第15話 彼女の話


「謝罪はしない、僕にはその理由が無いからね」


 きっぱり断ればルルはようやくこちらを、僕の方を見た。

 むしろ、謝罪される理由は僕にこそあると思う。婚約破棄騒動のついてもだけど、今回の遅刻の件では僕には一切の非がないのだから。


「キャメル伯爵家が用意してくれた君の為の馬車は、時間通りに出発出来るよう万全の準備が整えられていたと聞いている。その馬車の出発が遅れた理由は、寝坊して着替えにモタついた君自身だろう。つまり、時間に遅れたのは君の方だ。君こそが待たせた僕に謝罪すべきじゃないのか?」


 ルルを乗せた馬車がここへ到着するより先に早馬による伝達で、キャメル伯爵から遅刻する旨とその謝罪、そうなった理由をしっかり聞いている。彼女がきちんと行動し約束した時間にここへ到着していれば、僕は時間を持て余す事はなかったし、前もってこの部屋で待機しておく事も出来たのだ。


「まぁ、何てこと信じられないわ! 女の支度には時間がかかるものなのよ、なのに私のせいにするつもり?」


「君が遅れた事と、女の支度に時間がかかる事は別問題だろう。そもそも君が寝坊しなければ間に合ったはずだろう?」


「最近、誰も起こしてくれないの。従者達が仕事をサボってるのよ、起こしてくれない方が悪いわ」


 きっとそれはルルの身分が平民となったからだろう。除名となった以上、キャメル伯爵家との関係も無くなり、彼女はもう客としても認められず立場相応の扱いとなっているようだ。


「…でも今日に限っては、流石に起きるよう声を掛けられたと思うけど」


「そんなの知らないわ。それに髪結いも着替えもお化粧でさえ手伝いがないのよ、あり得ないでしょう? 仕方がないから全部、この私が一人でやったのよ。どう凄いでしょう? 使えない従者ばかりで本当に大変だったんだから。あぁでもこのドレス、色は可愛いけれど私はもっとレースが付いた物が好きなのよ。それを指摘してあげたらこのドレスしか用意してないと言われて、取り換えるよう命じてもダメだったわ。髪留めもネックレスもこれじゃ私に合う様な華やかさが足りないと思わない? 靴もそうだし、何から何まで全然ダメよね。普段の態度も悪くてクビにしてってお父様に言いつけてもちっとも改善してくれないし、お母様もお姉様も同じで全く頼りにならないの」


 本当に困ったわ、とルルは言う。

 僕は思わず声が届いているだろう隣室に視線を向けてしまった。あの打ち合わせの前に確認していたけど、この場でもう一度確認したくなったのだ。彼女は、今の立場について説明を受けているはずだよな? と。

 確認した時に聞いた話では、丁寧に『貴族籍とはどういう物であるか』からの説明で始まり、除名される理由とそうなった場合の対応までしっかりと念入りに、キャメル伯爵家に長年仕えている執事やキャメル伯爵自身からも口頭で何度も言い聞かせた、と言う話だった。つまり彼女は身分についても伯爵令嬢から平民となっている事を聞かされて知っているはずだ。客人でもないただの平民となったルル。当然、従者が手伝いをする必要はないし、彼女が命令出来る訳もない。キャメル伯爵家に対して訴えられるような権限もないのだ。何故、その辺りを理解していないのだろう。


 …まぁ身分に関しては、平民である自覚をしていないのは分からないでもない。生まれも育ちも伯爵令嬢であったのだから、すぐに自覚しろと言われても無理だろうから。話し方についても元婚約者だった僕に対して上から目線なのはいつもの事だったから、彼女にとって変わらずいつも通りに話しているだけなのだろう。習慣となり根付いているモノはそうそう切り替え出来るはずもない。

 しかし、そう前向きに考えてもこれはあんまりではないだろうか。元々こちらの話を聞かない子ではあったが、ここまで酷かっただろうか…。


「ねぇ、ちゃんと聞いているの? 私が困ってる、と言っているのよ?」


 ――今までの事を思い返していると、何だか元から酷かった気もしてきた。


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