第25話
私服に着替え、ベッドに腰掛ける。
―出掛けるまでまだ時間があるな……。
ふと、壁に立てかけた杖を見た。
二年前の事件で唯一燃え残った、家族の証。
「……お父さん」
手に取って確かめる。
ユース学園に入学して以来、何度もこの杖で占星術を使ってきて、その重さも手に馴染んできた。
だがこの杖は元々、錬金術師になる為に父に買ってもらったものだ。
それをアンライトに頼んで、夜光石を取り付けてもらった。
買い直すことも無くこの杖を使い続けているのは、家族がこの杖を通して自分を見てくれているような気がするからだ。
「……ボク、五等星に昇級したよ。まだ……まだ頑張れるから、ここから見ててね」
挫けそうになった時、この杖を見ていると自分を鼓舞出来るような気がした。
リヒトを励ましてくれるものは杖だけではない。三つ編みに編み込んだこのリボンだってそうだ。沢山のお守りに支えられて、リヒトは今ユース学園にいられる。
「――そうだ!」
リヒトは何かを思いつくと、勢いよく立ち上がった。同時に起床の鐘が鳴る。
「うわ……っ」
「ん……んんん〜……!」
鐘の音で眠りから覚めたのか、スピカがうめき声のような声を上げる。
スピカに近付いて顔を覗き込む。
「おはよ、スピカ」
寝ぼけ
「リヒト……おは……えっ?」
「ど、どうし―」
リヒトが反応するより早く、スピカがはね起きた。その目はきらきらと輝いている。
「どうしたのはあたしのセリフよ!なになに、今日のリヒトすっごく可愛いじゃない!」
スピカの圧に思わず後退りながら答える。
「え、あ……今日はお出かけだから、お洒落?しようかなって……」
「うんうん!リヒトってば興味ない顔してなかなかセンスあるじゃない」
スピカから繰り出される怒涛の賞賛にリヒトもたじたじであった。
「えへへ、そうかな。ありがとう」
「こうしちゃいられないわ!待ってて、あたしもすぐ準備してくる!」
スピカは飛び起きてすぐさま着替えると慌ただしく部屋を出ていってしまい、リヒトは一人、部屋に残された。
先程までの騒がしさから一転、自室は耳鳴りがする程静かになった。
「……普段もこれくらい寝起きが良かったらいいのに」
そんな独り言も、部屋の静けさに溶けて消えてしまった。
待っている間、リヒトは机に向かう。
引き出しから取り出したのは便箋用紙だ。
宛名にギーゼラと綴り、入学してからのことを手紙に
そうして三十分と少し経った頃、スピカが部屋に戻ってきた。
「お待たせー」
「ううん、平気だよ。支度終わった?」
「見ての通り、完璧よ」
そう言ってポーズを決めるスピカ。いつものツインテール―かと思いきや、毛先がくるりとカーブを描いている。
「それ、可愛いね。くるくるしてる」
「まあね〜。今度リヒトにもやったげる」
「本当?じゃあ楽しみにしてるね」
スピカと過ごすようになって、リヒトは着飾ることの楽しさを覚えた。
時々スピカは余計なお世話だったかも知れないと考えた時もあったが、スピカなりにリヒトを思ってあれこれと勧めてきた。
まるで妹のような存在のリヒトが心配だったのだ。
その甲斐あってか、初めは乗り気でなかったリヒトが、今ではスピカの話題に楽しげに相槌を打つようになった。そのことがスピカにとっては本当に嬉しかった。
「ふっふー。リヒトの髪は綺麗な金髪だし、ふわふわにウェーブさせたら絶対可愛くなるわよ」
「だと嬉しいなぁ」
「……っと、いけない。そろそろ出ないとフォス待たせちゃうわね、準備出来てる?」
「うん。スピカは?」
「ええ、あたしももう出られるわ。行きましょ」
再び部屋を出ると、起き出してきた生徒達が何人か廊下に出ている。
授業がある日は食堂から毎食料理が提供されるが、休日は食堂も休みになる。その代わり、学校に許可を取れば生徒でもキッチンに立つことができる。
