友と語る
「町長さん、僕達の卸した米は言った通り、取り扱いはそちらに任せます。それとソリティアさん、商談の間独を借りてもいいですか?」
食事が終わり、これから米の商談に移ろうという時だった。
元々顔合わせが目的だった聖は商談に参加する予定はなく、解散する段取りだったのだろう。
席を外す直前にソリティアにそう頼んだ。
「馬車警護が目的で雇ったので、構いませんよ。旧友同士話したい事もあるでしょうし、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます! 独、僕がここに借りている部屋に行こう。独の仲間の方は……」
そう言って聖は俺に視線を向ける。
マリーが俺の
俺は頷いて言った。
「ああ、問題ない。マリーも一緒に来るよ。というわけでソリティア……様、少し自由行動をとらせて頂きます」
一応雇い主だ。
心の中で呼び捨てだからと、忘れそうになるが敬称と敬語は忘れてはならない。
年齢が低いのもあって、ソリティアは商談で舐められやすいのだ。
冒険者の俺にため口で話されていると、甘く見られる。
聖と俺達は商談をするフィランジェット家と分かれて、聖の自室に向かった。
俺は勧められるままに、テーブルについて絵里の淹れた茶と聖が用意した茶菓子を食べる。
緑茶に餅?
食感は若干違うけど、ちゃんと餅だな。
これも向こうを思い出させる。
「独! どういう事なんだ! なんで君がドラゴンになってるんだよ!」
「な、何なのだ? この男がドラゴン?」
聖の突然の大声に1番驚いたのは、俺ではなく聖の隣にいる狼獣人の少女だった。
確か、レインフル――レインと呼ばれている少女だったか。
レインには申し訳ないが、今の俺は久しぶりに会えた友達と話す事に夢中なのだ。
俺が何者かとか、詳しい説明は他の誰かに任せよう。
「簡単に説明すると、俺は向こうで死んだ。それでドラゴンに転生していた。あの頃はメジャーで流行る前だったけど、転生は知ってるだろ?」
「それくらいは知ってるけど……」
「信じられないのはこっちの方だ。突然失踪したと思った友人が異世界で勇者やってるなんて、誰が考える? 俺はかなりお前の事を捜し歩いたんだぞ」
「それは悪かったと思ってる。異文化交流会の皆で神社に参拝していたら、突然黒い穴に落ちて気付いたらこっちにいたんだ。それからスキルとかステータスとか色々この世界の事を知って……」
「ステータス、そうだ! お前もスキルを持っているんだろ? 最初に戦った時、色々な武器を使ってたし、『武器術』とかか?」
「ユニークスキルだよ。『天賦武術』っていうどんな武器でも体術でも扱えるっていうスキル。そういう独の方こそ、強かったし、天業竜っていう特別な種族の生まれなんだろ?」
俺達の会話は驚くほど弾んだ。
久しぶりに会って10年のブランクがあった相手と、こんなにスムーズな会話ができるとは思っていなかった。
同窓会であった小学校の知り合いとは、自分でも引くぐらいに業務的な会話しかできなかったのに。
俺達が会話をする横で、女性陣はそれぞれ会話をしていた。
「なあ絵里、あのヒトリ……ヒトゥリっていう奴はドラゴンなのだ? 普通ドラゴンは人と関わろうとしないのだ」
「あの人は昔、私達がいた地球で友達だった人なの。聖先輩と仲が良かったんだけど。この世界のドラゴンの体に、生まれ直しちゃったみたい。だから独さんはどちらかというと、人間なんじゃないかな」
「ふむ、ドラゴンの体に人間の魂が入るなんて、不思議な事もあるものなのだ」
「ちょっといいかしら……絵里さん」
「あ、はい。どうしました?」
「この餅というお菓子も、あの米からできているの?」
「そうですけど。もしかして作り方に興味がありますか?」
「ええ、良かったら教えて貰えない?」
こうして俺達は他愛もない会話を続けた。
まるで、今何の問題も抱えていないかのように。
久しぶりに出会った聖の顔には疲れが見えた。
それもそうだろう。
