第87話 今井 3
合コン(?)の事を店長にグチりながら、俺は普段の業務を捌いてた。今井は毎日自身のタクシーで乗り付け、毎日一日分を払って行った。お街の方はなかなか寒い状況っぽいなぁ。知り合いの店もなかなか厳しいから、女の子の数を減らしたりして対応してるっぽい。自分でなにもかもしなきゃいけない自営業って大変ねぇ。そんなことを思いながら、今日も元気に延滞者へ電話を掛ける俺である。
ある日、今井が来なかった。17時を過ぎても顔を出さなかったのである。店長にしてもそこまで大ごととは思ってないんで、ほどほどになと言われた。とりあえず、携帯に電話をいれてみたら
「ごめんごめん、ちょっと今郡部の方に来ててそっち行けんのよね。明日まで待ってくれないかな?」
ふーむ、ちょっとひっかかる部分はあるんだが、店長もほどほどにと言ってたし、
「明日午前中に顔出してね。」
って感じに収めた。店長に報告するとおうっと返ってきたので、俺は別な延滞者に取り掛かった。
俺が引っかかったってのは、今井が営んでる個人タクシーのテリトリーは県庁所在地である。それがこのご時世に郡部まで片道1万円出してタクシー頼むやつがいるとも思えんし、観光タクシーとして行ってるわけでもなさそうだ。アレコレ考えてるとどうしても疑ってかかっちゃうな。職業病かしら。
翌日、今井は午前中に来なかった。夕方に顔を出してごめんねとは言っているが、あまり自分が悪いとは思ってなさそうだった。こいつ、どこまでやったら怒られるか、計ってんな。全額返済を求められるラインを探っているのだろう。この類はあまり好きではない。男と女の駆け引きなら楽しいかもしれんが、60過ぎたオッサンと駆け引きする気は毛頭ない。店長も、
「あいつ、こっちを試してるな。どっかで釘さしとかんといかんな。」
そう言って、少々呆れていた。まぁ次何かあったら家でも行くかな。人を舐めてたら痛い目を見るってことを思い知らせてやる!っと息巻いてみたものの、のらりくらりと逃げ回りそうな気もするな。
それから一週間も経たないうちに、今井は郡部にまた行ってるから待ってくれと言い出した。店長の顔を伺うと首を振っていた。まぁダメってことね。今井にダメだよと言うと、夜遅くなると言い出した。段々と腹が立ってきたので、
「何時でもいいから、電話してきて。集金にいくから。」
俺の携帯で今井の携帯へかけなおし、これに電話かけてこいと言って電話を切った。さて何時になることやら。ウチは基本支払いには厳しい。慣れあいを良しとしないからである。正直俺はお客さんには嫌われている。何が何でもその日の分を貰うまで帰らないからである。もちろんこれは店長の指示もあるわけなんだけどね。ある客は娘の貯金箱を壊してそれから払ったり、またある客は1時間後に取りに来るから構えとけと言って一時間後に取りに行くと、パチンコ屋でコイン拾って作りましたといったやつもいる。まぁお金はお金なんでいいんだが、正直後味の悪い事が多い。まぁ嫌われているという自覚もあるが、そもそも客に好かれようと思ってない。嫌われてるといい事もある。他所が行っても金ないと言ってても、俺が行くとうるさい奴が来たから、金払ってさっさと帰ってもらおうってやつも多い。毎度あり~っと言って帰るのだが、他所の業者からは不思議な目で見られてることもある。嫌われてナンボってのもあるかもね。
その日、ちょいちょい今井に電話をかけながら、他の集金に回っていた。まぁたぶんこいつは郡部には行ってない。郡部に行ったら待ってくれると思ってる節もあるからな。おそらくソコソコの時間に集金に来てというはずだ。何時でもいいからと言われてるし、どうせ払わなきゃいけないなら、さっさと払うはずである。もし遅い時間に集金来てくれと言われたら、これはただの嫌がらせだろう。その時は切るという選択肢も出てくるだろう。もっともこれは店長の決めることなんだけど、ある程度は俺の考えも聞いてくれるんで、その時は言ってみようとは思う。
結果、今井が集金になったのは午前2時を回ったとこであった。まだこいつはウチを試してるのかねぇ。俺の貴重な睡眠時間を削るハメになった報いは、いつかキッチリ受けてもらおう。集金に行った時、ごめんねぇと言いながらもニヤニヤしてる今井の顔にメガ豚パンチを食らわしたかったくらいだからな。海千山千のヨゴレが跋扈するこの業界なんで、少々のことではひるまないのだが、めんどくさいのだけは勘弁してほしいものだ。集金した後はマッハで自宅に帰りさっさと寝たのだが、今井のニヤついた顔が浮かんできて、案の定寝不足になっていた。
翌日出社した俺は、店長に事の次第を報告し切ることを進言した。
俺の進言に対して、店長は少し考えさせてくれと言ってきた。まぁ決めるのは店長だから、その決定には従うつもりだが、回収するにしても材料が少なすぎるし、嘘つくし、おそらくだが家族にも相手してもらえないような気もするし。出来ればこのままお金を突かずに、保証人をつける方向でいってほしいもんだね。
