第二章
6,近衛騎士
リーゼが横になってしばらく経った頃だった。
おれと魔王は馬車の近くにある木陰で休んでいたのだが、急に魔王が立ち上がったのだ。
「どうした?」
「……来るぞ」
「来る? 何が?」
「人間の集団だ。向こうから気配が近づいてくる」
「え? マジかよ!?」
おれも慌てて立ち上がり、魔王が指差した向こう側に目を凝らした。
街道とは関係のない、森方面から何かが近づいてくるのが見えた。どどどど、と馬が走るような音も遠く聞こえてきた。多分、かなりの集団だ。
「……遠くてよく見えないが、もしかして盗賊か?」
「多分そうじゃないか。見るからにガラの悪そうな連中だぞ」
「は? お前あの距離で連中の顔が見えるのか?」
「あれくらいなら余裕で見える」
「いや絶対に見える距離じゃないと思うんだが……ていうか、あいつら明らかにこっちに向かってきてないか?」
「気のせいじゃないだろうな。めちゃくちゃこっち見てるぞ。間違いなくこっちに来てる」
「やべえじゃん!?」
おれは慌てて馬車に走った。
エルマーは御者台でうとうと居眠りしていた。
「エルマーさん!! 大変です!! 盗賊です!!」
「――へ? と、盗賊!?」
エルマーは眠気が吹っ飛んだように飛び起きた。
慌てたように遠くを確認し、顔を青くした。
「ほ、本当だ……!! ど、どうしよう!? すぐに逃げた方が――」
「無理です、向こうはこっちに気がついてます。この馬車じゃ逃げられません」
「じゃ、じゃあどうしたら……!?」
「慌てないでください。こっちにはリーゼさんがいるんです。騎士がいれば向こうだってそう迂闊に手は出してこないでしょう」
リーゼの名前を出すと、エルマーは少し落ち着きを取り戻した。
「そ、そうでしたね。すぐリーゼ様に起きてもらいましょう」
「ええ、そうしましょう。ぼくが起こします」
おれはすぐに回り込んでカーゴの中に乗り込んだ。
すると、すでにリーゼは身体を起こしていた。どうやら目を覚ましていたようだ。
いや、もしかすると異変を察知してすぐに起き上がったのかもしれない。さすがは近衛騎士だ。そんじょそこらの騎士とは格が違うってことらしい。
「リーゼさん、盗賊です! 盗賊が出ました! リーゼさんの出番ですよ!」
「……ほう、盗賊が出ましたか」
リーゼは静かに応えた。
まったく動じる様子もなく、ゆっくりと立ち上がった。どうやらもう乗り物酔いは収まったようだ。
……お、おお。
その堂々たる振る舞いにおれは少し気圧されてしまった。いつもと雰囲気が違う。そこには何と言うのか……そう、迫力みたいなものがあった。
これが近衛騎士か……(ゴクリ)
……ん?
あれ? でも……なんか酒臭くないか?
「ふん……盗賊などこのリーゼ・ドーソンが一人残らずぶちのめしてやりますよ――ひっく」
リーゼは片手にボトルを持っていた。
見るからに中身が減っている。
ついでに顔も赤くなっていた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおい!?!?!?!?!?!? お前酒飲んでんじゃん!?!?!?!?!?!?」
「の、飲んれませんよ」
「呂律回ってないだろ!?!?!? 飲んだだろ!?!?!? 正直に言え!!!!」
こっちが強く言うと、リーゼは悪戯のバレた子供のように目を泳がせた。
「ま、まぁちょっとだけ飲みましたけど……ちょっとだけれすから! だからセーフ!!」
「アウトだよ!!!!」
「いや、違うんれすよ? ほら、酒は百薬の長と言いまふからね……酔い止め薬の代わりですよこれは。ひっく」
「別の意味で酔ってるだろうが!?!?!?」
くそ!!!!!
こいつを信用したおれが馬鹿だった!!!!
本当に馬鹿だった!!!!!!!
