第11話 終わりの月
公爵家からほぼ無言で帰ってきた。ベットに2人並んで座り話をする。デュランは
「ごめん…。エレンが急に大人になって戸惑ったんだ。パーティーでの君は貴族そのもので、出会ったあの日、もしかしたら連れてきたことが間違いだったのかもと思ってしまったんだ。もし高貴な存在だとしたら公爵家にいた方が何かと分かるかもしれないって…だから公爵様に相応しいと言ってしまった」
「前にも言ったけど私の過去はどうでもいいの。デュランとのこれからがあれば…」
「それだけじゃない。ヴァンパイアとして君より長く生きることが怖かったんだ。君と心を通わせてしまえば、そのあと何十年、何百年、何千年と1人で生きて行くんだ。そんなのは耐えられないって…」
するとエレンは立ち上がりデュランの前に立つと
「私はデュランを独りにはしない。絶対に…」
強い眼差しで言うエレン。(そんなことどうやって出来るんだ?)とデュランは思うがエレンが言うと何となく信じてしまいたくなる。するとエレンが今度はちょっと拗ねた感じで
「あの…ケイティ様のことは…その何も?」
と聞いてくる。ヤキモチを焼いてくれているのかと思うと愛おしくなるが、自分もそうだったと思い出しデュランはクスっと笑う。
「ごめん。あの時フレディがエレンと仲良くしてるのにヤキモチ焼いて、つい仕返ししたくなったんだ。だからケイティのことは何とも思っていない。他の誰のことも…」
そう言うとエレンは安心したように笑みがこぼれる。その笑みを見てデュランは覚悟を決める。エレンが居なくなったあと例え1人の時間を噛みしめることになっても想いを伝えたい。
「エレン。俺と一緒に居て欲しい。君のことが…好きだ」
そう言うと立っているエレンの腕を引っ張り抱き寄せる。抱きしめるとエレンのドキドキという胸の音が聞こえてきそうだった。エレンも顔を真っ赤にしながら消えそうな声で
「私もデュランのことが…好き」
2人の心が混ざり合う。ふとデュランは言いようがない不安を感じエレンを抱きしめる腕に力を込めた。
***
想いを伝えあったあとは妙な距離感は無くなり、いつもの日常を楽しむことができた。特に何かある訳じゃないけどデュランが忘れていた大切なものを感じられるようになってきた。
ある日、エレンはアイザック家の小さい子供や近所の子供たちと遊んでいた。昔は子供と同じように遊んでいたが今ではお姉さんとして小さい子供の世話や相手をしていた。ただ子供たちに人気なのは変わらずだった。
デュランは作業場で仕事をしている。子供たちは隠れんぼをしているようだった。
何やら騒がしい気がする。
外では二階の屋根から落ちかけたライアンがぶらさがっていた。デュランが外の様子が気になり騒ぎがする方を見た瞬間に落ちてしまった。
『キャー!!』
という悲鳴が上がる。デュラン、エレン、アイザックが駆けつける。ライアンの様子を見てゾッとする。ライアンは頭から血を流しグッタリしていた。医者を呼びに行くゲイル。しかし医者が来ても間に合わないとデュランは悟った。アイザックはグッタリしたライアンを抱きかかえて泣き叫ぶ。
(クソ!俺がもっと早く気付けば瞬間移動で助けられたのに!!)
