敗残兵

 フィアを伴って宿に戻ると、ちょうどソリティアやマリー達も別の用事を済ませて帰ってくる所に鉢合わせた。

 その一団の後ろから、小さな女の子が顔を出す。

 クリエだ。


「あれ、フィアだ。こっちにいるなんて珍しいね。いつもは山か自分の家か、私の家にしかいないのに」


「……ヒトゥリさんに、こっちで一緒にご飯を食べようって言われた」


「ふーん、そうなんだ。じゃあ私も一緒に食べる! いいでしょ? マリーさん」


 クリエは随分マリーに懐いたみたいだな。

 しかしあくまで俺達は護衛中、食事の場に誰を同席させるかは、雇用主達が決めるのだ。


「大丈夫ですか? ソリティアさん」


「私は別に構いませんよ。クリエさんとお話しするのは楽しいですし、フィア君のお話も聞いてみたいですわ」


「やったあ!」


 ソリティアからの快諾を受けた俺達は、宿の1階で食事を取る事にした。

 まあこの小さな村には他に食事を取る場所がないからな。

 俺はパンに野菜や肉を挟んだ簡単なサンドを頼んだ。

 

 口に入れると乾燥したザクザクとした食感と、麦の香りが鼻を抜ける。

 中の野菜は採れたてで新鮮で歯触りが良く美味く、むしろそれがパンの乾燥した食感を際立てて不自然さを醸しだす。

 肉は水でゆでたのか油が抜け落ち、モソモソとしている。

 まるで固めた糸切れを大量に積みこんだみたいだ。

 まあ、あまり期待はしていなかったが想像以上だった。


 微妙な昼食を食べながら、クリエ達はずっと喋っていた。

 王都の話をソリティアやプラムから聞いたり、亡くした両親の分も世界を見たいと熱く語ったり。

 話が盛り上がる中で、段々と昼食を食べ終える者も増えてきて、そろそろ解散しようかという所だった。

 店の外で悲鳴が聞こえた。


「何今の……?」


 プラムの呟きに反応するように俺と、アルベルトと、クリエが立ち上がった。

 俺とアルベルトは顔を見合わせ、それぞれの役割を確認し合い、俺が店の外に出る事になった。


「ヒトゥリ! クリエちゃんが外に出たわよ!」


 今の一瞬で外に走り出していたらしい。

 子供は脳でなく脊髄で行動するから、大人の反応速度ではついて行けない。

 それはもう1人の子供も同じだった。

 マリーの言葉に突き動かされ、フィアが俺の横に並び走り出す。


「危ないかもしれない。お前は席に戻ってろ」


「嫌だ。クリエが外にいる」


 まっすぐ外を見据えながら、半開きになっていた店の扉を勢いよく開けた。

 俺達が最初に目にしたのは血の色だった。

 

「クリエ!」


 クエリは店の前で表情も体も固まらせて、立っていた。

 風に混じって乾いた血の匂いが、空気に攪拌されて鼻腔に流れ込む。

 木の実が転がっている。

 ひとまずそれらを拾い上げて、おそらく悲鳴を上げて落としてしまったであろう女性に手渡した。

 おずおずと受け取った女性は、一目散に逃げていく。

 無理もないだろう。

 今この場には、のどかな村に似つかわしくない、血に濡れた軍勢が並び立っているのだから。


「驚かせてしまったようで、申し訳ない。我々はモスワ皇国軍所属『略奪者』フルード・モノトラヌスと、それが率いる部隊である。これよりこの村に滞在させて頂く、村長はどこにいる?」


 200人の軍勢の中から1人の中年が前に出る。

 偉そうで、こちらを見下した目をしている。

 ただ、彼らの大半は鎧が傷つき、武器を破損し、なんともみすぼらしい。

 それにここは連邦領だ。

 あらかた戦闘に負けて敗走したが、帰る方向を間違い連邦領に迷い込んでしまったのだろう。

 それに運良く連邦軍の張り巡らせた網を通り抜けて。

 連邦領の村であるこの村が彼らをもてなす義理はない。

 しかしここで暴れられると、俺もこの村の人々も困る。

 ようするにこいつらは、滞在と表向きには言うが、占領させてもらうと言っているのだ。


「冒険者のヒトゥリだ。フルードさん。案内しよう」


 俺は彼らに背を向けて、軍勢を引き連れながら村の奥へ行く。

 こんな人数を通すなんて一体連邦軍は何をしてるんだ。


「フィランジェット商会の者です。村長と話し合うというのなら、その席に私もつかせて頂きますわ」


 村長に家に向かおうとした時、店の中からソリティアが出てきた。

 傍らにアルベルトを伴っているが、彼は不満そうだ。

 当たり前だろう。

 明らかに友好的な見た目ではない、皇国の軍達の話し合いに自分の主が同席しようというのだから。

 フルードは少し眉をひそめたが、すぐに状況を理解したのだろう。

 首を縦に振り、ソリティアの同席を許可した。


 村長に事情を説明し、俺達も対話に同席させてもらう事にした。

 この先で起こっている戦闘は、200人程度の軍ではなくもっと大きな規模での戦闘だ。

 つまり、未だに戦闘は終わっていない。

 俺達は戦闘が終わらない限り、この村に滞在し続けなければならない。

 

