黒幕の芽生え
第76話 食べ物の恨み
もうすぐ新学期がはじまる。イコール、春休みが終わってしまう。なんてこった。宿題がまだぜんぜん終わってやしない。物思う所があったせいか、はたまた春眠がぼくを掴んで離さなかったせいか。
目の前には、山の様にプリントがある。
爽やかな春の日差しとは裏腹に、ぼくの心はどんよりと曇っていた。このままプリントを破りさってしまい、桜吹雪にしちゃうのもありかもしれないなと考えた。
それもまた春らしくていいじゃないか。
「こんな紙切れで、ぼくという人間を計ろうとするだなんて」
そう言っておけば、何らかの革命家っぽく見えやしないだろうか。それとも、ただの反抗期に取られてしまうだけか。
妄想という現実逃避を心の安定剤にし、午前中いっぱいを使って半分に足らないくらいはどうにか終わらせることができた。
シャープペンシルを机に置き、
「限界だあ」
とベッドに突っ伏す。
壁に吊るしてあった学生服が、ちらと目にはいった。新しい第二ボタンが、母さんの手によって無事に縫い合わされている。
「第二ボタンねえ、へえ」
という、ありがたいお言葉も頂戴した。
自分で引きちぎったということは、墓まで持っていくことにしようと心に誓った。
「もう学校がはじまるんだなあ」
休日が名残惜しいのか、そんな言葉が口をついて出てくる。どうやらぼくは順当に中学三年生へと進学できるようだった。それは楽しみでもあり、不安でもある。
進路に受験、宿題と新しいクラス。どうやら学生生活とは悩みが尽きないらしい。ぼくを悩ますのは謎だけで良いんだけど。
まったく、困ったものだよ。
前途を憂いていたら、ぐーとお腹が鳴った。気が付いたらもうお昼の時間である。ぼくを悩ませるものなんて、いくらでもあるのだなと思い知らされる。実に多難だ。
お腹が空いてきた。
そう言えば、今日は母さんは出かけると言っていた。なにか食べるものはないかしらと冷蔵庫を開けてみた所で、そのままで食べれそうな物は見あたらなかった。
肉や野菜ばかりあっても困ってしまう。胸を張って、声を大にして言おうじゃないか。ぼくはまったく料理ができないのだ。
「ある物で適当に食べておいて」
と母さんは言うけれども、男子中学生の料理スキルを見くびってもらっちゃ困る。
さてと、参ったな。どうしようか。
どこからか可愛らしい女の子が料理をしに現れてくれないものだろうか。妄想はいくらでも膨らむけど、お腹は膨らまない。
仕方ないと虎の子の千円札を握りしめ、ぼくは昼ごはんを買いに行くことにした。
自転車にまたがり、コンビニへ向かう。春の日差しはぽかぽかとして暖かく、とても穏やかなものだった。街行く人たちもどことなくのんびりしているように思える。
春の陽気に誘われるままに、ふらっと何処かへ行ってしまいたくなった。もう宿題のことなんて忘れてもいいんじゃないか。と、そんな気にさえしてくれる。
目的のコンビニへたどり着き自転車を停めていると、広告の旗が目にはいった。
『春の新商品、季節限定』
『春のセール。おにぎり十円引き』
ピンクの柄があちこちに散りばめられていて、店内も、『春の〜』が溢れている。みんなきっと春が大好きなのだろう。そういうぼくだってそんなに嫌っちゃいない。
店内をぶらりと物色し、サンドイッチと目についたお菓子を購入した。手に取っていたのは春らしさを感じる新商品のお菓子だった。やっぱりぼくも春が好きらしい。
「春の陽気で、小遣いもすっからかんだ」
独りごちる。
どうせならもっと、春の陽気にまみれてみようかなと企てた。このまま外でご飯と洒落込むのもわるくはない。座れそうな場所を探し求めてすこしウロウロしてみる。
ほどよく公園のベンチが見つかってやれやれと腰を落ちつかせた。サンドイッチにパクリとかぶり付き、公園を見まわす。
ぼくの他にも弁当を広げているひとや、スーツ姿で寝転がっているひと、日光浴をしてウトウトしているひともいる。小さな子どもたちは走り回っていた。井戸端会議だって、満開の花を咲かせているようだ。
そんな中、テテテと小さな女児がぼくに近寄ってきた。じーっと見つめてくる。まさか、このサンドイッチを奪おうというのじゃあるまいね。残念ながら、いま咥えているサンドイッチが最後のひとつだった。
ペロリと飲み込んで、もうないよと両手を広げてジェスチャーしてみたなら──、なんと泣き出しそうになっている。ぐすぐず言い出した。ありゃ、これはマズいな。
サンドイッチは美味しいけど。
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