何も出来ない自分に腹が立つデュラン。すると何も言わずアイザックの元に歩み寄るエレン。そのままライアンに両手を当てアイザックを見ると何故か微笑んだ。アイザックは泣きながら戸惑う。
するとエレンの両手から眩い光が溢れライアンを包み込み、しばらくすると光が収まる。そこにいたのはアイザックの手の中で気持ち良さそうに眠るライアンだった。流れていた血も消えている。そこにいたみんなは何が起きたのか分からず動揺しているとライアンは身動ぎし起きた。
「あれ?パパどうしたの?泣いてるん?」
「ライアン!何ともないのか!?」
元気に笑うライアンを見てまた感動で泣き叫ぶアイザック。そんなやり取りのなか静かに家に戻ろうとするエレン。デュランはエレンを追いかけ
「エレン。さっきのは一体…」
と聞くが返事をしないエレン。デュランは以前、採掘場で崖から落ちたのに何ともなかった時のことを思い出す。そのあとエレンはしばらく寝て過ごしたが…すると突然エレンが
「デュラン!これ見て!」
と地面を指さし興奮気味に言う。
「どうした!?」
と視線をそちらに向けると…蟻がお菓子に群がっていた。
(…蟻団子?まさか…)
「あははっ!蟻がまん丸になって…あははっケホッケホッ」
「ほらほら、笑いすぎだよ。ってか何でこんなので笑えるんだ?」
とデュランは苦笑いしながら言いつつ、また笑いのツボに入り咽るエレンの背中をトントンして摩ってあげる。
「あははっケホッケホッ…ゴフッ…あははっ」
(え゛?)
笑いながら口の幅で血を吐き出すエレン。その後も笑い続けるのを見て
(あれ?人間て笑いすぎると血を吐く生き物だったっけ?)
と、ふざけた考えがほんの一瞬よぎる。しかし瞬時に我に返り
「おい!?エレン!どうした!?」
と慌てて抱き寄せる。
「あれ?ちょっと…苦しいかも…」
汗をかきながら辛そうに呼吸をする。デュランに戦慄が走る。
「アイザックー!!」
ライアンは既に何事も無かったかのように遊んでいた。
怪我を治したと思われるエレンが気になり、様子を見に来るアイザックにデュランは叫ぶ。その声を聞いて只事ではないと感じ全力で駆け寄るアイザック。
「エレンが血を吐いた!医者を頼む!」
そういうとエレンをお姫様抱っこしベットに運ぶデュラン。アイザックはライアンの為に来てもらった医者をエレンのところまで案内する。
ベットに寝かせ汗や口の血を拭くデュラン。医者が診察する。すると医者は
「この子はもう助からない…」
呆然とした感じで医者は言う。その言葉に背筋が凍るデュランとアイザック。
「嘘だ…」
デュランもまた呆然とする。アイザックは
「まさか…エレン。ライアンを治したからなのか?」
と聞くとエレンは静かに首を振った。そして満足気に微笑み浅い息をしながら
「良かった…やっと言える。デュラン…愛してる」
エレンのその言葉に固まるデュラン。前にエレンと話したことを思い出す。
***
『じゃあ、エレン。デュランに愛してるって、いうね』
『俺はっ…言わないからな』
『じゃあ、エレンが毎日言う』
『ダメ!』
『じゃあ、いつ言うの?』
『そういうことは…【死ぬ】ときにでも言えばいいんだよ』
***
「ダメだ…。ダメだ!今、絶対に言っちゃダメだ!!エレン!!」
(エレンが死ぬ?また…あの虚無感を味わうのか?)
