オマケ 貴族派の誰か
『キャメル伯爵の末娘を誘惑し、バーナー伯爵家との婚約を破棄に持ち込ませよ』
ある日、伯爵当主にそう命じられた。その時の僕は簡単だなと軽い気持ちで引き受けた。そもそも当主である父の命は絶対であるし、その父の話によると、これは貴族派の高位貴族からの指示である為、これを上手く成功させれば仕事場の斡旋や将来の出世の約束がされるそうだ。ナルシストではないが僕の見目はいい方だし、親の爵位も相手と同じ。恋人も婚約者もいないし、去年学園を卒業して希望している王宮文官の職にも就けるかどうか微妙な成績しか持たなかった僕には、とても美味しい任務に思えたのだ。
僕のような爵位も継げない四男坊や、何の伝手も当てもない下位貴族にとって、提示されたその成功報酬は何が何でも欲しいモノだろう。例え貴族出身であったとしても、嫡男やその予備の次男以外の男子は相当実力がないと、自力での出世なんて夢の又夢なんだから。問題は婚約者持ちを誘惑するに当たって発生するだろう醜聞や、成功後にあるだろう建前上の罰を受けなきゃいけない事だが、それだって将来の為ならば我慢するさ。
やる気充分、下心も多少あり、そんな僕だったが…甘かった。実際にその任務を実行してみると想像していた以上に過酷なモノだったのだ。いや肝心の相手は顔の良さと親の爵位があればあっさり誘いに乗る阿呆だったから、そういった面では楽と言えば楽だったんだが…。
「……そろそろ、代わるか?」
「…だ、大丈夫だ。もう少し、いける」
参加した夜会で隣にいた
「…大丈夫か?」
「…はい」
例の目標を囲むその場を、何か飲み物を取りに行く体で抜け出し、静かに壁際で休んでいたら、スッと近寄って来た四つ上の兄に声を掛けられた。この兄とは余り性格が合わず兄弟仲は悪い方なのだが、そんな兄でも思わず心配してしまうくらい、今の僕の顔色が悪いのだろう。
「あんま無理はするなよ、親父もちょっと、アレは無いって言ってたし…」
「あぁ…うん……」
父の命であったとはいえ、今の兄の言葉を聞いてその父の思考がまともで良かった、と心底思えた。
と言うのも、兄の言う『アレ』が原因だ。『アレ』とは、今回の目標である僕より一つ年下のキャメル伯爵の末娘、ルル嬢の事。任務によって関わるまで接触した事が無かったので知らなかったがこの娘、見た目は可愛らしく天使のように見えるが、その中身がとんでもない爆弾娘だったのだ。家でも貴族としての教育は受けているはずだし、何より今現在も最上級生として学園に通ってちゃんと学んでいるはずなのに、何をどう考えそんな思考を得てしまったのか…。
――彼女は、王族よりも誰よりも自分は愛されていて、それは当然の事だと信じている。それ故に、彼女は何をしても許され、何においても優先されるべきだと考えている。
うん、あり得ないだろう? 幼児じゃあるまいし、貴族派の僕達だって王家を無視しようとか国王陛下より偉いとか誰も考えていないぞ?? しかも、コレが王家派のキャメル伯爵家の末娘だとか、一体何の冗談だろうか。僕達は貴族派を詠っているからこそ、貴族としての矜持はしっかり叩き込まれているのだ。貴族として生まれたが故の優遇は、責任を担う為であると理解しての事、彼女が軽く口にするような傲慢さと履き違えてもらっては困る。とてもじゃないが受け入れがたいその異常な思考に、僕は彼女の傍に居るだけで気分が悪くなるほどだ。…まだ僕だけではなかった事が救いだな。
「…実は俺も例の話を受けてやった事があるんだが、五日が限度だった…」
「え、兄さんも?」
当然の告白に驚いた。上二人はとっくに結婚しているし、騎士として働き始めているこの兄には平民ではあるが自分で見つけて来た、ちゃんとした婚約者がいる。だからこそ、誰も相手が居ない四男の僕にこの話が回って来たと思っていたのだ。
「最初は受ける気なかったんだけどな、婚約者に軽く任務の事を説明したら、逆に受けろって説得されて応援されたぞ。まぁ、アイツは商家の娘だし社交界での醜聞よりも、結婚後、俺が騎士として出世出来る可能性は高い方がいいって思ったんだろうな。お前もだろ?」
「…そうだね」
そう言えばこの兄の婚約者は豪傑系の姉さんだったな。ものすごく納得した。そう、僕だって
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