第23話 松本 3
俺たち三人は土曜日に松本の家に向かった。片道3時間かかるのだが、それはいつものことだ。今回は事情が事情だから、何か成果があればいいのだが、本人いない状況ではきびしいかもしれん。
現地に着くと、とりあえず船を見に行った。船はまぁ停泊させてただけで、何か手がかりになるものがないかと探した。船の状態を見ると、仕事をきっちりしてた様子は見て取れない。散らかり放題の汚れ放題。しっかり掃除をしてればこうはならないんだけどね。近くに停めてある車も見に行った。が、鍵がかかってて中を見ることは出来なかった。旧式なんで、開けようと思えば開けれるのだが、ちょっと人の目もあるからってことでやめとけと社長に言われた。車の中にも手掛かりになりそうなものは見えなかった。まぁ外から見ただけだから、仕方ないんだけど。船の中もいろいろ探ってはみたものの、それらしいものは見つからなかった。見つかったと言えば、船の中で食べたであろうと思われるやつのゴミだけであった。すさまじい匂いを発してたので、鼻の利く俺には少々キツかったな。
ここにいても仕方ないからと、とりあえず家の様子を見に行った。着くと本宅は鍵がかかってて入れなかったが、離れの方は開いてたので失礼しまーすと言いながら中に入ってみた。まぁこんな時はだいたい俺の役目なんだけど。中に入ると生活感があるものの、散乱してる感じで、これといったものは見受けられなかった。裏口に回りドアを開けると、そこはキッチン。まぁこんな時はお決まりの冷蔵庫チェック。だいたい卵の賞味期限を見ると、いつ頃までいたかがわかるのである。しかし、卵は1週間前に賞味期限が切れてた。ってことは更にその一週間ほど前からここを使ってないと推察できる。約2週間ほどは使ってないと考えると、社長が連絡取れなくなった時期と符合するな。そう考えて、社長と店長には報告した。本宅に入れないなら仕方ねぇなぁと思ったが、なぜかエアコンの室外機が動いてる。ただ単に切るのを忘れてたと考えられるが、それともなにか意図があるのか?冷蔵庫も普通に動いてたからな。電気が止められてるわけでもない。謎が謎を呼んで、ワケわからんなってきた。一通りここで出来ることはしたので、次は担保で取ってた先祖代々の山とやらを見に行った。
現地に着いてというか、そこまで行く気がなくなったというか。地図で見た限りではそうでもなかったが、現地に向かって走ってると、これ全部かっていうくらい広大であった。見に行く気も失せるくらい。とりあえずその周辺に住んでる人に聞いてみた。松本さんちの山ってどこですか?と。たぶんこの周辺全部という答えが返ってきて、社長も少々呆れてた。
いろいろ走ってるうちに時間も夕方になった。宿を探さなきゃいけないが、いつも使ってた釣り宿はいろいろ聞かれたら面倒ってことで、普通の観光ホテルに泊まった。風呂も入りサッパリしたとこで、メシを食いながら作戦会議。先祖代々の山がここまで広大だとは思わなかったみたいで、社長としても困惑してるみたいだった。まぁ広さは別にいいんだけど、問題は生えてる樹木である。そこまで高く売れる木材ではないらしい。ってことは山自体高く売れないのである。またそれとは別に問題もあった。売れるかどうかの問題である。売買とは売り手と買い手がいて初めて成り立つものである。売れなきゃずっと固定資産税なりなんなりを、垂れ流していかなければならなくなる。県庁所在地から片道三時間かかるようなとこの山林を誰が買うかってことだね。当然のように手入れなんかしてるわけでもないし。明日はもう一度丁寧に船と離れを見てみようってことで話は終わった。その後は食事を済まし、ホテルで聞いた近所のスナックへ出向き、三人でワイワイと飲んで歌ってと楽しく騒いだ。田舎の場末のスナックってまぁまぁおもしろかったりするな。
