第17話 彼女の話 その3


 はっきり言ってこんな事態は想定外だ。僕が特殊な部屋を用意してもらったのは、もしもルルが泣き落としや、ハニートラップのような罠――自分で衣服を破いて他に助けを求める等――で僕の名誉を貶めて騒ぐ場合の冤罪を防ぐ為の保険だった。第三者が居れば僕の不利にならないから。従者達を連れて来たのも目的が叶わず不満が溜まって物を投げつける――一応この部屋の調度品で高価な品は撤去してもらっている――等の暴れ方をしても彼女一人くらいなら簡単に抑え込める。それらを見越しての用心だったのに…こんな理解不能な会話を聞いてもらうはずじゃなかったし、従者達だって僕の気を取り直させる為に配置したんじゃなかったんだが…。

 ああもうこれはダメだ、直接目的聞いて終わらせよう。と言うか早く終わらせたい。


「君は僕に何をして欲しいのかな? して欲しい事があるから、僕とんだろう?」


 要件を聞き出す為に、彼女の謎思考に話を合わせる。聞きはするが、僕はもうまともに話を聞くつもりはない。どうせ碌な話じゃないだろうし、これ以上無駄に疲れたくなかった。


「珍しく察しがいいわね」


 ――機嫌よく答えた彼女の口から、これまで以上のとんでも爆弾発言が飛び出すとは思いもしなかったが。


「婚約破棄をと思っているのだけど、貴方からお父様に伝えてちょうだい?」


「…は?」


「私、絶対に田舎に行きたくないの。あんな華やかさも何もない田舎なんて大嫌いよ。私に合うのは、洗練された煌びやかな王都なの。貴方もそう思うでしょう?」


 ルルは一体、何を言っているのだろうか。彼女の話す言語すら、理解出来なくなった気がする。同じ母国語のはずなのに。


「パーティーだって田舎じゃパッとしないし、田舎の男性だって皆ジャガイモのような人ばかりじゃない。ゴツゴツして土っぽくて苦手なの。それに私は社交界で皆に『王都に咲いた麗しきオダマキの花』と呼ばれているのよ、王都でのパーティーこそが私があるべき場所でしょう?」


「…ちょっと、すまない。ちょっと待ってくれないか。君の話に付いていけないんだが……まず、婚約破棄を取り消す、とはどういう意味だ?」


 まだ受けた衝撃が強すぎて頭が回らないが、彼女の言葉をそのまま受け取ると、まるで僕が婚約を破棄されたような発言だった。意味が分からない、どうしてそうなる。仮にそういう意味の発言ではなくとも、破棄を取り消すとか…何故今になって?


「まぁ、さっき褒めてあげたのに、すぐ察しが悪くなるのはどうしてかしら? やっぱり貴方って鈍臭い人よね。

 私、貴方と婚約破棄してから私の部屋にも戻れなくてずっと離れに泊まってたわ。破棄したせいだって聞いたし、数日もすれば出れると思ってたのに何日たっても外に出る許可が降りなかったの。病気でもないのに酷いと思わない? いっぱいお出かけする約束もしてたのに全部お断りするしかなくて、私の大好きなお菓子も我慢させられたのよ。これって虐待って言うんじゃないかしら。ごはんもいつもより美味しくなかったし…毎日凄く辛かったわ。でもね、ある日信じられない事を言われたの。私、もうすぐ出られると信じて離れで過ごしてただけなのに、また私だけ田舎に行くよう言われたの! 悪い病気はもう治ってるのに!! 色々理由も聞いてみたけど、元々は婚約破棄の話から始まってるの。破棄を取り消せば元に戻って、私は田舎に行かなくて良くなるって事よ。ね、いい案でしょう?」


 にこにこと笑うルル。

 …とりあえず謹慎の意味を理解していない事も反省もしていない事も分かった。だが、何がどう元に戻るのか。どの辺りがいい案なのだろうか。…前提がすでに破たんしているのに。


「あぁ、安心してちょうだいね、ちゃんと貴方と結婚もしてあげるわ。結婚式は盛大に…そうね、お姉様よりももっと素敵な場所で、豪華な式がいいわ。綺麗で私に合うドレスも必要だし、髪飾りやネックレスも一点物がいいわね。もちろん私の住む場所は王都内の一等地にしてね。それとあの人や私を求める愛人達も一緒に住める所じゃないとダメだから、部屋数も多くて庭も広くないと――」


 ベラベラと有りもしないもうそう話を続けている彼女は、本当に僕が愛した女性なのだろうか。コレが、彼女の本性なのだろうか。


「――ねぇ、私と結婚できるのだから、貴方だって嬉しいでしょう?」


 美しいエメラルドのようだと思っていた、彼女の目。

 それにジッと見つめられた僕は、自分の口元と胸元を隠すように手で強く押さえた。


 ――強烈な吐き気が込み上げてきたから。

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