31,お別れ

「ふぁあ……おはようございます」


 朝。

 リーゼが起きてきた。

 その場に緊張が走った。主に男性陣に、だが。


「あ、ああ、おはようリーゼ。よく眠れたか?」


 ダリルが声をかけると、リーゼはにこりと笑った。


「はい。今日はなぜかすっごく寝覚めが良かったです」


 その顔を見て、おれを含めてテディとダリルは大きく安堵の息を吐いた。

 ……よかった。もう元に戻ったみたいだ。


「そ、そうか。それは良かったな。ところで……昨日の夜のことは覚えてるか?」

「ん? 昨日の夜ですか? 何かありましたっけ?」

「い、いや、いいんだ。覚えてないなら」


 ははは、とダリルは笑ってこっちへやって来た。

 おれとテディの前に来ると、ダリルはどっと疲れた顔に戻った。

 この三人は酔っ払ったリーゼ被害者の会だ。

 おれも含めて、テディもダリルも異様に疲れた顔をしていた。


「……テディ様。リーゼのやつ、何も覚えてないみたいですね」

「あやつはいつもああなのだ。酒を飲めば暴れるだけ暴れて、本人は何も覚えておらん。リーゼに酒を飲ますな、という理由がこれで分かっただろう、ダリルよ」

「よく分かりました。もう二度とあいつに酒は飲ませません」

「それにしてもちょっと人格変わりすぎじゃありませんか……?」


 おれがそう言うと、テディは困ったように溜め息を吐いた。


「……あやつは騎士としての実力は十分あるのに、いつも肝心なところでドジやヘマをやらかすのだ。要領が悪いというのか……そのせいで聖騎士の試験にも落ちてしもうたしな。受かってもいいだけの実力はあるはずなのだが」

「え? 聖騎士に、ですか? リーゼはそんなに強いのですか?」


 ダリルが驚いた顔をすると、テディは頷いた。


「ああ。あやつが実力をちゃんと出せば、全盛期の我が輩でも勝てるかどうか分からんレベルだろうて」

「そ、そんなにですか……?」


 ダリルはちょっと信じられない、という顔になっていた。

 それはおれも同じ気持ちだった。

 ……テディより強い? この熊のようにデカい大男よりも?

 そんな馬鹿な。


「ただまぁ、実力はともかく精神的に弱いところが多くてな。本人もそれは自覚して直そうとしておるが、やはり心の中では色々とコンプレックスを抱えておるのだろうな。それで酒を飲むとたがが外れるのだろう。飲めば昨夜の通りだ。その癖、本人はやたらと酒が好きでな……困ったものだ」


 テディは大きく溜め息を吐いた。

 おれはリーゼを振り返った。


「ティナ様、お手伝いしますよ」

「あら、そう? じゃあちょっとこの野菜切ってもらおうかしら」

「分かりました」


 リーゼは笑顔でティナの手伝いをしていた。

 その姿は、昨日の酔っ払った時とはまるで別人のようだった。

 ……うーん。テディより強いかもと言われても、やっぱりピンとこないな。



 μβψ



 昼前には、テディとリーゼは支度を終えていた。

 おれたち家族は外に出て、二人のことを見送っていた。


「ではな、ダリル、ティナよ。身体には気をつけるのだぞ」

「それはテディ様こそ。もうお若くはないんですから、無茶はしないでくださいね?」

「お、おいティナ。その言い方は失礼だろう?」

「がはは!! 構わん、ダリルよ。ティナの心配、身に沁み入るわ」

「どうかお元気で、テディ様。これ、良かったら道中で食べてください。はい、リーゼにも」


 ティナが二人に何か包みを渡した。きっとサンドイッチか何かだろう。

 二人はそれを嬉しそうに受け取った。


「おお、毎度すまぬな、ティナよ。ありがたく頂こう」

「ありがとうございます、ティナ様」

「わたしだけじゃないですよ? エリカとハンナも手伝ってくれたんですから」

「ハンナもてつだった!!」


 むん、とハンナが自己主張するように手を上げた。

 テディはますます破顔した。


「おお、そうかそうか。ハンナも手伝ってくれたのか。テディおじちゃんものすごく嬉しいぞ」

「たべる前は、ちゃんと手洗ってね?」

「ああ、そうしよう」


 テディは嬉しそうにハンナの頭を撫でた。

 その姿は孫を可愛がるお爺ちゃんにしか見えなかった。


「くっ……」


 リーゼが目頭を押さえていた。

 どうやら別れを惜しんで、思わず涙が出てきてしまったようだ。

 けっこう涙もろいんだな、こいつ。


「わたしもちゃんと結婚してこんな可愛い子供が欲しいです……」


 けっこう切実な涙だった。


「シャノン、エリカ」


 最後に、テディはおれたちの前に立った。


「雪が解ける頃、改めて迎えを寄越す。再び会える日を楽しみにしておるぞ」


 おれと魔王は顔を見合わせてから、同時に頷いた。


「はい、ぼくも楽しみにしてます」

「わたしもです」

「うむ!! ではな!!」


 テディとリーゼは機械馬に跨がり、あっという間に去って行った。

 ……何だか家族が減ったみたいな感じがして、おれはちょっとだけ寂しさを感じたのだった。

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