊だが……基本的には絶縁体で土台を造って、そこに導体と半導体で魔力式を描くような感じになる。まぁ半導体なんてなかったからこいつには使ってないが」

「なるほど……分からん」

「まぁようするに、いまこのペンダントはランクの低い素材で造られているわけだ。もっとランクの高い素材があれば、良い感じに丈夫に小さくできるってことだ」

「なるほど……何となく分かった」

「どっかにおれみたいな子供にも作業させてくれる工房とかねえかなぁ……って、あるわけねえか。あったとしても素材を買う金もねえし……ひとまず、現状で出来る限りのことをするしかないな」

「……」


 一人でぶつぶつ言っていると、何やら魔王がじっとおれのことを見ていた。


「……ん? どうしたんだよ?」

「ああ、いや……やけに真剣に考え込んでいるなぁ、と思って……」

「なに他人事みたいに言ってんだよ。このペンダントはお前の命に関わるもんなんだぞ? 壊れたら大変じゃねえか」

「う、うむ」

「今回はこの程度の破損で済んでるからよかったが……もし何かあったらすぐに言えよ? 本当にぶっ壊れちまってからじゃ遅いからな」

「あ、ああ、分かった」

「どれ、必要最低限の工具は持ってきてるからすぐに直してやる。ちょっと待ってろ」


 おれは持ってきた工具を取り出し、ペンダントの修理をした。まぁ歪んだところをちょっと直しただけだ。


「ほら、出来たぞ」

「……」


 魔王にペンダントを返した。

 すると、なぜか魔王は手のひらにあるそれをじっと眺めていた。


「……? どうした?」

「……いや、何でもない」


 魔王は首にペンダントを首にかけた。

 気のせいでなければ、魔王はなぜかちょっとだけ笑っているように見えた。

 

 ……なんだ?

 思わず首を傾げてしまった。なんでちょっと嬉しそうな顔してんだ、こいつは……?


「ヨハン様ー!? ヨハン様どこですかー!?」


 なんて思っている時のことだった。

 急に部屋の外が騒がしくなった。

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