ただ、大半の生徒はユース学園に入学するまで親元にいた子供ばかりで、いわゆる自炊が出来る者は滅多にいない。そのため、休日は専ら街に外食しに行く者がほとんどだ。
「朝ごはん外で食べる?」
「そうだね、何か軽めのがいいかな……」
エントランスまで二人で歩いていくと、薄緑の髪の少年が立っていた。―フォスだ。
リヒト達に気付いたフォスがこちらを向いて片手を上げた。
「おはよう、二人とも」
「おはよ、フォス。待った?」
「ううん、大して待ってないよ。さあ、行こうか」
フォスがドアを開けて二人をエスコートする。
「ありがとう、フォス」
「どういたしまして。そういえばリヒト……今日はいつもと雰囲気が違うね」
「聞いてよフォス、リヒトもとうとうお洒落に目覚めたのよ」
まるで「私が育てました」とでも言いたげにスピカが語る。リヒトも満更でもなさそうに隣に立った。
「目覚めました」
「はは。二人とも可愛いよ」
いっそ胡散臭い程の爽やかな笑みに、スピカが小声(のつもりらしい)でリヒトに耳打ちする。
「なーんか気障っぽいわね、リヒト」
「ちょっ、ボクに振らないでよ……」
「聞こえてるよ」
苦笑するフォスと並んで歩き出す。外はいい天気だったが、風が少し冷たかった。
もうすぐ冬がやってくる。
「そういうフォスはいつも通りね」
石畳を歩きながらフォスが言った。
「まあね。ところで今日はどこに行こうか?」
「そうね……まずは街に出て朝ごはん食べてー、それから服とか見てー……リヒトはどこか行きたいところある?」
「あ、ボク一か所だけ寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」
「もちろんよ。ちなみにどこなの?」
「えっと……郵便局」
「ご家族に手紙を出すんだね」
「そう。五等星に昇級もしたし、いいタイミングだと思って」
それを聞いて二人はリヒトに賛同した。
「いいわね、手紙。お母さん喜ぶわよ」
「僕らも家族に出そうか?スピカ」
フォスの言葉に、乗り気だったはずのスピカは表情を曇らせた。
「……あたしはいい」
「……そっか。まだこの時間だと郵便局も開いてないし、まずは屋台でも回ろうか」
「そうと決まれば―行こ、スピカ!」
リヒトがスピカの手を引くと、彼女はいつもの笑顔で着いてきた。
広い敷地を進んで校門をくぐる。
学校の外に出たのは久しぶりだった。
普段は高い塀で見えないが、校門のすぐ向こうには街が広がっている。
ここはリヒトが暮らしていた家とは数十キロ離れているため、街並みも少し違っている。リヒトの街の飲食店は店舗を構えている建物が多かったが、ユース学園付近の街は学生が多いからか、屋台など手頃に買える軽食屋が多い。
大通りに並んでいる屋台をああでもないこうでもないと話しながら物色していると、客足の絶えない屋台が一軒、目に留まった。
「あ、ホットドッグが売ってるよ、食べる?」
「いいわね、食べましょ」
「じゃあ決まり。―すみません、ホットドッグ三つください」
リヒトが店主に声を掛けると、気の良さそうな男性が応じた。
「はいよ、お嬢さん方もしかしてユース学園の生徒さん達かい?」
「はい、そうです。今年入学しました」
「そうかい、そうかい。なら占星術師の卵ってやつだ。入学祝いにおまけしてやろう、半額でいいよ」
「えー!本当ですか?ありがとうございます」
三人はホットドッグを受け取ると、店主の言葉に甘えてそれぞれ半分の代金を支払った。
「毎度!また来てくれよ」
やはりヴァルトエーベルは占星術師を多数輩出している国なだけあって、周囲からの扱いも相当だ。
ユース学園のブランドと、それに向けられる期待の眼差しがそこにはあった。
「あっちのベンチで食べようか」
フォスが大通りに面した公園を指した。
熱々のホットドッグを手に三人は朝の大通りを移動した。
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