「どうした、大賢者?」
魔王がやって来た。
おれが説明するより前に、リーゼを見てだいたい察したような顔をした。
「……ああ、リーゼのやつ飲んだのか」
「くそ、こいつを信用したおれが馬鹿だった……」
「どうする、大賢者?」
「相手の人数はどれくらいか分かるか?」
「恐らく20人くらいだろう」
「は? そんなにいるのかよ? 嘘だろ?」
おれはちょっと困惑した。
てっきり多くても10人くらいの集団かと思ってたんだが……さすがに20人は多い。しかも相手は武装しているはずだ。
……それだけ多いとさすがに危険だな。
魔王に戦って貰うにしても、無事では済まないかもしれない。おれの拳銃でもそれだけの人数を相手に出来るかは不安だ。
「……いや、出来る限り穏便に行こう。さすがにそれは数が多い」
「ふむ、ならどうするつもりだ?」
「まぁいざとなったらやるしかないが……こっちには〝騎士〟がいるからな。それをうまく活用するしかない」
「盗賊ごとき、このわたしにかかれば余裕れすよ!! いくらでもかかってこいれす!!」
リーゼは魔剣と間違ってボトルを構えていた。
ダメだこりゃ。
μβψ
「ヒャッハー!! おい見ろ、やっぱり馬車だぜ!?」
おれたちはあっという間に盗賊たちに囲まれていた。
魔王の言った通り、相手は20人ほどの集団だった。
馬は10頭くらいだが、二人乗りをしていたり、あと妙にゴテゴテした武装馬車も一台あって、それにけっこうな人数が乗り込んでいたのだ。
恐らく魔力式ではないと思う。火薬式の銃だろう。
銃火器の類いは火薬式が大きな発展を遂げる前に魔術的な魔力式が生まれてしまったので、構造的に魔力式には劣る存在だ。
見た感じ、どうやらおれの知っているタイプの火薬式
「おい、テメェら!! ここは今から通行止めだぜ!! 通して欲しけりゃ通行料払いな!!」
行く手を阻んだガラの悪い男が声を張り上げた。
全員、いかにも悪そうな連中だ。まるで盗賊になるために生まれてきたかのような顔の連中ばかりである。
「ま、待ってくれ!! わたしは貴族の方々をお送りしているところなんだ!! だから手は出さないでくれ!!」
「なに、貴族だと?」
「嘘吐きやがれ! ただの荷馬車じゃねえか!」
「嘘じゃない! しかも乗っておられるのは近衛騎士様だ! 手は出さん方が身のためだぞ!!」
「なに!? こ、近衛騎士だと……!?」
にやにやと笑っていた連中の顔に困惑が広がった。
……よし、今だ。
おれは後ろを振り返った。
「リーゼさん、馬車を降りますよ。連中、こっちに近衛騎士がいると聞いてビビってます。今なら姿を見せるだけで何とかなりそうです」
「くかー」(鼻風船)
「寝るな!?」
「はっ!? ね、寝てないれす。寝てないれすからね?」
「いや絶対寝てたでしょ……ま、まぁいいです。リーゼさんは何もせずに立ってるだけでいいですから。ていうか連中が引き下がるまでは何とか起きててください。もうそれだけでいいですから」
「盗賊なんれわらしの剣で全員なぎ倒してやりまふよ!!」
「まったく反対方向見てなに言ってるんですか????」
……リーゼはもうすでに目の焦点が合ってないレベルなので戦力にはならんだろうな。
だが、もはやハリボテでも構わない。とにかく近衛騎士がいるということが大事なのだ。
「いいですか? リーゼさんは喋らなくていいですから。黙って連中を睨みつけていてください。もう本当にそれだけでいいですから」
「任せてくらさいよ~ふへえ~」
「これが終わったら残りのお酒飲んで良いですから頼むからお願いします」
「――リーゼ・ドーソン。参ります」
めちゃくちゃキリッとした顔になった。
こ、こいつ……。
「おい、大賢者。こいつ大丈夫か?」
「言うな魔王。心配になってくるから」
とにかく出たとこ勝負だ。
おれたちは馬車から降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます