勇者と英雄

 大地を抉るグレイブから、燎原の火が迸る。

 俺と聖を中心にぽっかりと開いた草原の円は、いまや近寄れない程の熱気に包まれていた。

 だが、その中にいる俺達は熱を気にもせず戦っていた。

 横薙ぎに振るわれたグレイブが、剣に防がれる。

 弾かれたグレイブを返して攻撃する、また弾かれる。

 隙を見て剣が鱗を削り取る。

 魔力の爪を振るう、弾かれる。

 跳ね上げたグレイブはかわされる。


 おかしい。

 まるで全ての攻撃が予測されているみたいだ。


「独が考えている通りだよ。僕のスキル『予測』は極めれば、相手の攻撃の予兆を捉えられるようになる」


「それで俺の攻撃を全部弾けるんだな。でもな、そういった相手への対応の仕方も、俺は教えられたんだ。良い師匠にな」


 セルティミアとの訓練で教えられた基本と、そしてそこから雑談程度に教えられた応用。

 セルティミアは無理だと思っていたようだが、スキルを駆使した俺にはできる。

 『竜人化』も『剣技』も『棒技』も全ては、この小さい骨格フレームの出力を上げる事に本質がある。

 防御力の向上、技術の最適化?

 そんな物は副産物だ。

 本当のロマンはここにある。


「うらああああああああ!!」


 雄叫びと共にグレイブを滅多に振り回す。

 腕の筋肉やそれを支える足腰が燃える様に熱い。

 セルティミアから教えられた攻略法、それは――。


「小技で捌かれるのなら! 対処できない量の攻撃を出せばいい!」


 脳死でゴリ押しだ。

 手練手管を尽くし、それまで蓄えてきた修練の全てを出しても尚、あと一歩届かないのなら、精神の勢いで押すしかない。

 それは前世の頃からそうだった。

 敵のHPゲージのあと1ミリ、制限時間のあと1秒。

 そこを乗り切るのはいつも精神力おいのりだった。


「すごい……まるで手が8本あるみたい……」


 マリーの声が遠くから聞こえてくる。

 精神を燃やし過ぎて一周して冷静になっているようだ。

 外野の声どころか、風が草を撫でる音や、鳥が空を切る音まで聞こえてくる。

 だがしかし。


「ふっ、はっ、はあっ」


 聖は呼吸を浅く、俺の全てを未だに弾き続ける。

 俺のように転生して体を変えていない、人間の体で俺についてくるのだ。


 この聖という男はいつもそうだった。

 勉強、運動、そしてゲームでさえも俺に食いついてきた。

 必死で努力してやっと平均以上に成れる俺に、何の努力もせずに平気な顔して隣に並び、追い越していく。

 そうして、こいつは言うんだ。

 『もっと才能があれば良かったのに』と。

 違うだろうが!

 才能がないのは俺だけ!

 お前には才能がある!

 何もせずとも俺を追い越せるだけの才能が!


 俺はそんな聖が気に食わなかった。

 才能がありながら、腐らせていくこいつが。


「聖ィィィィィ!」


 『腕力強化』。

 これ以上の、スキルや魔法の重ね掛けは俺の体に負担がかかる。

 それでも俺はこいつに負けたくなかった。

 才能の塊みたいな奴で、俺より強い力を持ちながら、それでもこの世界が嫌いだというこいつには。

 

「ぐあっ……独、僕は帰りたいんだ。地球に、日本に!」


 やっと入った一撃は、聖には有効打にならなかった。

 『予測』のせいで直前にガードをされているのだ。


「帰りたいだと……? お前はこんなにも強いじゃないか! こんなにも必要とされているじゃないか! 勇者としても、湯川聖としてもお前を必要としてくれている人がいるっていうのに帰るのか!」


 聖の視線がレインへ向く。

 俺は少し卑怯だと分かりながらも、その瞬間にグレイブを差し込む。

 そして聖はそれを事も無げに受け止めて、こう返す。


「だって僕には家族がいるんだよ。父さんや母さんに、妹が待ってる。息子や兄を失った家族がどんな気持ちになるか、考えたら帰るしかないじゃないか!」


「家族……『殺人が嫌だ』の次は家族か。俺には心配してくれるような、優しい家族はいなかった。お前以外に心配してくれるような友達もいなかった。知ってるよなあ!」


「それは君が他人を寄せ付けないような態度をしていたからだろ!」


「なんだと!」


 他の兄弟だけを見て俺に見向きもしない家族も、濡れ衣を着せられた時に簡単に切り捨てた友達も、誰も信用できなかった。

 あの時、最後まで信用してくれた聖以外は。

 『噴炎』によるブーストで、聖を押し返し叫ぶ。


「その通りだ! だが、それの何が悪い。お前は文句1つ言わなかった! それどころか他の面倒な奴に対しても同じ態度を取っていたよなあ! 中学の頃にお前が俺と同じような境遇の奴何人か助けて、全員から付き纏われて何度も事件起こして、俺が尻拭いをして! お前は地雷を掘り当てすぎて、陰で【マインスイーパー】って呼ばれてたの知ってるか? そうなったのもお前が何の反省もせず、あちこちに善人面振り撒いてたからだろうが!」


