第二章
6,許嫁?
おれは緊張していた。
もうすぐお昼だ。
いつもなら朝から畑仕事でもしているところだが、今日はそんな精神的余裕がなかった。
「……信じられないくらい美少女だ」
おれは改めて写真を見ていた。
そこにはおれの許嫁という女の子が写っているのだが……ちょっと言葉を失うレベルの美少女なのだ。
……マジで?
こんな可愛い子がおれの許嫁なの?
いやいやいや……落ち着け。もしかしたら写真とは全然違う女の子が現れるかもしれないぞ? 何か魔術的なアレでものすごく修正しているのかもしれん。
決してダリルを疑ったわけじゃないが、おれは一晩かけてこの写真が本物であることを徹夜で魔術的に検証してしまった。おかげで寝不足だ。自分でもアホなことをしている自覚はある。
だが、その結果。
写真は本物だと判明した。大賢者たるおれの総力を上げて調べたのだ。絶対に間違いない。この写真は本物だ。ダリルがうっかり他人の写真と取り違えていない限り、本当にこの子がおれの許嫁なのだ。
「やべ、緊張してきた……」
危ないクスリが切れた人みたいに手が震えた。
いや、落ち着け。
落ち着くのだ、大賢者よ。
お前はかつて幾度も死線を何度も乗り越えただろう?
魔王だって倒したんだ。
そのおれが、たかだか小娘一人を相手に何を緊張しているんだ?
自分の精神年齢を思い出せ。六十歳越えてるんだぞ。ジジイだぞ。今世での年齢も足し合わせれば六九歳。つまり約七〇歳だ。
……いや、うん。思い出すのはやめよう。完全に犯罪のあれになってしまう。はい、やめ! 思い出すのやめ!! いまのおれは九歳!! だから同い年の許嫁がいてもセーフ!!!! 異論は一切認めん!!!!! Q.E.D!!!!(証明終了)
「帰ったぞ」
「!?」
玄関のほうからダリルの声が聞こえて飛び上がってしまった。
慌てて窓の外を見ると、一台の馬車が止まっていた。どうやらダリルが迎えに行っていた女の子が到着したようだ。
ひいいい!?
来ちゃったよ!?
ど、どどどどどどどどどどどどうしよう!?!?!??!?
お、落ち着け!!
こういう時はひたすら無心で手のひらに魔術式を書くんだ!!
ええと、何の魔術式にしよう……ええと、ええと――
ああ、ダメだ!! テンパってるせいで何も頭に思い浮かんで来ない!!!
ガチャ、とドアが開いた。
「シャノン、いるか?」
「……ん? ああ、お父さま。戻っていたんですか?」
おれはソファで足を組み、ティーカップを片手にダリルを出迎えた。
さも窓の外から聞こえてくる小鳥たちのさえずりに耳を澄ましていたかのように、出来る限り優雅に振る舞った。もちろんやせ我慢である。
……何事も第一印象が大事だからな。ここでビシッと出来る男であることをアピールするのだ。
頑張れ、おれの心臓!!
「なんだ、少しくらいは緊張しているかと思ったらいつも通りだな、お前は」
「それはもう。紳士としてレディにみっともないところは見せられませんからね」(前髪ファサ~)
「ははは、それでこそケネット家の男だ。ほら、エリカ。入りなさい」
「はい、お邪魔いたします」
鈴が転がるような可愛らしい声がした。
ダリルに招かれて、一人の女の子が部屋に入ってきた。
「――」
思わず途方に暮れてしまった。
おれの目の前に現れたのは、それはもうお人形のように可愛らしい長い黒髪の女の子だったのだ。
……えっと。
うわーお。
なんというかもう――
_人人人人人人人人_
> すごい美少女 <
 ̄ Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
としか言いようがない。
もしこれが小説なら色んな言葉を駆使してこの美しさを何とか表現しようとするだろうが、おれの脳内に存在する言葉では何をどうやっても表現できる気がしなかった。とにかく可愛い。←結論
おれと目が合うと、女の子はふわりと笑った。
「初めまして、シャノン様。わたし、エリカ・エインワーズと申します。よろしくお願い致します」
「……」
「……シャノン様? どうかされました?」
女の子が小首を傾げていた。
おれはハッと我に返った。
「あ、ああ、ごめん。ようこそケネット家へ。まぁとりあえず座ってよ」
「はい、ありがとうございます」
女の子は――エリカは再びふわりと笑って、行儀良くソファにちょこんと座った。
「じゃあ、おれは荷物を運び込むのでいったん失礼する」
「え!? お父さま!?」
おれたちに気を利かせたのか、ダリルは部屋から出て行った。
ドアが閉まる間際、わずかな隙間から力強いサムズアップをおれにぶちかましていった。
――パタン。
ドアが閉まり、二人きりになった。
……おおう。
嘘だろ。
二人きり……?
