第9話
アンライトに連れられてやってきたのは、あのドーム状の部屋だった。中は薄暗いが思っていたよりゆとりのある空間で、壁際に筒状の器具が等間隔で設置されている。あれが望遠鏡というものだろう。
部屋の中央には碧く光る石がいくつも置いてある。
石達は大きさもバラバラで、飾っているというより、ただ一箇所に集めているという印象を受けた。大きな天窓から降り注ぐ光で煌めいている。
「ここは観測室だよ。まずは君達に星の声を聴いてもらおうと思う」
「それはここにある石と関係ありますか?」
「うん、勿論。この石は『夜光石』と呼ばれる蓄光石だ。蓄光石には星に宿るエーテルを集める力があるんだよ」
アンライトはおもむろに夜光石を手に取ると、静かな声で唱えた。
「天にまします星々よ―我が願いにお応えください」
その瞬間、夜光石がまるで脈打つように碧く瞬いた。
「この光―」
この瞬きは、昨日リヒトが見た光と同じだった。―あれは夜光石から発された光だったらしい。
そのまま見つめていると、不意に囁くような声が聴こえてきた。
その声は一つではなく、いくつもの声の塊で、それぞれが何を言っているのかは分からない。だが不思議な事に、声達がアンライトの持つ夜光石の元に集まっている事だけは理解出来た。
「聴こえたかな?」
アンライトの問いかけに対しての反応は様々だった。首を傾げる者、神秘的な体験に目を輝かせる者、畏れを抱く者―それらはいずれも同じだけ居た。
新入生達の様子を観察しながら、アンライトは思う。
―今年は半分残らないだろう、と。
「アンライト先生、今のが星の声……ですか?」
「そうだよ。リヒト君には聴こえたみたいだね」
リヒトに負けじとスピカとフォスも続く。
「あたしも聴こえました!」
「僕にもです。―一つひとつの声は聞き分けられなかったけど……」
「うん、それが普通だよ。さっきも言った通り、星々の声はバラバラで小さい。だけど夜光石に集めれば、一つの大きな声になる」
アンライトの言葉を聞いているのか、夜光石が笑うように光った。同時に無数の笑い声が通り抜ける。
「この声がエーテルなんですか?」
一人の生徒が訊ねる。
「うーん、半分正解かな。エーテルというのは、応えてくれた星の意思そのものなんだ」
「エーテルを使うとどうなるんですか?」
「どうにでも」
そう言ったアンライトの目はどこか闇を孕んでいるように見えた。だがすぐに先程までの生き生きとした瞳に戻った。
「何でも出来るんだよ、エーテルは。だからこそ扱いには充分注意が必要なんだ」
アンライトは夜光石を戻すとまた説明を始めた。
「じゃあ、みんな杖は持っているかな?さっき見せたように、占星術には夜光石が必要不可欠です。という訳で、みんなの杖にこの石を嵌め込みます」
「嵌め込む?」
アンライトはフォスの杖を借りると、ぽっかりと空いている窪みを指した。
「君達の杖にはこんな風に石を嵌める場所があるだろう?ここに嵌めるんだ」
アンライトが言うには、杖に夜光石を嵌め込む事でリヒト達の杖は『
「ここに集めてあるのは原石なんだけど、このままじゃ杖の装飾には使えないからみんなの杖を見ながら大きさを決めていくよ」
各々の杖に見合った大きさの夜光石を杖に取り付ける為に、一度杖を預ける事になった。アンライトが台車と木箱を用意すると、生徒達は列に並び、そこへ杖を置いていった。
「大事な杖……預けちゃうのね」
「ちょっと寂しいよね」
スピカが名残惜しそうに杖を置く。
「ボクのもお願いします」
リヒトが杖を置こうとすると、アンライトがそれを静止した。
「リヒト君、それ―」
「あ……これ、じゃ、駄目ですか?」
アンライトが止めたのには理由があった。
先に彼が説明したように、占星術師用の杖には夜光石を嵌め込む為のパーツがあるのだが、リヒトの杖は元々錬金術師用に作られた物だ。
―リヒトの杖には石を嵌め込むスペースなど無かった。
「これ、錬金術師用の杖だよね?」
「そうなの!?」
「あ、うん、実は……ま、間違えて買っちゃって!」
リヒトは咄嗟に嘘をついてしまった。元は錬金術師を目指していた、とは後ろめたさから言えなかった。
「―そう。残念だけど、買い替えをおすすめするよ」
「こ、この杖がいいんです!何とかなりませんか……?」
リヒトが食い下がると、アンライトはぶつぶつと呟きながら少し考え込んだ。
「うーん……ここを少し削れば小さいけど石は付けられるかな……」
やがて、アンライトは苦笑しながらも頷いた。
「じゃあ―」
「うん、何とかやってみるよ。リヒトくんにも何か理由があるみたいだし」
その言葉に安心し、リヒトはほっと息を漏らした。
「これで全部かな」
山と積まれた杖を背にアンライトが言う。生徒達の杖は全て集まったようだ。
それに紫色の大きな布を被せ、アンライトが振り返る。
「では、君達の大切な相棒にぴったりの石を見つけておきます。―今日はこのまま『属性』の話をしようか」
観測室の壁際中央に小さな黒板がある。アンライトはそこまで移動すると、生徒達を集めた。
「人には泣き虫、怒りっぽい、など性格があるよね。それと同じように、占星術にも属性があるんだ」
「属性はエーテルで決まりますか?」
フォスが訊ねる。
「いい質問だね。エーテル自体には属性は付いていなくて、術者本人の意思や性質によって後から付与されるんだ」
「―という事は、一人の術者が複数の属性を使いこなす事も可能なんですね」
「その通り。ただ、それが出来るのは一部の占星術師だけだね。才能が無いと難しいかな」
結局のところ、何においても才能に勝るものはないのだろう。リヒトは自分がそのひと握りに入れるとは到底思えなかった。
「次に、属性の種類について説明するよ」
アンライトは再び白墨を手に取った。教室の黒板と同じように、何とか読める字で『炎、氷、雷、光、闇』と書かれている。
どうも学者気質の人間は字が汚いような気がする。
「これらは5大属性と呼ばれるもので、エーテルは術者によってこの5つに振り分けられます」
「ボク達の属性は何になるんだろね」
「楽しみだね」
「次の授業までに杖は用意しておくから、その時にみんなの属性を見よう。……おっと、そろそろ時間だね。最後に―」
アンライトはローブの中から魔杖を取り出した。
半月型の先端に小さな夜光石が嵌め込まれている。その反対側にはもっと細い飾りが着いており、両側を繋ぐのは正八面体に整えられた一際大きな夜光石だ。
彼は魔杖を自身の前に構えると、深く息を吸い込んだ。
「天にまします星々よ、我が魔杖に千里を照らす光明をお与えください」
その言葉の後、膨大な数の声がリヒト達の間を通ってアンライトの魔杖に集まった。
次の瞬間、観測室は光に包まれた。
―正確には、アンライトの魔杖によって照らされたのだった。
「これは、エーテルに光属性を付与した占星術だ。私の願いに呼応して、部屋を照らす強い光を生んだ」
授業の終わりに彼が見せたそれに、リヒトの鼓動が早まった。
早く、そちら側へ行きたいと。
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