 だから、この村が不利になり過ぎないように、フルードに譲歩してもらう必要があった。

 しかし、驚くべき事にフルードの要求は思っていたよりも緩い物だった。


「それでは、貴方はこう言うのですな? 『ただ村の近くに拠点を置かせてもらうだけで良い』と。食料の提供も、その他資材も要らないと?」


「ああ、その通りだ村長。我々皇国の誇る技術で、食料や資材は調達できる。あとは水源を少し使わせてもらうだけでいいのだ。……ただもう1つ忘れてもらっては困る。『我々の許可なしに村を出る事を禁止する』というのもな」


 こちらから提供する物はなし、その代わり村から出るな。

 これがフルードの出した要求だった。

 お前達を無事に生かしてやる代わりに、お前達も助けを呼ぶことは許さない。

 フルードはそう言っている。

 

「なるほど、それはこの村にとっては有利な条件ですね。しかし1つお聞きしたいですわ。私達フィランジェット商会は今、王国への商品の輸入中。長い足止めを食らうのは損害に繋がります。それでも外に出てはいけないと、仰いますか?」


 フルードはその質問に歯を剥き出しに笑った。


「ははは、お嬢さん。私達は生き死にと隣り合わせでこの行軍をしているのですよ。そちらの事情は鑑みたとしても、我々がここにいる事を知られるリスクがある限り、許可は出せませんな」


「私は王国の高位貴族、ソリティア・フィランジェットです。この事は王国と皇国の外交上の問題になりますが、それでも許可は出さないと言うのですか?」


 確かに皇国と戦争をしているのはあくまでも連邦国だ。

 補給や戦闘などに関与していないコルク村を占領したと知られても、悪評が広まる事はあっても皇国にとっては傷にはならない。

 だが戦争状態にない王国の、それも多大な利益をもたらす商会で、貴族に対して不利益を出させたと知られたら、王国が皇国に持つ感情は今まで以上に悪化するだろう。


「ええ、出せません。誰であろうと、何であろうと我々は皇国領土に帰る見込みが立つまで、安全を手放す訳にはいかんのですよ。ご理解頂きたいですな」


 部屋の隅に剣を携え控えていた2人の兵士が、こちらを睨む。


「もしも……ご理解頂けず我々の許可なく村を出た場合は……今も勇猛果敢に戦う連邦兵士達の帰る家が1つ消えるかもしれませんなあ」


「そ、それだけは! フルード殿、それだけはご勘弁を! わしらコルク村の全員に今すぐ。そちらの要求を広めますから!」


 重苦しい雰囲気と威圧に耐えられなかった村長が、要求を飲んでしまう。

 仕方がないか……。

 この村の元々の人口は少なく、その上立ち向かえる大人達の大半は戦争へ向かってしまった。

 あちらが食料も資材も要求しない以上は、こちらから対価を要求する事も難しい。

 武力を持たないこの村は、飲むしかないのだ。

 明らかに不利な要求でも。


「分かりました。それでは私達もその要求を飲むとしましょう。しかし、1つだけ。こちらからも要求があります」


「ほう、それはなんです」


 フルードが興味深そうにソリティアを見る。

 脅しをかけたのだ、黙ってこの要求を飲むと思ったのだろう。

 俺も一体ソリティアが何を対価に要求するのか、気になる。


「こちらのヒトゥリと、この村の少年フィアが山に狩りに出るのを許可してい頂きたいのです」


「俺か?」


 思わずとぼけた声を出してしまった。

 ソリティアが資材の要求や買取、あるいは敵からの担保を要求すると思っていた。


「それは……なぜですかな? 生半可な理由では許可できませんぞ」


 ソリティアからの早速の村を出る許可を求む要求に、フルードも動揺しながらも問いかける。


「食料のためです。つまりは生きるため。この村では労働力が少なく、作物に頼れる程の収穫が見込めません。そのため山から取れる肉が必要です」


「それで許可を貰いたいと……いいだろう。しかし、取れた獲物の極一部を我々に寄与して頂きましょう。よろしいですな?」


「ええ、分かりましたわ。極一部ですね」


 獲物を差し出せ、というのは恐らく本当に狩りをしているのかの確認のためだろう。

 200人のための獲物を差し出せなどと言う意味ではないはずだ。

 ただ、ソリティアの方も本気で狩りをするために山に入る許可を貰ったわけではないだろう。

 後で何の意図があって俺を山に入れるようにしたのか、聞いておかないと。

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