第20話

 座学試験から数日―リヒトは芝生に寝転びながら青空を見上げていた。

 結論から言うと、試験の手応えは上々だった。そもそもリヒトはユース学園への受験勉強は難なくこなしていたのだが、奨学金のことが気になり、なかなか力を発揮出来ずにいたのだ。

 だが、先日のスピカとの会話の中で思い出した。座学試験で良い成績を取ることが目的なのではない。その先の――一等星の占星術師になることが目標なのだと。

 目標に立ち返ったことでリヒトの頭はすう、と冴えていった。それまでの不安は嘘のように消え、肩の力を抜いて臨むことが出来たのだ。

 そよ風をしばらく浴びていると、見慣れたピンク色の髪が視界に入ってきた。

「あ、リヒトってばこんな所にいた!この間の試験の結果が貼りだされているみたいだけどもう見た?」

「ううん、まだ」

「じゃあ一緒に行きましょ。フォス、リヒトも行くって!」

 スピカがフォスに呼び掛けながらリヒトの手を引く。

 華奢な彼女が転ばないようにリヒトは素早く身を起こした。

 三人並んで歩き出す。結果は昇降口の前に貼りだされているらしい。

「スピカは今回自信ある?」

「どうかしらね。そこそこだとは思うけど」

 そう言うスピカに不安の色はない。

「あはは、絶対大丈夫でしょ。フォスは?」

「まあまあかな」

「首席が言うとなんだかなあ……」

 はっきり言って、聞かずとも分かるがフォスは心配ないだろう。

「そっちから聞いておいて!?そういうリヒトは?」

「おかげさまで結構自信あるよ!」

 リヒトの得意気な表情を見て、フォスはいつもは見せない様な、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「なら勝負しよう。三人の中で一番順位が低かった人に何か罰ゲーム」

「ええ、ずるい!フォスに敵う訳ないじゃん!」

「まあ、ほぼあたしとフォスの一騎打ちね。リヒトは罰ゲーム楽しみにしておきなさい!」

 リヒトはとほほ、と肩を落とした。

 せめて、あまり辛くない罰ゲームであるように、今は青空で隠れている星たちにそっと祈った。


 昇降口の前には人だかりが出来ていた。皆もリヒト達と同様、自分の順位を確認しに来ているのだろう。

 周りの生徒達の一喜一憂する声が騒がしい。

「うわ、いっぱいいる」

「入学して初の座学試験だから、やっぱりみんな気になるわよね」

 掲示板のような大きな板に紙が貼られている。クラス毎に総合得点の高い者から順に書かれているようだ。

「んー……フォス、見える?」

「なんとか。僕らのクラスは……あった。あの列だよ」

 フォスの指差した辺りにリヒト達は視線を向けた。上から自分の名前を探していく。

 案の定、リヒトは三人中最下位だったが、成績自体は上の下から中の上といったところだった。

 思っていたより良い結果だった。その瞬間、罰ゲームのことなど頭から抜け落ちて、勉強の成果が出たことにただただ喜んだ。

「え!?あ!やったあ!二人のおかげだよ!」

「やったわね、リヒト!」

「手伝った甲斐があったよ」

「うん……!本当にありがとう!」

 スピカと何度もハイタッチをしながらはしゃぐリヒトに、フォスは無情にも微笑む。

「でも順位はリヒトが一番下だったから罰ゲームね」

「…………やっぱり」


 その翌朝、リヒトは洗面所で浮かない顔の自分と睨みあっていた。

 フォスとスピカの言いつけ通り、これから一週間この髪型で過ごせと言われたのだ。

 てっきり、昼食のデザートを譲るだとか、掃除を代わるだとか、そういったものを予想していたのだが二人からは「そんないじめみたいなことする訳ない」と強く否定された。ならば何をさせる気なのかと訊ねれば、スピカが耳打ちしてきたのだ。

 それがこの三つ編みである。耳の下で結んでいるから、これは所謂『おさげ』というものだ。

「――落ち着かない……」

 角度を変え、何度も自分の姿を確認する。いつもはサイドテールで一つにまとめている為、二つ結びをしている今日はギーゼラから貰ったリボンは左側のおさげに編み込んだ。

 鏡に映る自分はまるで別人のようだ。

「リーヒト!おは、よ!」

 後ろから抱きつくようにスピカが現れた。今朝は罰ゲームを楽しみにしていたのか、自分で起きたようだ。

「……おはよう」

「ええ、テンション低すぎ……。すごく似合ってるわよ?その髪型」

「本当に?」

「もちろん!まあリヒトはどんな髪型でも似合うと思うけど、いつもと印象も違って良い感じね」

 スピカの全肯定的な意見を受けて、鏡に映るリヒトの表情は少し綻んだ。

「そ……そっか」

「なによ、自信ない訳?」

「だってボクあんまりオシャレとかしてこなかったから」

「リヒトは可愛いんだから、オシャレしたらもっともっと可愛くなるわよ!自信持って」

 スピカはリヒトにとって憧れの女の子だ。今まではそれほど『女の子らしい可愛さ』というものにあまり興味は無かったのだが、スピカと共に過ごすようになり、少しづつ目が向くようになっていた。

 実際、あれだけ無頓着だった肌も、スピカ持ち込みの化粧品を使うようになってからはいつも艶が保たれている。

 リヒトにこうして影響を与えた本人に力強く言われては信じる他ない。

「ありがとう。……でも、ボクが喜んでたら罰ゲームの意味無いんじゃ……?」

「いいのいいの!」

 罰ゲームと称したものの、スピカがリヒトを可愛い女の子にするためにやらせたようなものだ。

 言い出しっぺのフォスは、それが巡り巡ってリヒトにとって良い結果をもたらせば良いと思い口出ししなかった。

「じゃあ一週間これで過ごしましょ!」

「う、うん」

 照れ隠しに毛束を指先で弄びながら、リヒトは階下へ降りていった。

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