 空中を足場に反転して、聖がアイテムボックスから武器を撒き散らしながら飛び込んでくる。

 魔力の動きを見るに『属性魔法・天』による空間操作か。

 武器を撒き散らしたのは攻撃ではなく、自分の『天賦武術』を活かすため。

 俺はそれを食い止めるために、空中の聖に突進する。

 激突、穂先と刃先が火花を散らし交り合う。


「知ってたよ、そんなの。でも困ってる人がいたら、放っておけないだろ! そもそも文句を言わず、手伝ってくれていたのも、助けた人に裏切られる度に救ってくれたのも君だった!」


 聖は刀剣を放し、空中から地上へ降りる。

 そして落ちている武器の1つ、槍の穂先の少し手前に小さなハンマーの付いたルツェルンハンマーと呼ばれる武器を持ち上げ、空から落ちる俺目掛けて振り上げる。

 当たれば致命傷だろうが、生憎こちらには空を飛ぶ術がある。

 難なく、かわして俺も地上に降りる。


「俺にも責任があるって言うのか。ああ、そうか。そうだろうよ。お前がいなくなった後の俺が、苦しんだのも死んだのも俺の責任だ。お前は悪くない。だったら、俺がこの世界に永遠に存在していようが文句ないだろうが!」


「あるさ……。僕が帰りたいのは、君とまた余計なこと考えずに遊びたいからでもあったんだ。それがどうだよ、まさか異世界で君に会えたと思ったら、ドラゴンになっていて。その上君が嬉しそうに語っていたスキルだって、人殺しの道具だ! 友達に自分みたいな人殺しになってほしい、なんて考えるわけないだろ!」


 必死な眼でこちらを睨む聖は、既に昔に人助けをしていたような優しい表情ではなかった。

 ああ、聖は、こいつは生き物を殺し過ぎたんだ。

 俺の眷属を殺しかけたように、そして今起きている戦争のように。 

 俺は刃の欠けたグレイブを聖に投げ、辺り一面に散らばる武器を拾い駆けた。

 

「スキルは人殺しの道具じゃないし、お前はそもそも地球に希望を持ち過ぎだ! あの世界では、誰も死なないと思ってるのか? 誰も互いに傷つけ合わないと思ってるのか? この世界のような戦争や恨み合いがないとでも思ってるのか!」


 巨大なバスタードソードの刀身を、横から叩きつける。

 そんな攻撃も棒を使った跳躍でかわされ、着地と同時に反撃が飛んでくる。

 大気を切り裂く音共に迫る棒は、柄が幾つにも分離して鞭のようにしなり、俺の肌を打つ。

 多節棍か……!


 衝撃で武器を取り落としてしまったので、また新たに無造作に武器を引っ張り構えなおす。

 柄の先端に金属の塊がついている。これはメイスか。

 種別では『槌術』に分類され、俺はそのスキルを持っていないが文句は言えない。

 今まさに聖の放った追撃が迫っている。

 

 多節棍の先端にメイスの先端を打ち当て、弾き返す。

 弾かれた先端によって勢いを失った多節棍を、一瞬で振り直すのは不可能だ。

 よって今この瞬間、有利は俺の手に渡った。


「それでも、この世界よりはマシだよ。この世界は、こんな事ができるくらいに戦い続けないといけないんだから」


 メイスが鎧に当たる寸前、そう聞こえた。

 同時に手に痺れが走る。

 思わず動きが止まると、その隙を見逃さずに鉄拳をつけた聖の拳が俺の手ごとメイスを叩き落とす。

 前方に『噴炎』を放ち、目くらましと同時に離脱。

 聖の鎧には確かにメイスの跡が残っている。

 攻撃は当たった。

 ならば何が起きたか。

 思い当たる事が1つあった。


「こちらが当てる前に鎧で弾いたのか? 凄いな、それもスキル……」


「違う!」


 俺の言葉は聖の叫びにかき消された。

 

「スキルなんて使ってない。これはただの僕の技量だ! スキルなんて使わなくても、戦えるようになってしまったんだよ! 僕はもうただの高校生には戻れないんだ……。日本に戻ったとしても、人を殺した感触も、人に殺されそうになった恐怖も、一生消えない。僕は君にそうなってほしくなかったんだ!」


「だから俺がこの世界にいる事を肯定できなかった……か。だが余計なお世話だし、俺からも言う事が1つある」


 お互いが新しい武器を拾い構える。

 刀身の異様に歪んだ短刀と円盾が俺の手元に落ちていた。

 一方、聖は距離を取り刀を選び拾い上げた。

 荒くなった呼吸を落ち着かせる様に、ゆっくりと距離が縮まっていく。

 未だに刀を収めたままの聖は、すり足のまま俺から目を離さない。

 

 その態勢だと居合か。

 どうせ剣道など習った事もないだろうに。

 俺もお前も所詮は見様見真似、あるいはスキルで培っているだけだろうに。

 それがこの世界の本質だぞ、聖。


 心の中での饒舌さは嘘のように、俺はたった一言を投げられずにいた。

 俺も聖も全力で戦った。

 もう残りの体力も少ない。

 俺の一言がこの戦いの最後の幕を切るだろう。

 だからこそ俺はこの言葉を放ちたくなかった。


「それは」


 それは。


「――地球も同じくらいクソな場所だって事だ!」


 ――この言葉で和解するのは無理だと分かっていたからだ。

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