第18話

 午前の授業は星霊学の座学と、待ちに待った実技だ。

 座学も頑張って集中する。いくら実技の成績が良くても、座学試験で落第点を取っては意味がない。

「―さて、今日はこの後実技授業をします。十分後、校庭に集合してください。遅れないようにね」

 アンライトが教室を出ていく。その背中が見えなくなってからやっとリヒトは肩の力を抜いた。

「……はあ。どうにか終わった」

「リヒト、さっきの授業で分からなかった部分はないかい?」

「ええっと……今日のは大丈夫!」

 本当はいくつか分からない部分はあったが、リヒトは首を横に振った。

 いくら二人が成績優秀とはいっても、自分の勉強に付き合わせて負担を掛ける訳にはいかない。授業が終わった後、アンライトに聞きに行けばいいのだ。

「そう?いつでも聞いてよね」

「そうだよ、遠慮しないでね」

「うん、ありがとう。じゃあ、星詠みの勉強はお願いしようかな……えへへ」

 以前星詠み担当のカティエに質問をした際、質問以上の答えが返ってきた事がある。飲み込みの良い生徒ならば良いだろうが、リヒトのようなタイプは理解するまで時間が掛かってしまうので、却って混乱してしまうのだ。故に、余計な事を詰め込んでこないクラスメイトに教わる方がいいとリヒトは判断した。

 以前、彼女は暗記がこの教科の本質では無いと説いたが、今のリヒトに本質を捉える余裕はない。

「任せて。よし、遅れる前に校庭に行こう」

 校庭に着くとアンライトは皆を集めた。前回の復習から始めると彼は言い、エーテルの集め方を述べた。

 リヒト達もそれに倣い、杖を構える。

 忘れていた訳ではなかったが、久しぶりに聴く星の声には圧倒された。

 だが、前と違う点がある。何だか視界全体が碧い膜が張られたように見えるのだ。ここは校庭で、観測室ではないのに、とリヒトは不思議に思った。

「皆さんの中に、視界が碧く見えている人はいますか?」

 アンライトの問いにリヒトが手を挙げた。

「はい。まるで水の中にいるようです……」

 他にも何人か手を挙げた生徒がいた。その中にはあの黒髪の男子生徒もいる。

「素晴らしい。エーテルを視覚的に捉えることが出来た証拠です。以前の授業でエーテルは星々の声だと教えたね」

 アンライトは続ける。

「夜光石を通して集めたエーテルには石と同じ碧い光が移ります。最初は耳で聴くだけだったエーテルも、夜光石を使えば目で確認することが出来るようになります」

 占星術を使ったのは今日が初めてではない。何故、今回初めて視えるようになったのだろうか。

 リヒトの疑問に答えるようにアンライトが言った。

「ただ、初めの頃は視えない人も多いので繰り返しの練習が必要です」

「そっかあ……」

 アンライトの言葉に納得しているとスピカがリヒトの肩を叩いた。

「すごいじゃない、リヒト。あたしは前と変わらなかったわ」

「僕もだよ。リヒトは時々占星術の練習をしていたんだっけ?」

「ああ、うん。それでかな、エーテルが視えるようになったのは」

「リヒトくんは熱心ですね、感心です。エーテルが視えるようになって何か変わったことはありますか?」

「そう……ですね――」

 リヒトは再びエーテルを集めた。碧色に包まれた視界を注意深く観察する。

 よく見ると、エーテルは川のように流れを持っていることが分かる。まさしく水のようだった。

「ボクの夜光石を支点に、川のようにエーテルが動いていることが分かりました」

「さすがだね。エーテルの流れが分かるようになるとこの先便利ですから、皆さんも練習してみてください」

 アンライトが締めくくり、実技授業の本題へと移った。

「では復習と補足はここまで。今日は自分の得意属性をエーテルに乗せてみましょう。危ないこと以外ならどんなものでもいいよ」

 前回、杖に祝詞を唱えて夜光石に自分の得意属性を映したことを思い出す。

「えっと、僕は氷属性と雷属性だったから……まずは氷属性から、かな」

 前にもやったし、とフォスが呟く。スピカも杖を見つめながらうんうんと唸っている。

 リヒトの夜光石は光属性を表す白色に光った。ということは、エーテルに光のイメージを乗せて形を変えてやればいい。―のだが、“言うは易し”とはよく言ったものだ。スピカの炎やフォスの氷と違い、光属性のイメージ形成は難しい。校舎の裏で練習した時と同じように陽の光を思い浮かべる。

「むむむ……。イメージは、太陽の――光」

 胸を満たす柔らかく暖かな光。―これだ!と思った瞬間、エーテルの色が変わった。

 白く眩いそれはまるで光属性を象徴する色だった。それを夜光石に集める様にエーテルの流れを操作する。

 エーテルの流れが視えるようになると、動かすのも前より簡単だ。

「……できた」

 前にも作った光の玉だ。けれど今回はひと味違う。

「―てぇえい!」

 リヒトはエーテルを逃がさないよう気を付けながら、杖を大きく振った。

 同時に集めたエーテルを放つと、暖かい光が周囲に広がった。

「わ……!」

「なに?あったかぁい……!」

 周囲の生徒が、陽光を模したエーテルに気付いて声を上げた。

「すごいね、これ。リヒトがやったの?」

 フォスが驚いて言った。彼の杖にも氷の華が咲いている。

「えへへ、うん。練習してたやつをちょっと応用してみた……ってフォスのもすごいね!どうやってそんなに細かいの作ったの?」

「今のはリヒトくんかな?」

 フォスの手元に咲いた華の精巧な造りに興奮するリヒトの元に、生徒達の補助をして回っていたアンライトがやってきた。

 今やった占星術を簡単に説明する。

「はい。陽の光をイメージしてエーテルを集めて……それを杖から放ってみました」

「祝詞はどんなものを唱えましたか?」

「あ―今回は何も唱えていませんでした……」

 占星術の祝詞に決まったものはない。だから占星術士は皆、自分で考えた言葉を唱えて術を使う。―が、何も唱えなかったのは初めてだ。

 イメージを膨らませるのに夢中で、言葉を紡ぐことを忘れていた。

「ふむ。属性を扱うコツを掴んだようだね。祝詞は星々と皆さんの繋がりを強くする為の物ですが、確固たる願いをエーテルに込めることが出来れば、実は必ずしも唱える必要はありません」

 アンライトがまたに視線をやった。輪郭がぼやけていてどんな形かは分からないが、それは膨大な量のエーテルで出来ていることだけは分かった。

「星々は君たちの願いを聞いて応えていますからね。―ああ、初めて試す時は祝詞を唱える方が無難ですよ。祝詞が思いつかなければ私が一緒に考えるので、遠慮なく手を挙げてください」

 そう言って遠ざかっていくアンライトを呆然と見つめ、リヒトは呟いた。

「今……何か、視えた……」

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