第55話 さつき 6
俺はドキドキしながらビニールハウスのドアを開け、なるべく刺激しないよう、中に向かって声を掛けた。
「さつきさん、いるんじゃろ?隠れてても問題の解決にはならんから、出てきて話せんかね?」
そう言って仕切りに使ってたビニールをはぐってみると、さつき、ダンナ、息子の3人がダンボールを敷いて横たわってた。家に居れないからってこんなとこで生活せんでもよかろうに。とりあえず、おはようございますと言いながら3人のところに近づいた。3人共ギョっと驚きはしてたが、すぐに見つかってしまったかという落胆した顔になった。とりあえず今後の話をしようと3人には伝え、店長にも連絡を入れた。今までにいきさつをさつきとダンナに聞いてみたんだが、
「あの日に書き換えをしようと純代に電話したが、連絡とれないと要一が言い出し、自宅まで行ってみたら彼氏しかいなくて、警察に連れて行かれたことをそこで知った。これはえらいことになると思い、とりあえず家に帰ってダンナに訳を話し、隠れることにした。要一とは純代のマンションの下で別れたから行方は知らない。」
ダンナにも話を聞いたが、話を聞いてるとダンナがちょっとかわいそうになってきた。以前整理した時、ダンナがお金を出したのは間違いないんだが、その金はJAから借りて作ったお金らしい。その当時、JAでは貯金残高が引き落とし等でマイナスになっても出し入れできる枠があった。枠の金額は農家さんの規模や収入によってなんだろうけど。ダンナは自分が黙々と働いてきたから、多少の蓄えはあると思っていたらしい。しかし蓋を開けてみると、マイナスMAXまでさつきに使われてて払う分がなかったらしく、慌てて農地を担保にお金を借りたんだけど、農地は基本的に財産価値が低い。また調整区域内だと余計に低い。ギリギリ出せたのが整理して終わらせた分だったと、まぁこういうわけだ。
娘は?と聞くと、婚約者のとこで寝泊まりしてると言われた。これからどうしたいの?と聞いたが、さつきは娘は関係ないと言い出した。そっかー。そう来たか。まぁそう来るのは想定内なんだけど。さつきだけをビニールハウスの外へ出し、また懇々と説いた。たぶんダンナはまだ知らんのやろな。
「あのね、今更そんなことが通じるとでも思ってる?俺ら書類でメシ食ってるんだから。どうしても突っぱねるって言うなら、これをタテに娘さんの勤め先へ給料の差し押さえするけどいい?さっき婚約者のとこいるって言ってたけど、そこへも行くことになるから。そこから先はどうなってもウチの責任ではないしね。自分の娘を保証人にしといて金借りていったのに、都合が悪くなったら娘は関係ないって、人としても親としてもどうかしてると思うぞ。幸いまだ娘には連絡してないからな。素直にこっちの言うことに従うなら、なるべく負担を減らすように努力はしてやる。うまくやれば半額に出来るかもしれん。それはそっちの返答次第だからな。それでもまだ突っぱねると言うのなら、今から娘に連絡して仕事場まで行くわ。ついでにお前らの居場所を他所の業者にリークするからな。さあどうする?」
さつきは陥落した。しかしお金はないと言う。そんなことはわかっとんねん。それと疑問に思ったこともついでに聞いてみた。
「お前、ひょっとして妊娠してないか?」
さつきはビックリした顔をした。どうして?と聞かれたが、なんとなく匂いが違ったからと言ったら諦めて話してくれた。要一との子らしい。当然ダンナには内緒。ったく、盛りのついたアホは始末に困るのぉ。要一には一応伝えたが、何をしてくれるわけでもなく、日々の支払いに明け暮れてたわけだ。そのくせ、行為だけはしようと迫ってきてたらしい。
「その要一だけど、自分だけさっさと破産したで。」
そう言うと、さつきは全身の力が抜けたようにへたり込んだ。もうひとつ純代のことでダメ押ししようと思ったけど、全部終わってからにするかな。俺ってまぁまぁ性格悪いのぉ。(テヘッ)
とりあえずビニールハウスの中に戻り、ダンナと話をした。娘が保証人になってること、このままでは娘のとこに行かなければならないこと。もう一人保証人がいるから、そいつと話が出来て、2人同時にお金が構えれるなら半額で済むこと。それに向けて俺も最大限協力することを約束する。もちろんダンナは了承してくれた。とはいえ、半分と言っても25万もあるんだけどね。結婚間近なんだから、こんなことで破談にするわけにもいかんわな。その場から娘に電話をして代わってもらい、婚約者と一緒にいる住所を聞きだした。娘もどういう状況かはわかってないみたいだが、住所聞けただけでもめっけもん。
とりあえずダンナには、今から親戚や知り合いを回って金を作れと言って出て行かした。息子は役立たんから放っとく。さつきには、
「ここから動くな。俺の携帯を教えとくから、この電話だけは出ろ。もし、いなくなったら何もかもぶちまけた挙句に、娘のとこへまっすぐ行くからな。」
と耳打ちした。ムチだけでなく、アメも必要だと思った俺は、
「もしこの一件がスムーズに済んだら、そのお腹の子の費用、出してもらうように店長に頼んであげるから。産むわけにもいかんやろ?ダンナに知られてもアカンのやろし。」
そう言うと、さつきの顔には若干の血色が戻ってきた。頼むは頼むけど、貸すとは言ってないからねー。だって貸すのを決めるのは店長だしー。
一段落した俺は店長に報告した。店長もまぁそれでえぇやろと言ったけど、どこかに渡す気ないのか聞いてみたけど、
「渡すよ、全部終わった後で。」
なるほど、まったく一緒のこと考えてるわ。ついでに今後付き合う気があるのかも聞いてみたがまったくないと即答されたので、最後はカマしときますと言っといた。そもそもさつきの事は好きじゃないし、娘は関係ないって言ってきたのがムカつくからな。
さて、次は純代の元カレだ・・・。
充分日も昇り、時計も8時を回った。俺はさつきの自宅周辺に停めてあった車に戻り、そこから純代の元カレに電話をした。出社している途中みたいだったので、とりあえずササっと概要だけ話して、昼休みに電話をもらうようにした。さつきのダンナもそうそう話はまとまらんやろから、時間かかるかもなぁと思い、一旦会社に帰るようにした。もちろんダンナには電話をして、金が出来たらすぐに知らせてねと言っといた。さつきに渡るとロクなことないからな。さつきにもここから絶対動かないよう、よく言い聞かせた。動いて他所に捕まってもつまらん。
店長からゆっくりでいいよと言われたんで、モーニングを味わいながらしばし休憩。10時頃に会社へ帰り着き、店長に報告した。報告してると丁度社長も出社したので、3人で作戦会議。とはいえ、もう終わることはほぼ確定してるんで、店長と社長はどこに渡そうかという相談に終始してた。俺はさつきを最後に奈落の底へ突き落とすことだけを考えていたんだけどね。
そうこうしてるうちに昼になり、純代の元カレから電話があり、事と次第を話していった。
純代が警察に捕まったこと。保証人の生き残りが元カレ含めて2人いること。その2人が同時にお金を構えれるなら半額ずつの負担でいいことなどなど。半分でいいのですか?と言われたんだけど、ちょっと勘違いしてるとこもありそうなんで、きちんと説明しといた。
これを読んで頂いてる方はだいたいわかってると思うけど、保証人と連帯保証人の意味合いは全く違います。違うとこは簡単に言うと責任の範囲。ただの保証人は頭数で割る。それ以上の責任は発生しない。連帯保証人は何人いても全ての責任を負うってとこかな。今回の場合は半額ずつと提案はしたけど、一方的に1人へ責任を負わすことも可能ということ。同時にお金を構えれたらというのは、タイムラグが生じるのが嫌なだけなんす。人間という生き物は都合よく考える生き物であり、自分に都合のいいとこだけをピックアップする習性がある。今回の場合、半分払えば自分の責任を逃れられると考えちゃうんで、そこはしっかりと釘を刺しとかないとね。まぁ自分に都合のよい情報を信じてしまう、信じてしまおうとするのは人間としての性かもしれないね。
元カレには充分噛み砕いて説明したおかげで理解してもらえたと思う。あとはいつ構えるかだけど、以前にも話したけどお金ないですと。俺としてはこのまま放っといても大丈夫だとは思うんだけど、同時にお金貰えないとダメだしなぁと思い、一つ提案してみた。
「キミ(純代の元カレ)もわかってると思うけど、ウチは利息が高い。キミがお金を貯めるまでダラダラ置いておくと結構な金利が付きます。計算してみたらわかるんだけど、残高50万に対して1日の利息が1500円。1ヶ月で45000円。キミが25万貯める、もしくはボーナスまで待ってと言われても、その頃には膨大な利息が付きます。もちろんウチはそれでもいいんだけど、それではあまりにも不憫でなりません。ここからは私の独り言として聞いてください。どこにも借り入れもなく、そこそこ長めに社会保険のある会社に勤めてるキミは、大手の金融会社、TVCMとかやってるとこね。そういったとこならすぐにお金を借りれると思います。もちろん金利は付きますが、ウチと比べ物にならないくらい安いです。一度検討してみてはいかがですか?」
話していると元カレもその気になってきたっぽい印象を受けた。
「もしそうするのなら、もう一方の人がお金を構えれてから動いたらいいんちゃうかな。」
そう言うと、
「わかりました。構えれたら連絡ください。」
との言質を得た。よっしゃ!これで道は出来た。
さて、あとはさつきのダンナだが、まぁ今日中にはムリというか、25万も構えれんならダメかもなぁとは思うけど、娘を思う父親の愛に期待だな。
結局その日はさつきのダンナから連絡はなかったが、仕事が終わり一応さつき共が何をしてるか、様子を見に行った。例のビニールハウスに行ってみるとさつきだけがいた。ダンナは朝出ていったきりで、息子はほとんどの業者に面割れてないから、買い出しに行ってもらってるらしい。まぁこっちの言うようにおとなしくいてくれるのはありがたいな。ダンナからの連絡はないかと聞くと、〇〇さんとこで5万借りれた。××さんとこで3万借りれたとかの報告だけで、まだちょっと時間がかかりそうだな。さつきにはダンナにちょっと一回帰ってきてと電話させた。しばらくさつきの話相手になってると、息子も帰ってきた。カップラーメンを買ってきたんだが、もう金がないという。そうこうしてるとダンナも帰ってきた。とりあえずメシ食ってと言い残し、俺は外にでた。店長に電話をかけて報告したが、
「あまり長引かせない方がいいかもね。理由はもしさつきや要一が純代のケツ掻くようなことをしてたら面倒になりかねん。警察絡んでるから、なるべく早く切り上げる方向で動け。」
と言われた。とはいえ、こいつら金持ってないからなぁ。娘に対する親父の愛を見せて欲しいとこだがね。
俺はビニールハウスの中に戻り、ダンナと話をした。今日周辺から借りれた金額を聞いたが、13万しか集めれなかったと。明日も回るんで、どうか娘のとこにはいかないで欲しいと懇願してきた。行くなと言われたら行きたくなるのがワイの性だが、まぁここは親父の愛を信じてみよう。サウザーがそうだったように・・・アレ?違ったか?
とりあえず全部出してと言ったが、さすがに食いもん代とガソリン代は必要だろうと思い、13万の内10万だけ入金してもらった。まぁそこまで俺も鬼ではないからね。あと15万、明日頑張ってねと声を掛け、俺はそこを離れた。とりあえず10万入金させたのは、金を持たしてるとイランことに使いそうだったからなのよね。まぁ3万あれば、食うに困ることはなかろう。
帰り際に店長へ報告すると、明日中にはカタつけろと言われた。まぁいろんなとこから情報が舞い込んでるみたいだから、そう言うんだろうな。その場からさつきのダンナに連絡を入れて、明日中にはなんとかしてくださいと伝えた。向こうの都合ばかり聞いてるわけにもいかんしね。力なくわかりましたと返答したダンナが不憫でならん。
純代の元カレにも電話をして、
「もう1人は明日中に用意すると言ってますんで、明日中にお願いします。」
と伝えた。こちらも力なくわかりましたと言うが、まぁ知り合った女が悪かったとしか言えんな。
そしてその日は静かに終わり、朝日が昇って当日を迎えることになった・・・。
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