血の気がひく…。認めたくないデュラン。
(エレンが居なくなるなんて。まだだ!ヴァンパイアの俺にとっては、ほんの一瞬かもしれないけど、これから2人でたくさん色んなことをしたいんだ!今度こそ、ちゃんと心に大切に留めておこうと思ってるのに…)
デュランはエレンの手を取り「ダメだ…」を繰り返す。
アイザックもかつてデュランが話していたことを思い出す。
***
『俺は…ヴァンパイアなんだ。これからも…だからエレンの方が必ず先に居なくなる。でも、そんなの耐えられそうにないんだ。だから、その時は…俺の首を切ってくれ。頼む…』
***
冗談半分だと思っていたのに現実になりつつある。
「エレン。ダメだ!俺は…大役なんて無理だ。頼む!」
アイザックも語り掛ける。
そんな2人の必死な姿に、エレンは微笑みを絶やさず
「じゃあ、お願いだけ聞いて…。デュラン…私の血を吸って欲しいの…」
エレンの血の味を知ってしまうのも怖いデュラン。もう二度と味わえないかもしれないのに…ただ、エレンに残された時間は少ない。千年以上もの間、途方もない程の別れを経験してきたデュランには分かる。最後のお願いになることも…。
覚悟を決め、エレンの輝くような白い肌の首筋を優しく噛む。エレンが痛がる様子は全くない。そしてデュランはほんの少しだけ血を吸う。その時エレンが囁くように
『あなたは…孤独じゃない』
と言った瞬間、デュランの体に変化が起こる。小さく震えるデュラン。するとデュランの漆黒の髪が白銀に変わりヴァンパイアの特徴である細く長い剣歯が取れた。それ以外の見た目はそのまま…しかし体の中身が変わっていくのが分かった。
「俺は…人間に戻ったのか?」
同時に自分に残された寿命を悟る。
(ああ、やっと…終わる…)
【生きている幸せや本当の意味など…分かるものか】
生きている意味なんてどうでも良かったのだ。
今ここに自分が存在している…それが全てだった。
そして人生に長いも短いも無かった。今を生きられなかったから辛かったのだ。
終わらないと未来を嘆き、くだらないと過去を冒涜してしまっていた。
でも本当はその瞬間に湧き上がる気持ちや感情をただ味わって楽しめば良かっただけ…エレンはもう一度それを教えてくれていたのかもしれない。
「そうか…俺を迎えに来てくれた天使だったのか…ありがとな」
エレンは慈愛の眼差しを向け微笑む。デュランもずっと言いたかった言葉を贈る。
「エレン…愛してる」
「私も…愛してる。デュラン…」
デュランはそっとエレンに口づけすると、エレンに寄り添って一緒に横になる。2人は手を繋ぎ微笑みあう。そして顔を寄せながら瞳を閉じ静かに息を小さくしていく。2人にとってかけがえのない幸せを味わうように…
何も言わず見守るアイザック。
最後にもう一度デュランが瞳を開く。そして…
「アイザック…じゃあな…」
静かに微笑み、金色の綺麗な瞳をゆっくり閉じるデュラン…
「ああ…。人間嫌いのくせにっ…お前ほどっ…良い奴はいなかったよ」
涙を堪えながら言うアイザック。2人の穏やかな顔を目に焼き付ける。
ふと窓から白い光が差し込み2人を照らす。
すると2人の体を包み込むように眩く光る。
光が部屋全体を照らすと2人の姿がフワッと消えた…。《ア・リ・・》
目の前で起きた奇跡に息を飲むアイザック。
そして2人の残像と…エレンが付けていた紫の花の髪飾りだけが残った。
アイザックはその髪飾りを微かに震える手で拾い握りしめる…
「エレン。ありがとな…。大役を代わってくれて…。デュラン。やっと眠れるな…。ゆっくり…休め…」
今度こそアイザックの目から涙が溢れた。
***
アイザックは子供たちと一緒に宝飾品を作り続けた。デュランのお陰で仕入れや加工や販売も問題がなかった。デュランは自分が居なくなった時の為に事前にアイザックに、部屋にある採掘済の原石の保管場所やデュランしか行けない秘密の場所なども教えていたので、アイザックは加工や開拓なども進めて行った。
デュランが居なくなっても彼が残した技術や宝飾品は残る。アイザックはそれらをブランド化した。そして、そのブランドはたちまち人気になり世界中の評判を集める。宝飾品の美しさだけでなく、それを持っていると『永遠の光福が手に入る』そんな噂が広まっていった。
そのブランドの名前は【エレン・ド・デュラン】
天使がもたらした奇跡の輝きは2人の時間を永遠にする…
― ∞おしまい ―
お人好しイケメンヴァンパイアが無垢な銀髪美少女を拾ったら… 紅真理(クマリ) @kumari-sin
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