え? 何話せばいいの? おれの得意分野って魔術しかないんだけど、とりあえず宇宙創世の話でもするか? 女の子って宇宙創成の話に興味あるかな???? うん、絶対ないよね!!!! はい話題終了!!
なんて言ってる場合ではない。
会話というのは出だしが肝心だ。
最初で詰まると後は何だかぎこちない会話になってしまうことが多い。
そう、例えばこんな感じだ。
『……』
『……』
『あ、えっと。今日はいい天気ですね』
『そうですね』
『……』
『……』
『あ、ここけっこう遠かったですよね? 疲れてません?』
『いえ、それほどは』
『あ、そうですか……はは』
いや童貞の会話かよ!!!!!
まぁ童貞なんだけどさ!!!!
……くそ、こうなったらヤケだ。
とりあえず何か話そう。こいつ童貞くせえな、とか絶対に思われたくない。
なぜなら〝シャノン〟は紳士なのだ。おれは今世で必ず童貞の汚名を返上するのだ。何ならヤリチンクソ野郎と呼ばれたって構わない。とにかく童貞とだけは決別するのだ。
おれはそう決意し、エリカのほうを振り返った。
「あ、あの」
「はい、なんでしょう?」(圧倒的美少女スマイル)
「すいませんなんでもないです」
おれは顔を逸らした。
いや、無理やろ!!!!!!!!!!!!
これ直視できんやろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
美少女過ぎるやろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
エリカとは同じ年齢だと聞いているが、どことなく大人っぽい雰囲気だ。身長はおれより少し高いかもしれない。スタイルもすごくいい。
こ、こんな子と将来結婚するのか……?
いや、していいのか? そんなことが許されるのか?
これはもしかしてあれか? 前世で童貞のまま死んだおれを哀れんで、天の意思がおれに女神を遣わしてくれたのか?
そうとしか思えないような奇蹟である。
サンキューゴッド!!!!
戦場にいる時は神なんてくそ食らえって言ってたけど撤回するよ!!
神最高!! いやっほう!!
……なんて、そう思っていた矢先のことだ。
ふと、おれは感じたのだ。
前世で何度も感じたあの気配を。
そう――〝魔族〟の気配ってやつを。
「!?」
思わず身体が動いていた。
反射的だった、としか言いようがない。
武器なんて何も持っていなかったが、それでも昔の癖で臨戦態勢に入ってしまった。
そんなおれを、エリカはきょとん――とした顔で見ていた。
「……え、ええと、どうかしたんですか? シャノン様?」
「お前、魔族か?」
「――」
魔族は人間とほぼ見分けがつかない。
簡単に見分ける方法は血の色を見ることだ。
人間の血は赤いが、魔族の血は青い。
まぁ普通は魔族かと聞かれて、はいそうですという魔族なんていないだろう。
きっと素知らぬ顔ですっとぼけるはずだ。
あるいは、エリカが人間だったら「な、何言ってるんですか?」と困惑顔でもしただろう。
だが、エリカの反応は妙だった。
完全に黙ってしまったのだ。
「……ふむ。なぜそう思ったのだ?」
しばしの間があってから、エリカはそう言った。
明らかに口調が変わっていた。
おれはますます警戒を強めた。
「……ほんの僅かだが、お前から魔族の気配を感じた」
「ほう、気配か……貴様〝亜人〟のくせにしては随分と鋭いではないか」
亜人。
その言葉を聞いてほぼ確信した。
魔族はおれたち人間のことを〝亜人〟と呼ぶのだ。
「昔から魔族の気配ってやつには何故か敏感でな……他の人間は誤魔化せても、このおれの目は誤魔化せねえぞ?」
「ふ、何者かは知らんが……どうやら隠し通すことは無理そうだな」
にやり、と〝エリカ〟が妖しい笑みを浮かべた。
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