決別
一瞬の隙を奪い合う見切りでは、先に動いた方が負ける。
そして先に動いたのは俺だった。
脇腹からみぞおちにかけて切り裂かれたのも俺だった。
「独、どうしてそこまで……」
「ただの意地だ。俺はお前にだけは負けたくないから」
切り落とされて面積が半分に減った盾を投げ捨てる。
最初からこんなものに期待などしていなかった。
聖がばら撒いた武器は全て何の効果も付与されていない、ただの武器だ。
それでスキルによって達人レベルに引き上げられた、相手の居合を防げると思ってなどいない。
だから重傷覚悟で受け止めた。
「これでお前から受けた傷は肩の矢の跡を入れて2つだ。勲章として貰っておくよ」
刀を体の内に『はめ込み』で固定するために。
今や聖は俺の体に突き刺さった刀を、簡単に抜く事はできない。
そして、居合後の前傾姿勢から立て直すには時間がない。
俺の勝ちだ。
今度は鎧で防がれないように、関節から斬り込む。
「聖先輩ッ! 今回復します! 『
俺の左手が振り抜かれると同時に絵里の悲鳴が聞こえた。
ずるりと、聖の体が崩れ落ちる。
駆け寄る絵里とレインを後に、俺はその場を去った。
「この刀は貰っていく」
抜いたら出血がひどくなるからな。
刀を抑えながら焼けた野原を歩く俺の体に、冷たい液体が降りかかる。
沁みるが、痛みは引いていく。
これは治療薬か。
「今度はちゃんとした治療薬よ。そんなに血だらけになって、まるで殺し合いでもした後みたいよ。そのまま帰ったらソリティアさんが卒倒するわ」
同じ様に降りかけられた言葉に頭を上げる。
マリーがいた。
笑顔で、俺に更に治療薬をかけ、未だに俺から流れ出る血を拭う。
「じゃあどこかで血の跡を消さないとな……っと」
引き抜いた刀は刀身から柄まで血に濡れていた。
当分はこれが俺の武器になる。
刃渡りも技術も俺には不相応な打ち刀が。
ああ、セルティミアから貰ったグレイブをなくしてしまった。
怒られるな。
不意にそんな事が頭に浮かんだ。
日暮れ時の森の切り株に腰かけ、俺はマリーから貰った薬を体に塗りこみながら、聖の事を考えていた。
なぜ聖があんなにも強情な人間になってしまったのか。
昔は意見の違いなど、簡単に受け流す人徳を持っていた。
それは聖が言っていた通りの事に原因があるのだろう。
順調に行っていた学生生活を中断させられ、不便な異世界に迷い込んで、それから2年も命を奪わなくてはいけなかった。
それが聖を異世界嫌いにしてしまった。
殺しで擦り減り、そしてかつての仲間からも裏切られ、もうあいつは以前のような心の底から優しいだけの人間ではいられなかったんだ。
あいつの根底に今あるのは、楽しむ心ではなく、望郷の心。
栽培した米も、餅も、緑茶のような茶葉も、故郷へ近づきたい一心で作り上げたのだろう。
「なあマリー、聖達が元の世界に戻る方法はそもそも存在するのか?」
俺の後ろに背中合わせのように座るマリーに話しかける。
少しの間悩む声が聞こえたが、答えはさほど時間はかからずに帰って来た。
「存在しないわ、おそらくね。今まで何人かの転移者は歴史に記録されていたけれど、そのほとんどがこの地で死亡、消息不明の少数も戦争や強大な魔物に挑んだ結果よ」
「そうか……」
帰れば聖も元通りになるだろうか。
それとも自分で言っていたように、この世界での生き方はもう取れないのだろうか。
俺は、聖には楽しんでいて欲しかった。
俺が経験したような、この世界で起きる大小のトラブルも、あいつなら怒りながらも見事に解決して、全部見事に解決して、みんな笑顔にできると思っていたんだ。
「転移者を帰す方法、探すの手伝ってくれるか?」
聞こえるようにはっきり言ったはずの言葉は小さく震え、森に溶けた。
そして溶けた言葉はすくい上げられ、再形成されて帰って来た。
「ええ、いいわよ。それが貴方なりの仲直りなのね」
マリーの親友、フラウロス。
そして俺の親友、湯川聖。
親友探しの旅は俺が先に目的を達成したが、今度は心が遠くに行ってしまった。
そうだ、俺達が探していたのはただの親友じゃない。
あの時、仲良く笑えていた時間をもう1度求めているんだ。
「……ありがとうマリー」
口からこぼれた言葉は、今度は力強く、はっきりと形にできた。
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