ホテルに帰り寝ようかと思い、みんなで布団に横になったのだが、店長がちょっと気分が悪いとトイレに籠った。飲みすぎというほど飲んでないんだが、どうしたんだろ?と思ったが、俺は遠出の疲れもありすぐに寝てしまった。
しかしまだ暗いうちに気分が悪くなって目が覚め、今度は俺がトイレに籠って盛大にリバースをしだした。何回かやったことあるんだが、これは酒のリバースではない。食あたりのリバースだ。明け方までトイレに籠った俺はリバースするものが無くなり、布団に戻った。そしたら今度は社長もトイレに籠りだした。確実に食あたりだな。社長もひとしきり籠った後でヘロヘロになりながら出てきた。三人で思い返してみると、どうもイカの刺身が古かったように思う。舌にのせた時、ピリっとした感覚があったから、たぶんそれだろう。
そして朝日も昇り、朝ご飯もあまり食べることも出来ずに、俺たちはホテルをあとにしたのである・・・
俺たちは吐きたいという衝動を抑えながら、ある待ち合わせのところに向かった。着くとそこには社長の知り合いが待っていた。ここで社長を置いていき、知り合いからの情報収集をしてもらう為である。俺と店長は車と船を置いてある港に行き、あとで松本の自宅で合流するてはずである。
港に向かう道中、俺も店長もこらえきれなくなり、仲良く道端でリバース。途中でアクエリアスを購入して港に向かった。着いて船の中を探していると、昨日は探ってないとこからいくつかの名刺が見つかった。とはいえ、全部フィリピンパブの名刺なんだけど。店は2店舗分で7名分。この中で事情を知ってるやつがいるかもしれないから、一応それを持ってきたデジカメにおさめた。持って行っても問題はないと思うけど、まぁそれはやめとこうっという話になったからだ。車も鍵がかかっているので、外から覗き込むことしか出来ないが、コレといったものは見つからなかった。
そうこうしてるうちにもうお昼になった。社長から電話があり、今から落ち合ってとりあえずメシ食おうってことになった。ありきたりのレストランで落ち合った俺達は、店の中でお互いが得た情報の共有を行った。俺たちは船の中で見つけた名刺。社長は知り合いからの情報を。あと松本の元嫁さんと3日ほど前にコンタクトを取って協力を承諾してもらい、息子さんがこちらに向かってるとのこと。これならなんとか本宅入れるかもしれんという期待が持てた。
メシを食って松本の自宅に向かう道中で、社長に息子さんから電話が入った。自宅に着いたということで、俺たちもそちらに急いだ。会うのも5年ぶりくらいかな。会ってみると見事な青年になっていた。もう高校生。でっかくなったなぁなどと言ってたが、まぁそれはそれ。本題については社長が説明をしている。その最中に俺は昨日と違ったとこがないか、またトラップが落ちてないか、周辺を確認しにいった。昨日と全く変化がない。まぁ近くにいるってことはなさそうだなぁ。ひょっとしたら県外とかに逃げてるのかもしれないが、それは協力者がいないとちょっと難しいかもなぁ。
昨日と同様にエアコンの室外機も回ってるままだし、これは完全に切り忘れだと思った。事情を話し終わった社長が息子にどこか入れるとこはないかと尋ねてみたが、どこもしっかりと鍵がかかってて入ることが出来ない。カーテンも閉まってるし、カーテンの無いとこは全部すりガラス。中を伺い知ることが出来ないことに、俺は段々と苛立ってきた。社長に窓ガラス割って踏み込みますか?と聞いたが、社長自身も踏ん切りがつかない感じだった。まぁ何かあったとこで俺が捕まるだけだから、それはそれでいいし、息子さんからチョロっと許しをもらってたら、それでどうとでも言い訳できると思ったんだけどね。息子さんに対しても、そこまでしてっていう理由、緊急性があるのかってことを説明するのも難しいわな。結局押し入ることは断念したのである。
息子さんは近所の叔母さんのとこに泊まるということで、そこで別れた。俺たち三人は社長の知り合いともう一度落ちあい、現嫁が元々勤めてたお店のオーナーを紹介してもらい、話を聞くこととなった。結婚するまではもちろん通っては来てたのだが、結婚してからは一時期当然のように来なくなっていた。しかしある時期から月1回とか2回とか来るようになったらしい。まぁそこまで頻繁というわけでもないらしいが。ついでにデジカメで撮った名刺を見せてみた。この地域には3店フィリピンパブがあるらしいが、ウチともう一店の名刺だねってことだった。名刺に書かれてる女の子の名前を見ると、たぶん2ヶ月とか3ヶ月前のやつだろうというのがわかった。もう一店のオーナーともコンタクトを取ったのだが、今日はどうしても時間が取れないということなので断念した。社長置いていくって手もあるんだけどね。
ってことで、ここでタイムアップである。帰るのにも3時間かかるからである。何の成果もなく引き上げるのは残念だが、時間的制約がある以上、仕方ないかな。どっと疲れが出ながらも、俺たちは帰路についた。3時間かけて帰りつき、開いている居酒屋に入って、飲みながら今後の方針を話し合ったが、いい知恵は浮かばなかった。山林には手を付けたくないってのがホンネらしい。車はもう古いからいいとしても、船はまだ動くし、新しい部類に入る。このまま何も連絡がないなら、船を売るなりなんなりの手立てを考えるしかないしなぁ。その日は考えが三人とも考えがまとまらずに、ダラダラ飲んで解散した。
翌朝、俺はいつものように起床し、スーツに着替え出社した。会社前にあるコンビニで朝めしを購入し信号が変わるのを待ってると、ふいに俺の電話が鳴った。その電話の内容に、俺は驚愕したのである・・・
その電話とは社長からだった。慌てた感じだったが、俺はどうしました?こんな朝からと聞くと、松本は死んでたってさと言ってきた。俺は信号が変わってもそこに立ちすくみ、ちょっと茫然としてしまった。気を取り直し、マジですか?聞き直したが、マジらしいと。俺も今から情報集めるから、詳しい話は仕事終わってからなと社長から言われた。
その日は俺も店長も仕事が手に付かず、松本の話に終始していた。松本に何が起こったのかはわからんが、死んでたというのが妙に引っかかる。事故とは思えんのよね。となると自殺かってことになるんだけど。まぁそれも社長の話を聞いてからだなと自分に言い聞かし、仕事を捌いた。幸いその日は取り立てするほどのことはなく、若干の集金のみ。社長が待ってるであろう、いつもの居酒屋に店長を先に行かして、俺は集金に回った。集金も終わり、俺は待ち合わせの居酒屋に急いだ。
着くと社長と店長が個室で神妙な顔つきで待っていた。あまり大声で出来る話ではないと察した。座って飲み物を頼み、何があったんですか?と聞いたら社長から、
お前、あの時ガラス割って中に入らなくて正解だわ。
そう言われて、なんでだろ?という疑問に答えるように、社長は朝から集めた情報と自分の考えを交え、ポツリポツリと話し始めた。
あの日、俺たちが帰った後、叔母さん宅で泊まった息子が夜になって、どうしても気になるということで松本の自宅へ向かった。もちろん叔母さんも一緒だったんだが、中から鍵がかかっている以上、どうしようもないので、警察を呼んだ。警察が着き、息子と叔母さんの同意の元、ガラスを割って中に入ったんだが、そこで見つかったのは布団の上で全裸になった松本とフィリピンの女の人の2人。傍らに練炭を燃やした跡があり、練炭自殺だった。それからはパトカーが何台も来て現場検証。近所も騒然として、それは夜中まで続いた。つまり、お前がガラス割って入ってたら、第一発見者ってことになってたやろな。息子はそれを母親に伝えて、母親が俺に朝一番で知らせて来たってことだ。
そこまで言うと社長はグビっとグラスに残ってたビールを飲み干した。そこで俺には2つほど疑問が湧いた。1つはなぜ自殺しなければならなかったのか?もう1つは動いてたエアコンの室外機があったが、エアコンをかけてたら、練炭自殺はしにくいのではないか?ってこと。まぁあと付け加えるなら、なんで全裸かだったってとこだが。それらについては社長の知り合いが警察にも顔が効くので、いろいろ調べてもらったらしい。
エアコンに関しては、死んだトコはエアコンとは全く関係ない部屋で、しっかり目張りもしてたとのこと。だからエアコンはおそらく単なる切り忘れだろうと言ってたらしい。
自殺した理由についてはちょっと複雑らしく、社長の知り合いが出来る限り集めてくれた情報しかないが、話してくれた。
松本はフィリピン女性を嫁に貰う前から、結構な借金があったらしく、それを嫁に貰ってからはさらに加速。それを社長から借りた1000万である程度まとめた。が、嫁に家へ縛り付けられるようになり、息抜きも兼ねてまたフィリピンパブに行きだしたそうだ。しかし元々嫁の勤めてたとこで、羽を伸ばすこともしにくい。そこで店の客として知り合った男に、別なフィリピンパブへ連れて行ってもらった。そこで知り合った女といい仲になったというわけなんだが、知り合った女には日本人のダンナも子供もいた。つまり知り合った女は元々フィリピンパブでダンサーとして働いていたが、見初められて結婚をして子供を産み、またそこで働きだしたってことだな。知り合った女のダンナってのがまたボンクラらしくって、全然働かんみたいで、女が生計を立ててたらしい。それからフィリピン人に限らずなんだが、横のつながりが凄いのよ。それによって松本の浮気は嫁にバレるんだけど、向こうのダンナにもバレたらしくって、結構な額を取られたらしい。それでも隠れてチョコチョコと会ってたみたいで、その都度、松本は生活費を援助してたみたいだ。仕事もまともにしてなけりゃ、当然のように収入は少なくなるし、借金も膨らむ。そしてとうとう嫁が里帰りをというか、実家に帰ってしまった。それも亡くなる2ヶ月も前のことだ。それからは女と自宅で逢瀬を重ねていたが、にっちもさっちも立ち行かなくなり、事に及んだ。一緒に死んでた女ってのは、その浮気相手ってことだな。全裸だったってのは、死ぬ前にそういう行為をしてた形跡があったとのことだ。
そこまで聞くと、店長と俺は大きい溜息をついた。あまり松本を擁護しようとは思わんけど、そこに至るまでに止めてくれる人はいなかったのかねぇ。元々嫁も子供もいたわけだし、まぁ浮気はあったとしてもそこで心入れ替えて頑張ればよかったのにな。フィリピンに狂った挙句に嫁に逃げられ、唯一怒ってくれる大女将が居なくなったら、もう止められんかったのかもなぁ。いつ歯車が狂ってくるかわからんね。
その後、社長はすぐに船の名義を自分にし、渡船屋を営む資格を得るようにした。とはいえ、社長は船舶の免許を持ってない。しかも社長は渡船屋の船頭をしたくないという。自分が釣り出来なくなるからだと。そうなると誰かを船頭に雇わなきゃいけないんだが、物は試しということで募集してみた。知ってる人の口伝とか、知り合いのとこに張り紙して1人だけの募集だったのだが、まぁ船舶免許が必要だから5人くらい来てくれたらいいなと思ってたらしいのだが、窓口になってくれた人に送られてきた履歴書の数は、ナント150通を超えた。中にはこれから取るからというやつもいたらしいが。そこには田舎の港町特有の事情があったらしくって。単純明快に仕事がないのである。日雇いや漁港での手伝いなんかはあっても、なかなか定職ってわけでもなく、くすぶってる人間が相当数いたみたいね。そこに週1回休みで、月収30~40万となると、そりゃみんな目の色を変えるわな。結構街中で話題となったみたいだ。
社長は面接の為、本業そっちのけでいそいそと通うのであった。ついでに釣りもしてくると言い残して。
俺としては、あの時ガラスを割って中に入らなかった幸運に感謝しつつ、この話を終わろう・・・・
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