10
ビールを空けてピーチフィズと焼きマシュマロを注文した。四穂はわたしのとなりに腰を移しギムレットを作るように店員にいった。ふふふと笑って「わたしジンすきなの」
アルコールを取りながら、名前のわからない彼の話をした。彼と彼女が、頼りにならない記憶の中ではそっくりにみえて仕方がないことも話した。
「たしかに昔から男っぽいってよくいわれるの。高校のときはショートカットにしてたから余計にね」
「でももしかしたら全然似てないかもしれない。自分で勝手にそう思い込んでいるだけなのかも。他人の空似ですらない」
「他人の空」と四穂はいった。
「他人の空」
どうしてその男とセックスしたいと思ったのに結局セックスしなかったのかと四穂はきいてきた。わたしは回答に困る。自分の感情などそのつど記録しておくものではないし、改めて思い起こしてみても脈絡やつながりなど皆無である。理由なし。女の子みたいな顔が好きなのよとてきとうにいった。嘘ではないが嘘みたいなものだった。
「なら私のいとこともセックスしたくなるかもね。わたしとそっくりなのよ」
「どのくらい」
「違うところは性別だけ。双子みたいなの。私と同い年で誕生日も近い。あっちは神奈川に住んでるんだけど」
神奈川、と四穂はいったのだ。「神奈川のどこ」とわたしはきく。
「えーとあそこよ、最近殺人事件と児童虐待が盛んなところ」
「そこ、わたしの地元よ」
四穂は一瞬申し訳なさそうな顔をした。「悪気はなかったの」
「どこの高校に通っていたの」、わたしはきく。
四穂はわたしの目をみた。「……もしかして私のいとこがその名前のわからない男だとか思ってない?」
首を横に振る。「少しだけ」
「たぶん違うと思うわよ。いとことしていわせてもらうけどね」
「それで、どこの高校に通ってたか」
四穂はすこし考えて「さあ、そこまでは知らない。忘れちゃった。名前は田中マサキっていうのよ」
「名前なんかいわれてもわからないわよ」
「なんで名前のわからない人とセックスしようと思うのよ」
わたしたちはお互いのお酒を交換して飲んだ。ギムレットはまずかった。四穂はピーチフィズを飲んで、普通ね、といった。二人とも酔っぱらい始めた。気付いたら大声で会話していたのだった。バーテンダーがこちらをチラチラみていた。
四穂はいろいろと教えてくれた。田中マサキと四穂は四年前から会っておらずその時点で見た目は写し取ったようにそっくりだった。田中マサキは相模原で生まれいまも相模原で暮らしている。頭の利き具合は山を越えて新潟にまでとどくほどよかった。同い年ということもあったのか、四穂の父親はそんな田中マサキと四穂を比較せずにはいられなかった。「顔も一緒なんだから仕方ないわよ、少なくともお父さんのみていたときはね」と四穂はいった。「でも握力まで比べられたときは頭にきたわ。中学二年生のときだった。私、ソフトボールをやっていたの」
それをきいて安心した、とわたしはいった。彼はおよそ四穂よりも握力が強いとは思えなかったからだ。彼の細い腕を思い出した。でも記憶の中の彼の顔はまっ白に塗りつぶされていた。
「まだ話したいことある? 私のうちだったらなんでもいえるわよ」
バーテンダーを指さして四穂はいった。わたしは指の先に何か面白いものでもあったのかと思って、バーテンダーをじっとみつめていた。
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