迷惑な探偵

第87話 毒にはならない

 混ぜるな危険。


 洗剤によく書かれているのを見かけるこの文字列。中々にひとの好奇心を刺激していく。


 見かける度に混ぜたくなってしまい、密かな葛藤を繰り広げているのはぼくだけなのだろうか。ダメだと言われている事ほど、なぜだかやりたくなってしまう性分なんだよね。


 でも毒ガスが発生して危ないから、決して混ぜたりしてはいけないよ、当然だね。混ぜるなといわれるものは、それなりの理由があって言われているのだからね。その他にも混ぜちゃいけないものがある。


 ウナギと、梅干し。

 天ぷらと、スイカ。


 混ぜてはいけないと言うよりも、食べ合わせが悪いものだろうか。


 ぼくはきっと注意されなくても、これらは混ぜない気がするんだけどな。せっかく高級魚のウナギを食べているのに、梅干しを食べてしまったら、ウナギの味が消えてしまうじゃないか。


 天ぷらを食べてる最中に、スイカを食べたくならないと思うけどな。誰に言われたわけでもないのに、試したこともないのに、何故だかそう思ってしまう。


 本能なんだろうか、不思議だね。


 ぼくがどうしてこんなことを考えているのかと言うと、新学年になったこともあり、クラス替えがあったからなんだよね。


 入学式が終わり、新一年生をむかえての新学期がはじまる。桜もヒラヒラと宙を舞い、どこか華やかな雰囲気に包まれているみたいで、みんなどこか浮かれていた。


 ぼくも中学三年生になり、この学校の事実上のトップへとようやく登りつめたわけだ。感慨深い物があるね。まあ、否応なく自動的になってしまうのだけれども。


 それでも気分は大将だ。ぼくは意気揚々と廊下を闊歩かっぽし、教室に貼り出されているクラス替えの名簿を確認していった。


 自分の名前をみつけたので、颯爽と教室内へ入っていく。クラス替えもこれで三度目になるからね。勝手は分かっている。実に手慣れたもので淀みない動きだった。


 名前の順に並ぶのだろうからと、自分の座席を探していく。も、も、守屋の、も。


 おや?


 ぼくの席には、他の男子生徒が座っていた。友達と話すために座っているのかとも思って様子をみたけれど、どうやらその様子もない。


 それに机には彼のカバンが掛かっているじゃないか。ははん、きっと浮かれ気分でよく確認していないんだな。自分の席を勘違いしているに違いない。


 まったく、困ったものだね。


 気分は大将のぼくは、とくに怒りもせずにゆったりと彼に近付き、優しく声をかけた。


「あのー。そこの席はたぶん、ぼくのだと思うんだけどな」


 その男子生徒は顔を上げ、

「俺の席だけど」

 と、なんだい、妙にふてぶてしいじゃないか。


「いやいや」

 と食い下がろうとしたら、その男子生徒は顎でクイッと黒板の方をしゃくった。


 何だこいつ、と思いながら示された先を見てみると、黒板にはおかしなことが書かれていた。


『男子は出席番号の後の者から、名前の順に。女子は出席番号の前の者から、名前の順に座ってください』


 ぼくは、その男子生徒に言った。


「なんで?」


「知らねえよ」

 と言われ、ぼくらは苦笑いしあった。


 気を取り直して、新たに自分の席を探しはじめた。いままでとは逆の順番になるわけだな。廊下側ではなく、窓側の席。前からひとつ、ふたつ、みっつ。


 おや。あの、ちっこいのは……。


 近付くぼくに気が付いたのだろう。ちっこいのこと、鬼柳美保がこちらをじっと見ていた。それは、それは怪訝な面持ちで。


「やあ、鬼柳ちゃん。同じクラスなんだね」


 爽やかなあいさつを交わすぼくに対して、半眼の眼差しを向けてくる。


「どうしたんだい。そんなに楽しそうな顔をしちゃってさ」


 にへらと笑うぼくに、わざと聞こえるように、鬼柳ちゃんは「うう」と唸った。


「わたしの平穏な学生生活が……」


 まあ、嬉しそうにしちゃってさ。これからの一年間が、より楽しみになってきたよね。探偵と黒幕が同じクラスだとは、神様でも思うまい。


 何たる偶然か、ちょうど席も隣同士じゃないか。これはもう何らかの陰謀。謎の匂いがしてくると言えるよね。


 嬉々として席につくぼくに鬼柳ちゃんは肩を落とし、投げやりに問いかけてきた。


「守屋くん、混ぜるな危険って知ってる?」


 何をおっしゃるウサギさん。


「混ぜても毒には、なるまいよ」


 ぼくの本能がそう言っているんだ。探偵と黒幕は混ぜても大丈夫だ、とね。

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