第45話 磯上 麻宮

 スワロウは核融合炉を搭載しているものの、搭載していない心神シンシンに対し、この場ではその優位性を発揮できていなかった。


 スワロウの主武装は心神のものと同じく実弾式の機関銃マシンガンで電力消費がなく、核による豊富な電力の恩恵を受けていない。


 四肢の人工筋肉と、両足の推進器は、核融合炉の恩恵を受けて高出力だが……細かく加減速と方向転換を繰りかえす近接戦で重要な小回りのよさには、あまり寄与しない。


 ならば。


 スワロウと心神の関係は、ただの大型機と中型機。サイズ差による有利と不利の総合を±0とした場合、両者は互角になる。スワロウ1機に対して心神9機なら当然、数の多いほうが有利。


 機体の上では。


 それでも、このスワロウは1週間前の西太平洋での艦隊戦で、これ以上の数の心神を撃破したと確認されている。


 今も乗っているのは、その時と同じパイロットだろう──対峙して相手の強さを実感して、心神隊を率いる女性パイロット、イシカサ・ツキノ大尉は確信した。


 アクベンス飛行科を束ねる飛行長であり、部下たちの誰よりも操縦技術に長けた自分より、このパイロットの技量のほうが上だと──



「それでも‼」


 ズガァン‼



 ツキノ機の放った機関銃の弾丸が、スワロウの右手の機関銃の砲身を捉えて破壊した──日頃の訓練の成果を発揮して9人がかりで連携すれば、勝てない相手ではない。


 連邦軍の並のパイロットであれば、それでも敵わなかったろう。だがツキノ大尉たちアクベンス飛行科の面々は──



「これでも精鋭でね‼」



 バババババッ‼ 部下たちと共に追いうちをかける。スワロウは機関銃の残骸を投げすてながら宙返りして、それらをよけた。さすがに簡単に仕留めさせてはくれない、だが着実に追いこんではいる。


 イシカサ・ツキノは天才だ。


 その部下たちもみな、天才。


 アートレスに生まれた、天然の天才。


 人工の天才ジーンリッチのように多くの分野で秀でてはいない、だがブランクラフトの操縦に限っては平均的なジーンリッチのパイロットより秀でている。


 地球連邦軍・第4宇宙艦隊──地球の静止軌道に築かれた12のスペースコロニー〘十二宮〙の1つきょかいきゅうの駐留艦隊。


 その司令官の座乗艦である旗艦となるべく建造された宇宙戦艦アクベンスの艦載機を任せるパイロットなら、相応に優秀な者をと集められた、連邦軍内でも選りすぐりの人材が彼らだった。


 そんな彼らも、1週間前には全滅しかけた。


 西太平洋の上空で、他の艦の心神隊と共同で帝国艦隊から発したイーニー隊と交戦して。自分たちは敵機を倒せても味方が次々とやられていき、多勢に無勢になったからだ。


 それで数名の隊員が撃墜されて死亡した。今いる9人も危うく死ぬところだったが、ミカド・アキラ少年の駆る金色の機体ルシャナークに救われた。


 精鋭と言っても、その程度ではある。


 気絶したアキラを機体ごとアクベンスに運びこんでいたため、その後スワロウら5機が他の心神隊を全滅させた時には戦わなかったが、戦っていれば死んでいたと、ツキノ大尉は今でも思う。


 それでも、だ。


 ただでさえ鬼のように強い5機が連携していた当時ならともかく、今スワロウは他の4機と分断されている。そこに自分たちが一斉にかかる──ここまで条件が揃えば!



「わたしたちが、勝つ‼」








「キェェェェェ‼」



 機関銃を失った男爵機スワロウは、その背中の両翼にそれぞれ内蔵してあったブランクラフト用の太刀を両手で一振りずつ抜きはなち、最も狙いやすい位置にいた心神へと踊りかかった。


 他の心神から飛んでくる銃弾をかわしながら、素早く二刀を振るう。一刀目をよけたとしても、その退路を塞ぐように二刀目が襲いかかる、回避は至難の二連撃──



 ブブンッ‼



 ──だが、それは二刀とも虚しく宙を切った。タケウチ・サカキが作り、自分たちが奪って使っている5機の新型の中では男爵機スワロウは最も細身・軽量で敏捷性が高い。


 しかし全高16mの大型機には違いない。


 全高12mの心神よりも、とはいかない。


 だとしても相手が並のパイロットであれば斬れただろうが、どうやらこの9機のパイロットは並ではない。それは男爵イソガミも認めていたが……



「アートレスの分際でェ‼」



 ブンッ‼

 ブンッ‼

 ブンッ‼



 空振りを繰りかえす男爵機スワロウは無様なようで、その太刀筋は恐ろしく鋭い。しかも自分よりも小さく素早い敵9機からの銃撃をかわしながら──男爵イソガミの操縦のキレはいささかも衰えていない。


 しかし。


 この期に及んで撤退を選択していない、それだけを見ても判断力の低下は明白だった。アートレスから逃げることを彼のプライドが許さず、冷静な判断を妨げていた。



(そらそら! どうしたどうした‼)


(その程度かよぉ、ジーンリッチ‼)


「この麿まろによくも! 生意気なァ‼」



 男爵イソガミは汗だくになっていた。ニヤニヤと挑発的な言葉をかけながら撃ってくる心神のパイロットらに怒鳴りかえしながら、襲いくる弾丸の嵐を紙一重でよけながら二刀を振るう──



 いな



 敵機と通信回線など開いていない。敵機が外部スピカ―を開いてもいない。それらの声は全て、男爵イソガミの脳内で生みだされた幻聴だった。



⦅そらそら! どうしたどうした‼⦆


⦅その程度かよぉ、ジーンリッチ‼⦆



 それらはかつて、男爵イソガミが小学校で浴びせられた言葉だった。


 磯上イソガミ ミヤは地球連邦のアートレス社会の中で、その才能を妬まれ、迫害されて育った。麻宮は周囲の子供たちより全てに優れていたが、数の暴力には敵わなかった。


 生まれ育った十二宮の1つ、てんかつきゅうが戦争で征服されて連邦領から帝国領になった。天蠍宮の住人は連邦国民から帝国臣民になり──遺伝子調査を受けた。


 それで各種の才能の総合点を調べられ、臣民階級を与えられ……そこで麻宮は優秀者と診断され帝国貴族の最下位、男爵の位を授かった。


 ようやく正しい評価を得て、人生が拓けた。


 帝国軍に入り、連邦軍と戦い、無能なくせに自らを虐げたアートレスどもを好きなだけ殺せる愉悦の日々を手に入れた。それなのに──



 ズガガガガガガガガガッ‼


「ちっきしょォォォォォッ‼」



 ボシュッ‼



 自機の頭部・両腕・両脚を撃ちぬかれ、男爵イソガミは操縦席に座る己の両脚のあいだにある緊急脱出レバーを引いて、残った胴体部からコクピットブロックを射出──脱出した。

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