第一章

1,お別れとお出迎え

「ほー、人がいっぱいだな」


 魔王は物珍しそうに周囲を見回していた。

 ここはフレンスベルクの領都りょうとだ。

 おれは来るのは初めてじゃないが、けっこう久しぶりだ。


 確かに魔王の言うとおり、往来には大勢の人間の姿があった。

 馬車もひっきりなしに走っていて、けっこう賑やかだ。うちの近所の村と比べたら格段の差だろう。


「これでも領都としての規模は小さい方だぞ。フレンスベルクは小さい領地だからな」

「そうなのか。妾は街へ来るのは初めてなんだが……これでも小さいのか。すると王都はもっとデカイということか」

「そりゃそうだろうな。王都は貴族街と城下街で貴族と平民の住むところがきっぱり分かれてるらしいからな。この規模の街ならそんなことはないけど」

「ほうほう」


 魔王は素直におれの説明を聞いて頷いていた。

 ……なんか、こうして見てると年相応の子供にしか見えんな。

 やがて、馬車は道の端に止まった。


「よし、お前らここで降りるぞ」


 ダリルがそう言ったので、おれと魔王は馬車から降りた。

 これは荷馬車なのでタラップなどない。なので降りるのも乗るのもダリルに手伝ってもらう必要があるのだが、魔王は軽やかな身のこなしでスタッ、と地面に降りてしまった。ちなみに荷物を持った状態で、だ。


「……」


 ダリルが何か言いたそうにしていたが、何も言わなかった。まぁ熊をぶっ倒すのに比べれば十分に常識的な光景だと思ったんだろう。

 もちろん、おれはダリルに手伝ってもらって馬車を降りた。


「それじゃあ、おれが連れてきてやれるのはここまでだ。シャノン、エリカ。とにかく身体には気をつけるんだぞ?」


 ダリルはしゃがみ込んで、おれたちに視線を合わせた。

 おれたちはそれぞれ頷いた。


「はい、父さま。でも、父さまこそ身体には気をつけてくださいね?」

「シャノン様の仰る通りです。お義父とうさまがお怪我などされたら大変ですからね」

「たはは、こりゃ参ったな……おれの方が心配されてしまうとは」


 ダリルは困ったように笑った。でも、その顔はちょっと嬉しそうではあった。


「シャノン」


 不意に、ダリルが改めておれの名を呼んだ。

 その目は真っ直ぐにおれを見ていた。とても真面目な顔だ。


「……今まで、色々と大事なことを黙っていて悪かったな。隠すつもりはなかったんだが……どうにもおれの口からは言いにくくてな。すまなかった」

「いえ、気にしてません。父さまは何も悪くありませんよ」


 そう、実際にダリルは何も悪くない。

 本当にただの被害者だ。


 ……ケネット家が降格した原因とされるハンブルク事件。

 結果的に、ダリルはその責任の所在を全て押しつけられた形なのだ。

 これはもはや〝見せしめ〟と言っていい。ケネット家は生け贄にされたも同然だ。


 おれの祖父母が実際に職務を放棄したのかどうか、真実は分からない。

 ……だが、テディが言っていたように、おれもそんな話を信じることはできない。ダリルの両親がそんなことをするとは思えないからだ。それはダリルの性格を見ていればよく分かる。きっと立派な両親に違いなかったのだ。


 ダリルの顔が曇った。

 とても心配そうな顔だった。


「……恐らく、中央ではまだケネット家の悪評は消えてはいないだろう。お前がケネット家の人間だと周りが知ったら、心ないことを言われるかもしれんし、不当な扱いを受けることもあるかもしれん。そんなことがあったら、すぐにテディ様を頼るんだぞ?」

「それは大丈夫ですよ、父さま」

「え?」

「ぼくは父さまを信じてますし、祖父や祖母のことも信じていますから。つまらない流言りゅうげんなど、何を言われても気にしませんよ」

「……シャノン、お前」

「ですので、安心してください。これでも口は上手い方ですから。テディ様に泣きつくより先に、相手を言い負かして泣かせてやりますよ」


 にっこり、とおれはシャノンスマイルを浮かべた。

 ちなみにこれは冗談で言っているつもりはない。つまらんことを言ってくるやつがいたら全力でやり返してやるつもりだ。もちろん倍返しである。


「……はは、こりゃ本当に参ったな……」


 ダリルの顔から曇りが消え、代わりに困ったような笑みが戻ってきた。

 ぽん、とダリルはおれの肩を叩いた。


「……ありがとう、シャノン」


 と、ダリルは言った。

 顔を伏せていたから表情は見えなかったが……その声色には、色んな感情が交ざっていたように感じられた。


「ブルルル」


 ヒンデンブルク号が大きく鼻を鳴らした。

 おいおい、まさかおれのことを忘れちゃいねえだろうなぁ? とこっちを見ているような感じだった。

 ダリルは顔を上げると、ヒンデンブルク号を振り返ってから少し笑った。


「はは、どうやらあいつもお前に挨拶したいみたいだな。ほらシャノン、ちゃんと挨拶しとけよ」

「はい」


 おれはヒンデンブルク号に近づいた。


「……お前にも世話になったな。家族のことよろしく頼むぞ」

「ブルルル」

「よしよし」


 鼻を鳴らして、頭を擦りつけてきた。

 ……機械馬きかいばは乗り物としては優れているしとても便利だが、主人を自分の意思で迎えに来たりはしない。

 ドラゴン討伐の時、こいつが迎えに来てくれなかったらどうなっていたか分からない。その時の礼も込めて、おれは思いきりヒンデンブルク号のことを撫でてやった。


「すいません、お待たせしました!!」


 ちょうどその時だ。

 おれたちの元に慌ただしく走ってくる人影が見えた。

 やって来たのは――そう、リーゼだ。


 ……おや?

 出迎えっていうのはリーゼのことだったのか。

 どうやら一人のようだ。他には誰もいなかった。


「って、うわぁ!?」


 リーゼは何かにつまずいて、思いきり顔面から地面にダイブした。

 そのまま荷物と一緒にズザー!! とおれたちの前にやってきた。

 おいおいドジっ娘かよ。


「……大丈夫か、リーゼ?」

「……」


 ダリルが声をかけると、リーゼは無言で立ち上がり、無言で砂を払った。

 それからこほん、と咳払いして、


「というわけで、わたしがお二人をお迎えに上がりました」


 と、何事もなかったように振る舞った。

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