それからも今井は悪びれることもなく、飄々とした感じで支払いに来てた。毎度毎度思うのだが、その事務員を舐め回すような目とニヤけた顔はやめて欲しいものだ。キモいねん。事務員も露骨に嫌な顔するから、お客様ですよとは言ってるんだけど気持ちはわかる。量産型オッサンな上に頭ハゲ散らかして、少々アブラギッシュな顔してるやつに上から下まで舐め回すように見られてたら、だいたいの女の子は嫌悪感を抱くはずだ。まぁ支払いをしてくれてるうちはお客様だから仕方ないのだがね。
それからしばらくは平穏に過ごした。ということは、そろそろ書き換えラインに到達するのである。案の定、今井は書き換えをしてくれと言ってきた。それを店長に伝えると、30分後に電話してくるように言っといてと指示を受け、俺はその通りに伝えた。それから店長はうーんと30分間唸りっぱなしであった。まぁ悩みどころだろうなぁ。切れるものなら切りたいが、この仕事、お金を貸さなければ利息を生んでくれない。俺は店長が決定を下すのを見守った。そして店長の出した結論は・・・、
「書き換えしてあげて・・・。」
わかりましたと俺は応え、その指示に沿って今井に出てきてと伝えた。ものの5分も経たないうちに今井は来た。待ち構えていたんだろうね。書き換えの手続きを進め、今井に幾ばくかの現金を手渡した。ニヤニヤしながら受け取る今井の顔はヨゴレそのものであった。あぁ、メガ豚パンチ打ち込みてぇ・・・。
それからは毎日毎日一日分を払いにくるのだが、相変わらず掴み所がない。そして、しばらくするとまた待ってくれと言ってきたり、嫌がらせのように夜遅く集金になってみたり、お金がないからこれで勘弁してと百円玉1個を持ってきたり。これには俺も少々うんざりしてきた。店長はどう思ってるのかはなんとなくわかるんだが、それにしてもだ。手間が掛かり過ぎるんだよな。コスパから考えると最悪の部類に入ってくる。それでも取りにはいかないといけないんだがね。こんなことを言ってはいけないんだろうけど、正直めんどくせぇ。が、これをこなしていって俺の給料が出てるわけだしな。
そんなある日、今井は増額を言ってきた。借りてる日払いを聞くと5件。店長も他店へ問い合わせしてみたが、概ね申告通りである。店長はしばらく考えて、保証人が必要と言ってきた。そのまま伝えたら、スッペラコッペラと何か言ってきたが、付き合ってると時間の無駄と思い、話をさっさと切り上げて電話を切った。
それから今井の支払いは悪くなる一方であった。まるで金貸してくれないウチが悪いように言って来る。自業自得と思わんとこが、やはり普通の人と思考が違う。普通の思考なら、お金貸してくれなくなったら困るので、真面目に支払うものである。ところがこいつは、お金貸してくれないから支払うお金が無いと言う。さすがヨゴレの言い訳は違うな。店長もこの言い訳には呆れ果てていた。そりゃそうだ。お宅に払うお金をお宅から借りて返すって言ってるようなもんだし、こんな理屈を言って来るやつが存在することに俺は少々驚いた。
今井は2,3日に一回、悪びれる様子もなく一日分を持ってくる。来るたびに
「お金貸してくれたら、ちゃんと払えるのにね。」
っとイヤミを言っていく始末。そんなことしてたら益々お金貸してもらえんことをわからんのかね。まぁまだ連絡してくるだけマシなんだけど、そろそろ店長も我慢の限界が来そうだな。
そうして過ごしていったある日、ついに連絡無しで支払いに来なかった。店長に、
「形にならんでもいいから、家行ってこい。あんまりなことをしてたら動くぞって姿勢を見せるだけでもいいからな。」
そんな指示を受け、俺は車に乗り今井の家に向かった。行く最中にどう攻めるか、頭の中で絵図を描くのだが、正直家族が話出来るとは思っていない。材料が無さすぎるんだよな。まぁそこまで多額ではないから、なんとかなるかなーっとは思ってるけどね。よしんばなんとかならなくても、ダラダラの支払いでもいけるやろ、っと店長は考えてると思うんだけどね。まぁ出たとこ勝負はいつものことだし、店長もこちらの姿勢を見せるだけでもいいって言ってたし、今回は気楽といえば気楽だね。
そんなことを考えてると、今井の家の周辺に着いた。ちょっと入り組んでて家がわかりにくかったので、丁度歩いていたオバさんに聞いてみた。
「あー、こっちに入って来るんじゃなくて、もう一つ手前のとこを入ってちょっと行ったとこよ。車庫があるから、すぐにわかると思いますよ。」
ありがとうございますと頭を下げ、言われた通りに行ってみると、すでに他業者の軽四が2台停まっていた。車庫を見ると、今井が乗ってるであろうタクシーがあるから、おそらく在宅なんだろう。
今井はおそらくのらりくらりとかわしにくるだろうが、どう攻めるか考えながら俺は自分の順番を待った。
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