14,テディ・マギル、再び

 今日はいわゆる平日だったが、ダリルは朝からずっと家にいた。

 どうやら仕事は休ませてもらったようだ。


 ……まぁ、それはそうだろうな。

 なんせやってくる相手が中央の大貴族だ。いくら既知の間柄とは言え、ちゃんともてなさねばケネット家の威厳に関わるというものだ。


 テディたちは恐らく昼過ぎか、夕方には到着するだろうということで、すでに豪華な夕飯の支度が朝から行われていた。

 まるでちょっとした高級レストランのフルコースみたいな手の込んだ料理ばかりだった。ティナと魔王が本気を出すとこんなものまで作れてしまうようだ。


 以前は急な来客だったので仕方なかったが、今回はちゃんとそれなりに正装して出迎えることになっている。普段は着ないようなパリッとした服を着るのだ。食事の時に汚さないように気をつけないとな。なんせ貴重な一張羅いっちょうらだからな!!


「お姉ちゃん、こんな感じでどうかな?」

「うん、上手よハンナちゃん」

「えへへ」


 ハンナが料理の盛り付けを手伝っていた。

 魔王に頭を撫でてもらってご機嫌な様子だった。


 ……ハンナのやつ、何だか機嫌が良さそうだな。

 これならおれがさりげなく話しかけてもいけるのでは?

 おれはさりげなく後ろから近づいた。


「いやー、ハンナは盛り付け上手だなぁ」

「ぷいっ!」


 高速で顔を逸らされた。

 ぐはあああ!!!

 さらに半分の魂を持って行かれた。つまりもうおれの魂はゼロだった。もはや蝉の抜け殻だ。


「おい魔王、何とか間を取り持ってくれ!」(小声)


 おれは魔王に小声で話しかけた。

 もうこうなったら手段なんて選んでいられない。使える手は全て使うしかなかった。


「やれやれ、仕方ないやつだな……まぁ、ここは任せておけ」


 ニヤリ、と魔王は笑った。

 お、おお……? なんか自信ありげだぞ……? 何か策でもあるのか!?

 

「ねえ、ハンナちゃん。お兄ちゃんも一緒にお料理のお手伝いしたいみたいなんだけど……よかったらみんなで一緒にやらない?」

「イヤ。お兄ちゃんはいじわるだから、ハンナは一緒にお手伝いしないもん」

「そう。じゃあ仕方ないわね」


 魔王はあっさり引き下がり、おれを振り返った。


「すまん。最善を尽くしたがどうにもならなかった」

「いやどこが最善だよ!? もうちょっと押せよ!?」(小声)

「いや、だって妾までハンナに嫌われたくないし……」

「人には大したことないって言っておきながら自己保身してんじゃねーよ!?」(小声)


 魔王の手は猫の手にもならなかった。



 μβψ



 ……で、そのまま時間は過ぎた。

 やがてほんの少し日が傾きかけた頃、外から〝機関音〟が近づいてきた。


 それがほんの僅かに聞こえた瞬間、おれは思わずソファから立ち上がり、家の外へ飛び出していた。

 最初はまだ豆粒のように遠かったが、すぐに機械馬がやって来た。


 それも二台。

 おれは首を傾げた。


 ……あれ? テディの他にも誰か一緒なのか? てっきりテディしか来ないもんだとばっかり思ってたが……?


 二台の機械馬は減速しながら我が家の前にやってきて、やがて停止して地面に接地した。

 ……うーむ。

 やはりこうして魔術道具を間近で見られるのは素晴らしいな。ちょっとでいいからもう一回乗れないかな……?


「おお、シャルノワールではないか! 久しいな!」


 テディが機械馬を下りて近づいてきた。

 おれはハッと我に返り、すぐに片膝を突いた。


「テディ様、お久しぶりです。あとぼくはシャノンです」

「おっと、そうであったわ! シャノンだったな! ところでシャノン、どうしてお主は片膝なんぞついておるのだ?」

「それはテディ様が大貴族だからです。先日は知らなかったとはいえ、失礼いたしました」

「がはは! 子供がそんなこと気にせずともよい! 我が輩は気にしてなどおらぬわ!」

「テディ様がお気になさらずとも、周囲はそうは思いません。然るべき礼儀は必要かと思います」

「ふむ……ダリルの息子にしては随分と礼儀正しいのう、お主は」


 テディは感心するように顎髭を撫でてから、


「しかしまぁ、それでは話がしにくい。とりあえず立って話そうではないか」


 と言った。

 ……ここで頑なに膝を突くのも子供らしくないかもしれないな。

 おれはそう考え、言われた通り立ち上がった。


「分かりました。テディ様がそう仰るのであれば」

「ふむ」


 何やらジロジロ見られた。


「……あの、何か?」

「いや、前も思ったが……お主は何となく子供らしくないな。どことなく大人びておるような感じだのう」

「な、なに言ってるんですか。ぼくは9歳ですよ? めちゃくちゃ子供ですよ、子供。こんなに子供らしい子供、他にいませんよ? まさに子供になるために生まれてきたような子供ですよぼくは」

「そ、そうか? いやでも子供は自分でそんなこと言わんと思うが……?」

「おや、テディ様。その子がもしかしてダリル様のご子息ですか?」


 と、そこでもう一人が機械馬を下りてこっちに近づいてきた。

 ……え? 女?


 相手を見て、おれは少し驚いてしまった。

 現れたのは女騎士だったのだ。しかもかなり若い。二十歳くらいではないだろうか。髪は銀髪のショートカットだ。凜々しい雰囲気の美人のお姉さんだった。


 テディと同じように騎士として鎧を身に纏い、腰には帯剣している。鎧も剣も、どちらも魔術道具の類いだろう。


「そうだ、リーゼ。こやつがシャノンだ」

「え? シャノン? 以前はシャンブールと言っておりませんでしたか?」

「む? そうだったか?」


 テディが腕を組んで首を捻ると、女騎士は溜め息を吐いた。


「はぁ……テディ様は相変わらず人の名前を覚えませんね……年齢が年齢とは言え、ボケ老人になるにはまだ早いですよ?」

「誰がボケ老人だ!?」

「……」


 思わず女騎士の横顔に見蕩れてしまっていた。


 ……え? だ、だれこの美人……?

 ちょっと待って。こんな美人が来るなんて聞いてないよ? いや、ほんとちょっと待って……ちょっと心の準備ができてないんですけど?


 突然現れた美人に、おれはどぎまぎしてしまった。

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