第74話 隠された想い

 犯行の理由。

 ぼくへのプレゼント。

 黒幕の景色を見てみたかった。

 そこにもう一つ、先輩の想いが加わる。


「ヒントは榎本琴音ちゃんでした。先輩が彼女を指定したんですよね」


 明後日の方を眺めて先輩は言った。


「まあ、そうなるか」


 ふわっとした返事だった。無理もない。条件が合えば良かっただけだ。この調子だもの、本人を見たことあるのかも怪しい。


「『え』の付く小学六年生。オーダー内容も気になりますけど。まず気になるのは、なぜ先輩がオーダーを出したのかです」


「と言うと?」


「中学校で探さなかったのは何故かということです。『え』の付く卒業生だったら、他にもいましたからね。でも先輩は見ず知らずの小学六年生をもとめた」


 あきれた声が届く。


「言い方に語弊があるが、続けてくれ」


 おっと、鬼柳ちゃん相手じゃなかったんだっけ。言葉に気を付けねばならない。


「『え』の付く中学生はダメで、『え』の付く小学生ならば良い。そして琴音ちゃん個人にも特別な思い入れはない。と、くれば考えられるちがいはひとつだけです」


 すこし勿体ぶってから、言う。


「ちがいは卒業日です。小学校の卒業式は中学校のそれよりもあとに開かれました」


 同級生が選ばれなかったことを考慮すると、おのずと答えは見えてくる。


「あとは簡単です。日付けが重要なことが分かったので、卒業した順に並べて指定された、『え』の部分だけを読めばいい」


 同級生で卒業した順だったなら、それは名前の順になってしまう。『え』の中学生を選ばなかった理由はそこにあった。

 

 中原紗奈。

 松永結愛。

 榎本琴音。


 なかはらさな。

 まつながゆあ。

 えのもとことね。


 なまえ。


「先輩が隠した想いは、『なまえ』です。それだけなら意味が分かりませんが、名前が消えた白紙の証書と、ぼくに語った紗奈という名前の由来を考えてみると──」


 お姫様のような格好をしたままで、先輩はとても冷たい声を発した。


「そう。私は、『紗奈』を消したかった」


 隠されていた想いは悲痛な叫びだった。先輩の母親の理想の姿である、中原紗奈。


 名前も、

 髪型も、

 服装も、

 ピアノも、

 夢も、

 ひょっとすると立ち居振る舞いさえも。


 母親の理想の姿だったのかもしれない。先輩は自身のことを着せかえ人形だと言っていた。自分のことなのにも関わらずだ。


 着せかえ人形は不敵に口をもちあげる。


「どうやら私は、賭けに勝ったようだな。守屋君、ここまで推理してきたのだから、私が何を賭けていたのかも君の口から聞かせてはもらえないだろうか」


 先輩が黒幕のぼくに期待していたこと。進路で母親と揉めてすでに敗けたと言い、荷物だってもう送ってしまっている。それは進路をどうしたいかなんて話じゃない。


 そもそも事件は卒業式の日に起こった。進路がすでに決まったあとの話だ。なら、先輩が期待するのはそれよりも後のこと。進路以上に、より大切なことだったはず。 


 先輩が勝手にぼくに賭けたものは──。


「自分自身。人生を賭けたんですか?」


 先輩は静かに微笑み、妖しく口を開く。


「そう。私が賭けたのは、『紗奈』だよ。これからも紗奈として生きるかどうかだ」


 ごくりと喉が鳴る。


 なんてものを賭けるんだ、このひとは。ぼくは知らない間に先輩の人生を背負わされていたなんて。ずいぶんと勝手すぎる。


「解けなかったらどうする気なんですか」


 すこし驚いた。自分で思っていたよりもずっとずっと不機嫌な声が出てしまった。


「どうもしない。このまま街を去り、紗奈として生きていくだけよ。今まで通りね」


 薄く笑う先輩に少々のいら立ちを感じている。そしてこれで良かったのかなと悩む自分にも、すこしいら立つ。いったいぼくはどうすれば良かったというのだ。


「どうしてそんな賭けをしたんですか」


 その質問を心外そうに、何を言っているんだと言わんばかりの顔で先輩は言った。


「君がそれを言うのか」


 なんだその答えは。それじゃあまるで。いや、ぼくもすでに一度は考えた言葉だ。先輩も以前から言っていたことだった。


 つまり──。


「守屋君。君のせいだよ」

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