第21話
座学試験でそれなりの成績を修めたリヒトは、無事にアンライトから昇級試験に必要な点数を貰った。
それ以外の課題提出や授業態度でも点数は貯まっており、気付けば昇級試験を受ける資格を得ていた。
そう――一難去ってまた一難、次に待ち構えているのは初めての昇級試験である。
一番下の六等星から最上位の一等星まである階級は占星術師としての格を示している。リヒト達は現在六等星で、見習い占星術師のような立ち位置だ。
昇級試験は来週。先程の授業の終わり際、アンライトから知らされた。
「座学試験が無事に終わったと思ったら、今度は昇級試験かあ……」
唸りながらリヒトが机に突っ伏す。そんなリヒトのおさげを持ったり揺らしたりしながら、スピカが相槌を打つ。
今は次の授業までの休み時間だ。
「あら、リヒトならここは燃えるところだと思ったんだけど」
「座学試験で燃え尽きたよう……」
「何言ってんのよ。三人で一等星目指すんでしょ?」
「そうだよリヒト。それに五等星への昇格は一番簡単なんだってさ。気楽に受けようよ」
そう言ってスピカとフォスが励ますと、リヒトはゆっくりと顔を上げた。
「試験内容もさっき聞いただろ?」
「……聞いたけど」
五等星に上がるには、得意属性での占星術を試験官でもある教師に見せる必要がある。はっきり言って、既に光属性を扱うコツを掴んだリヒトが試験に落ちる余地はない。
試験勉強疲れで気持ちが切り替わらないのだろう。
ならば、とフォスは咳払いを一つ挟み、口を開いた。
「ねえ、リヒト。僕ちょっと試験自信ないんだけど―手伝ってくれない?」
「良いけど……フォスこの間あんなに綺麗な氷の華作ってたじゃん」
フォス自身は五等星への昇級試験についてさほど不安は無かったが、占星術について掘り下げた話題を振ればリヒトは乗ってくると思い、わざとそう言ったのだ。
フォスの読みは的中した。
「あれはものすごく集中して作ったからね……けどリヒトは短時間でイメージを固めることが出来ただろ?」
「あたしも聞きたい!あたしの場合、イメージは出来るんだけど加減が出来なくて……」
二人の顔を交互に見るリヒトはうずうずと話したそうにしている。
スピカと二人でリヒトの方を向くと、嬉々として語り出した。
「あ、あのね!短時間でイメージを形作るにはまず土台になるものを用意するんだよ」
「土台って?」
「うーんと、そうだな……例えばボクの場合は太陽の光をベースにしていて、強い光の時は夏の、弱い光の時は冬の太陽っていう風にイメージしているよ」
「なるほどね。意外に理にかなってること言うわね。じゃあ一番小さい炎はランタンの灯りくらいで、一番大きな炎は……」
―大きな炎。
「……リヒト?どうしたの、顔が真っ青だよ」
フォスが心配そうにリヒトの顔を覗き込んだ。フォスの言う通り、リヒトの顔は血の気が引いていた。
「ちょっと、大丈夫!?」
「あ……ごめ……」
必死に口を動かそうとしたが、言葉にならない声だけが漏れる。
視界の奥で炎が爆ぜていた。記憶と現実の曖昧な境界線をふらふらと行き来して、ズキズキと頭が痛む。これは一種の発作の様なものだ。
「本当に顔色悪いし、次の授業休む?」
スピカが心配そうに訊ねる。答えを待つことなくカティエが教室にやってきた。
「授業始めるわよ、皆さん席に着いて」
「リヒト、大丈夫なの……?」
「ごめん、大丈夫……」
家族を失ったあの日のことは二人には話せない。せっかく二人がリヒトの気持ちを立て直してくれたのに、これでは逆に二人のモチベーションを下げてしまう。
頭がどくどくと脈打つ。体が揺れる程の鼓動を堪えながらリヒトは教科書を開いた。
だが授業が終わる頃には発作も落ち着いてきて、いつもの自分に戻っていた。
安心したら空腹感に気付いた。もう昼食の時間だった。
「リヒト、お昼食べられそう?」
「うん。お腹ぺこぺこ」
気遣わしげな声色に対して気の抜けた返事を聞いて、スピカはようやくほっとした。
炎に対する恐怖は、あの日トラウマとなってリヒトの心に植え付けられた。これからも根気強く付き合っていかなければいけないのだろう。
「じゃあ、ご飯行きましょ」
「うん!今日のお昼は何かなー」
三人は食堂に着くと慣れた様子で給仕から料理を受け取り、トレーを席に運んだ。
祈りを捧げた後、白身魚と野菜のソテーを口に運ぶ。柔らかい魚の身に野菜の旨味が相まってとても美味しい。
―食べ物の好き嫌いがなくて良かった。
「ところで、昇級試験期間は今月いっぱいだけど二人はいつ受けるの?」
フォスの問いにリヒトは暫し考えた。
「うーんそうだなぁ……フォス、さっき練習手伝って欲しいって言っていたし、来週辺りにしようかな」
「あ、付き合ってくれるの?ありがとう」
「せっかくだから三人一緒に受けましょうよ。……あたしもちょっと練習しときたいし」
「そうだね、そうしよっか」
スピカの―炎属性の練習に平常心で臨めるか、今となっては自信が無いが、まあ何とかこなしてみよう。
午後の授業を終えた後、フォス達はそれぞれ用事があるとの事だったので、占星術の練習は別日に設定した。
残ったリヒトはまた無人の教室に残りその日の復習に励んでいた。
しばらく机に向かっていたが、ふと、何かに気付いて顔を上げた。
「――ん?今、何か……」
耳を掠める微かな声。
目を凝らして視ると、やはり碧い。
「エーテルだ……どこかに向かってる?」
エーテルは夜光石を中心に流れる。
リヒトはまるで導かれるように碧いエーテルを辿った。
碧い、ということはこれは夜光石を通したエーテルだ。そして、属性が付与されていない素の状態である。
「このエーテルは一体どこから……?」
教室を出て、星々の声と共に廊下を進む。
リヒトの頭に過ったのはアンライトの傍らに視えたエーテルの塊だった。
あれの正体は何となく察しがつく。だが、どうやって―そしてなぜそこに居るのかが分からない。それに、自分がまだ未熟なせいか姿がはっきり視えない。
しかし、今感じている気配は彼から感じるものとは違っていた。けれど不思議と恐怖は無かった。絶えず囁き続ける星々の声からは悪意が伝わってこないのだ。
そうして導かれるまま辿り着いたのは、観測室だった。
「ここは…………」
碧い光が扉から漏れている。
リヒトはドアノブに手を掛けた。
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