2,外の世界

「それじゃあな、二人とも」

「はい、父さま。向こうに着いたら手紙を送りますね」

「ああ、頼む。エリカも、あんまり無茶するんじゃないぞ。というか色々とにな?」

「気をつけます、お義父とうさま」


 魔王はエリカスマイルで答えた。

 の意味がちゃんと伝わっているといいが……。


「リーゼ、後は任せた。二人をよろしく頼む」

「いえいえ、まぁわたしに任せてください。お二人はわたしが責任をもって王都へお送りしますよ! ははは!!」


 ドン、とリーゼは自分の胸を強く叩いた。

 おれと魔王はこっそり顔を見合わせた。


「……なんか不安だな」

「……ああ。お前もか大賢者。妾も不思議とそう感じていたところだ」

「おや、二人ともどうかしましたか?」


 リーゼがこっちに顔を向けたので、おれと魔王はシャノン&エリカスマイルを浮かべた。


「「いえ、なんでもありません」」


 声がハモった。

 


 μβψ



 おれたちはダリルと別れ、リーゼと一緒に領都を歩き出した。

 傍から見れば保護者が一人に子供が二人にしか見えないだろう。まぁ実際その通りではあるんだが……精神年齢で言えばリーゼが一番年下なんだよな。


「リーゼさん、いつこの領地フレンスベルクに到着したんですか?」

「五日ほど前です。色々と旅の段取りをせねばなりませんでしたからね。駅馬車の手配をしたりとか」

「そう言えば、今回は機械馬じゃないんですね」


 リーゼは自分で荷物を担いでいる。

 機械馬に乗ってきた様子はなかった。


「ええ。今回はあくまでも私用ですからね。騎士団の仕事ではないので、機械馬は使わずにここまで来ました」

「……ん? あの機械馬って私物じゃなかったんですか?」

「あれは騎士団の備品ですよ。わたしの私物じゃありません」

「じゃあ、もしかしてここまでリーゼさんも駅馬車で来たんですか?」

「ええ、そうですよ。だからとても遠く感じましたねえ……もちろん分かっていたことですが、実際に自分の身で体験すると予想以上に疲れました。というか馬車の乗り心地がわたしにはどうも合わなかったようで……けっこう酔いましたし……」


 と、リーゼは疲れたように言った。

 ん? とおれは少し疑問に思った。


「リーゼさんって、もしかして馬車に乗ったことなかったんですか?」

「今回初めて乗りました。王都では貴族は馬車に乗りませんからね。基本的にマギアクラフトを使いますから」

「え? そうなんですか? じゃあ、なんで今回は駅馬車で?」

「フレンスベルクは遠いですからねえ……単純にここまで来るための陸行艇りっこうていを手配できなかったんですよ。誰だって貴重な陸行艇をこんな辺境まで出したくないじゃないですか。なのでわたしも仕方なく駅馬車で来たんですが……いやぁ、よくあんなもので移動できますね、ほんと。人間の乗り物じゃないですよあれは。あんなものに乗るしかないなんて、地方貴族の人には同情してしまいますよ。ははは」

「あの、もしかして地方貴族ぼくらのことあおってます????」


 ボロカスである。

 王都の連中が地方をどう見てるのかよく分かったような気がする。


「おい、大賢者」


 肩をつんつんされた。

 振り返ると魔王が小首を傾げていた。


「どうした?」

「さっきからとかとか、いったい何の話だ?」

「ああ。陸行艇っていうのは、言ってみりゃ馬無しで走る馬車のことだよ。魔術道具の一種だ。んで、魔術的に造られた乗り物全般のことをマギアクラフトっていうんだ。つまり陸行艇はマギアクラフトの一種ということになる」

「ほう。そういうことか……そのというのは、どうして馬がなくて動くのだ?」

「動力に魔力機関を使ってるんだよ」

「まりょくきかん?」

「魔力機関っていうのは、魔力エネルギーを運動エネルギーに変換する装置のことだ」

「魔力えねるぎーを運動えねるぎーに変換……?????」


 魔王の頭の上にハテナがたくさん浮かんでいた。

 ……うん、こりゃ分かってないな。


 ふと思ったが、こいつの学力レベルってどれくらいなんだろう?

 王立学校ともなれば、領立学校とは比べものにならないほど学力レベルは高いはずだが……こいつは勉強についてこられるのだろうか?


「……というか、お前らの世界には魔術道具の類いはなかったのか? それなりに文明は発達してたんだろ?」

「我らには〝魔法〟があるからな。わざわざ道具を使って魔法を発生させる必要などなかったのだ。たいていのことは、魔法があればどうにでもなった」

「ああ、なるほど……」


 納得してしまった。

 そうだ。こいつらには魔法があった。

 この世界のおれたち人間は、空を飛ぼうと思っても飛ぶことはできない。だからそのために空を飛ぶための道具を造った。


 でも、こいつらは違う。魔族の連中は当たり前のように空を飛んでいた。おれたちとは違って、飛ぼうと思うだけで飛べるのだ。確かに道具なんて必要ないだろう。


 〝魔術〟は技術だ。

 しかし〝魔法〟は違う。


 かつておれは魔法についてもかなり研究していたが、魔族が使役する魔法はという結論に至った。

 なぜなら、魔法というのは主観上で生み出されるものだからだ。


 魔術は客観的に追証ついしょう分析可能な事象の積み重ねである。

 魔術における物理現象についての探究というのは、という前提に基づいている。物理現象の原因を解き明かすのに、物理現象以外の要因を考慮してはならない――というものだ。


 これを魔術では『物理現象における因果的閉包性いんがてきへいほうせいの確立』と呼ぶが、この前提を維持することで魔術は技術として確立しているのだ。

 純粋に魔力を単純なエネルギー源として利用するために、この前提は必須である。主観性排除操作はそのために行われていると言ってもいい。因果的閉包性を守るためだ。


 だが、魔法はそうじゃない。

 魔族の脳は生まれつき四元素を知覚する能力を持っていて、その第六感によって主観的に魔力エネルギーと四元素を反応させることができる。

 


 これが魔法の長所でもあり、短所でもある点だ。

 魔法は魔術では到達できないことをあっさりやってのけることがあるが、それを技術として後世に残すことは難しい。だから魔法は技術としては確立せず、いつまでも発展はしない。


 だから、あくまでも『生物として生まれ持った固有の能力』の範疇を出ない――というか、出ることができないのだ。ようは言葉や文字で伝えられないものは、後世には残せないということだ。

 それに頼ったこいつらの〝文明〟がどういう形態だったのか、おれにはいまいち想像ができない。


 そう言えば、とおれはふと気になったことをリーゼに聞いてみた。

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