14
夕方のニュース番組がセンター試験の話題を扱いはじめたころには、風は完全に消え、窓の外の静まり返ったようすが逆に恐ろしくさえある。それでもまだ雪は大きなかたまりとして降りつづけていた。積もった雪は一階の窓を半分おおいかくしていた。
今夜も止まっていくようにと四穂の父親はいった。なんならずっと住んでしまってもいい。彼は冗談のように笑っていたが、案外本気そうでもある。「部屋もいくつか余っているから」
泊めてもらうからにはタダでは済まないだろう。でもわたしは着る服も、払うお金もないから、なんとか役に立たなくてはいけないな。そう思って「四穂も遅いみたいですし夕飯の用意でもしましょうか。作れるものなら作れますよ」と提案した。
「何が作れるの?」と父親はきいた。
「さあ。たとえば何か言ってくださいよ」
ううんと少しうなってから彼はいった。「鍋は?」
それで鍋を作ることになったのだった。そこら辺にあったエプロンをかけて台所に立った。しかし実のところ、鍋の作り方などほとんどわからないのだった。どの野菜を入れればいいのかは分かった。最悪何を入れてもまずくはならないし、相手は盲目なので見た目は問題にならない。問題といえば、だしの出し方がわからないのだった。最近はスーパーにいけばだしが完成カクテルみたいな感じで売っているけれど、実家にいたときはそのやり方しかみたことがなかったのだ。
台所と居間とを隔てるふすまを半分あけて、父親がこちらのようすを伺っていた。自分は数年来台所に足を踏み入れていないので何がどこにあるかまるでわからない、おそらく手伝えることは皆無だろうから何とか一人でやってくれ、ということだった。まったくもってその通りだと思う。
わからないものは仕方がないので冷蔵庫から白菜やらを取り出して切りはじめた。今何をやっているの? と父親がきいてきたので、白菜を切っているんですと答えた。
「ぼく、白菜と春菊と鱈が好きなんだよね」
「ああそうですか」
四穂が帰ってきたのは六時を過ぎたころだった。玄関のドアの開く弱った音が聞こえてきた。そのときわたしはすべての野菜を切り終えて、だしに取り掛かることもできないので、人参の飾り切りを試していたところだった。
迎えにいくと四穂はスノーブーツを脱ぐために玄関に座りこんでいた。下半身は雪で汚れていた。上半身にも至るところに綿埃のような雪がくっついている。四穂はわたしをみるや否やびっくりしたような顔をする。
「どうしたのその格好」と彼女はいった。「それわたしのエプロンなんだけど」
わたしは鍋を作ることになったこととだしの取り方がわからないことを四穂に説明した。うちには家庭の味なんてないの。適当にやりなさいよと彼女はいった。
「そうじゃなくて、だしの取り方がわからないの」
「どうして?」四穂は眉を吊り上げた。
だしを取るのは四穂にまかせて、わたしは人参の飾り切りに専念した。父親は雪国を読み終え次の読書に取り掛かっていた。雪国はどうだったかときくと、新潟じゃないみたいだといっていた。
我ながら包丁使いの上達の速さに感心した。桜型に切り上げた人参を四穂にみせると、ん、といってほめてくれた。器用貧乏というやつだった。目の前にある人参を片付けてしまうと、あとは鍋に具材を突っ込んで待つだけだった。
わたしは父親と話したことを四穂に話した。自分のいとこがすでに結婚を考えているというのはどういう感覚なのかときいた。しかし彼女は結婚の話すら知らないようすだった。そんなこと、別にどうだっていいのよ、と彼女はきっぱりといった。いとこなんて結局は他人なんだから。
「鍋で好きな具材は?」と四穂はきいてきた。
「舞茸かな」
「舞茸? それって鍋で食べる必要ある?」
四穂は鍋のふたを閉めて、かすかに微笑みながらわたしにいった。
「今日は鍋のつもりじゃなかったの。焼き魚にしてくれって、お父さんはいってたのよ。お父さんが急にこんだてを変えるなんて珍しいわよ。何かあったの?」
明らかに鍋より焼き魚のほうが料理としては簡単だった。焼き魚を作れるかときかれていたら迷わず肯いていただろう。わたしはすこし父親をうらんだ。
「寒かったからじゃなくて?」
「ここ最近ずっと寒いわよ」四穂は何かをいいたげだった。それを、わたしはなんとなくわかったような気がする。「あの人、他に何か話さなかった?」
わたしは首を振る。「特に何も。――学生結婚のこととか」
「ああ」
四穂は鍋のふたを閉じてコンロに火をつけた。わたしたちはそのふたを眺め、換気扇の回る音を聞いていた。
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