第2話 名前と帰る家
不思議な少女の手を引いて街まできた。なかなか雰囲気の良い街でデュランはお気に入りだった。食べ歩きも出来る軽食が売っている屋台が沢山あった。そろそろ食事の時間だ。デュランは少女に
「お前。お腹空いてないか?何か買ってやろうか?」
と聞く。すると少女は近くの屋台に行く。丸い一口サイズのドーナツが何個かカップに入っている、女の子が好きそうなお店だ。買ってやろうかと思って隣にいくと少女は、いきなりドーナツを1つ手掴みするとパクッもぐもぐ…と食べてしまった。
(え゛え゛ーーー!?!?)
「勝手に食べてはいけません!!お金払ってからじゃなきゃダメだろ!?」
慌てるデュランを全く気にすることなく少女は
「おまえ、これ食べたい」
と、人が良さそうな店主のオジサンに話しかける。
「お前って言っちゃいけません!」
「おまえはおまえって…」
「違うの!目上の人には言っちゃダメなの!!」
「めうえって…何?」
(ダメだー!!話が通じないぃ!!)
頭を抱えるデュラン。とりあえずお店の人に謝り、食べてしまった分の商品を買って急いで、その場を離れる。
とんでもない少女を拾ってしまった。記憶喪失は普通、名前とか顔とか覚えていないが経験や常識はあるものだ。しかし少女はまるで…何も知らない赤ちゃんのようだった。
見た目はちょっと大きい少女なのに中身が赤ちゃんて…
(マジくそ面倒くさそうなんですけどぉー!!ごめんなさい。ごめんなさい。ずっと独身貴族でやって来た俺には無理ですぅ!世界中のお父さんお母さんマジで尊敬しますぅぅぅ!!)
と涙ぐむデュラン。とりあえず座れそうな場所があったので休む。始終、無表情な少女。さっき買ったドーナツを渡す。不思議そうに見るので
「それは買ったから食べていいよ」
と言うと、またもぐもぐ食べだした。
「美味しいか?」
「おいしい…って何?」
「今食べてる、それ。美味しいか?」
「おいしい?食べてるコレ…が美味しい…」
何というか…色々な概念が無いのだと思った。小さい子供がアレコレ質問する、あんな感じだ。
「そいうえば名前は?」
「なまえ…分からない」
流石に名前がないのは不便だ。その時、風が吹き少女の長い白銀の髪が揺れ光を受けてキラリと光る。その美しさに見とれるデュラン。
「エレン」
少女がデュランを見る。
「名前…エレンっていうのどうだ?」
「わたし。名前…エレン」
と自分に言い聞かせるように言うと、またドーナツを食べ始めた。全部食べ終わったので帰ることにした。デュランは立ち上がり
「行くぞ。エレン」
と言うと、エレンは黙ってデュランの手を繋ぐ。
しかし、この先どうしようか?とりあえず心当たりがあるので、そこに連れて行くことにする。
帰り道、道を挟み畑の反対側が崖になっているところがあった。危ないので崖側をデュランが歩く。畑に綺麗な蝶々が数匹飛んでいる。エレンは
「あれ…なに?」
と蝶々をゆび指して聞く。
「あ~あれは蝶々だ」
「ちょうちょう…」
エレンは蝶の動きが面白いのか目で追っている。すると一匹の蝶がヒラヒラ2人の前を横切る。そのままエレンも、フラ~っとついて行く。
(え??)
蝶に手を伸ばしエレンは崖に足を出し踏み外す。
「危ない!!!」
咄嗟に手を伸ばしエレンに抱きつきながら一緒に落ちるデュラン!しかし瞬間移動で元の道に戻ってきた。驚きと恐怖で汗が噴き出す。息を整えて、すかさず
「危ないだろ!落ちたらどうするんだ!死ぬかもしれないんだぞ!?」
とエレンを怒鳴る。しかし、エレンは顔色を全く変えず
「おちたらしぬ、あぶない。しぬはダメ?」
と聞く。デュランは
「当たり前だろ!!死んだら…」
そこまで言って、ふと自分の人生を振り返る。永遠に続く人生。いつからか『早く終わらないか』…と考えるようになってしまっていた。人間の人生は終わりがあるから『今』を生きたいと思えるのだ。
『危ない』なんて、いつから感じなくなっていたのだろう。この数百年は、どこかで何かを諦めているように過ごしてきた。失って怖いものなんて自分も含めて無かった。なのに…久しぶりの感覚に戸惑うデュラン。
エレンの手を離さないように、しっかり繋ぎ、また歩き出した。
***
デュランの家の近くの街に教会がある。そこでは身寄りのない子供たちを保護していた。教会にいるのは小さい子供で、エレンぐらいの年の子は、そろそろ自立する感じだったが事情を説明すれば大丈夫だろう。
教会の隣の建物に行く。知り合いの牧師に説明すると快く引き受けてくれた。
「じゃあな、エレン。元気でな」
そう言って立ち去ろうとするとエレンは何故かついてくる。とりあえず連れ戻し
「エレンはここで暮らすんだ。たまに顔出しに来るから…な!」
と言って立ち去ろうとすると、またついてくる。
今度は無言で連れ戻し、その場からダッシュして立ち去ろうとすると、突然、後ろから思いっきりタックルしてきて前にビターンと倒されるデュラン。
「痛ってぇな!何だよ?」
しかし、表情を変えずデュランの服をギュッと掴み離さないエレン。見かねた牧師は
「とりあえず今日のところは家に連れて帰ったらどうかな?ここはいつ来ても大丈夫だから」
と優しく言ってくれるので仕方なく帰ることにするデュランだった。
(…とりあえず、アイザックに相談してみよう)
家まで戻り隣のアイザック家を訪ねる。
エレンを見たアイザック一家は、その可愛さに見とれていた。さらに、イケメンで女性にモテるデュランだが彼女がいたことがない…そんな彼が美少女を連れてきたので、余計に驚いた。
エレンを連れてきた経緯をアイザックに話す。そして、まるで赤ちゃんか小さい子供のようだ…と。するとアイザックは
「うちで引き取ろうか?1人増えても賑やかで変わらないからな。それにお前、誰かと暮らすのなんて無理だろ?」
確かに、その方が助かるとデュランは思った。エレンに
「アイザックの家にしばらく住まわせてもらえ。良い家族だから安心しろ」
と言う。しかしエレンはデュランの服をガシッと掴み離さない。
(…だから?なんで?)
困惑するデュラン。しかしアイザックは豪快に笑うと
「はははっ。人間嫌いのくせに、すっかり懐かれちまったなぁ。まぁいいんじゃないか?退屈しなさそうだし。何かあったらすぐ言えよ」
アイザックの申し出に感謝しつつも、これからエレンと暮らすことに戸惑うデュランだった。
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