平和な道中のせいで、忘れそうになるが連邦に所属する聖達は戦争中だ。
それも勇者という英雄的ポジションにいる聖、そして絵里に掛けられている期待などのプレッシャーは俺には想像もつかない程大きいだろう。
今にも逃げ出したいはずだ。いや、俺なら逃げている。
それが俺と聖の違いと言ったらそれまでだが、見知らぬ世界の見知らぬ人々のために命を懸けるなど、俺にはどうも理解できない行動だった。
だがそれを口に出せなかった。
死ぬと分かっていて動かなかった前世、そして里を捨てた今世。
2つから逃げた俺が、反対に苦難に立ち向かう聖に口出しをする資格があるのか。
だったら今、俺と聖が楽しいだけで良かった。
俺が聖の仲間の竜輝の腕を喰った事も、聖が俺の眷属を半殺しにした事も、まるで無かったかのように俺達は語り続けた。
そして、日も暮れる頃に俺は最後の話題を出した。
「さて、顔を合わすのは数カ月ぶりでも、話すのは約10年ぶりだな」
「そうだね……って何だって? 違うよ、こうやって話すのは2年ぶりだ。僕が転移する前に話たばかりじゃないか」
「ああ、だから10年ぶりだろ?」
俺と聖の間に、微妙な空気が流れる。
なんだ?
話がかみ合わない。
聖が転移したのが高校生2年の頃、そして俺が転生したのがそれから10年後。
なにも間違ってはいないはずだが。
「あの、もしかして異世界と地球では時間の流れが違うのでは?」
絵里が小さく手を上げて発言する。
時間の流れが違う?
そんな事あり得るのか?
「半分当たってるけど、少し違うわね。立体方向以外の位相の異なる移動には、時間の移動も伴う物だから……こっちの世界に来る時にある程度の時間のズレが生じてるのよ。だから、この世界と地球の時間の流れはそもそも連動していないし、あちらで何年経っていようが、この世界は1秒も時間が経っていないのと同じよ」
「……それはつまりどういう事なのだ?」
「難しすぎたかしら……ヒトゥリが聖さんより少し未来から、この世界に来たと思ってくれればいいわ」
それはつまり、異世界と地球の時間の流れが違うって事ではないのか?
まあ詳しい理論はマリーが知っているから任せればいいだろう。
そもそも、地球の事なんて今の俺には関係ないしな。
「それって、僕達が地球に戻っても元の時間には戻れないって事ですか?」
聖の言葉に耳を疑った。
顔を見る。
不安そうな表情だ。
もしかしてこいつ、元の世界に、地球に戻ろうとしているのか?
「戻れるわよ。多分その時代にはヒトゥリの前世もいるでしょうし……前世での死に方の話を聞く限りではヒトゥリが死ぬ事もなくなるでしょうね」
「そうなったら俺はどうなる。この世界から消えるのか?」
「残るわ。この世界と向こうの世界の時間の流れは別物。何があろうと向こうの世界で起きた出来事が、こちらの世界に影響を及ぼす事はないわ。前にも言ったでしょ。『貴方はきっと魂の底から真中独』だって。死んだ記憶を持っていて、自分の事を真中独であると認識したドラゴンがいるのが、この世界の定めた運命なのよ」
「そうか、それならよかった……」
例え聖が地球に戻っても今の俺は消えない。
やっと以前マリーに質問した時に、返ってきた答えの意味が分かった。
転生し『異界之瞳』を持って生まれた意味。
それは地球人として直接転移してきた聖と違って、俺が肉体も精神も魂もこの世界の物として、この星の生き物になっているという事なのだ。
この真中独としての自意識は、『異界之瞳』によって成り立ち、同時に『異界之瞳』は俺がこの世界の生物である事を保証している。
スキルは魂に刻まれている、謂わばその生物の定め。
ドラゴンのヒトゥリが社畜として死んだ転生者の真中独であるという事は、過去を改変し生前の俺が老衰で死んだとしても、もはや変えようのない運命として刻まれてしまったのだろう。
これで俺の問題は解決したのだが、しかしもう1人はそう思っていなかった。
温厚なあいつには珍しく、机を叩き勢い良く立ち上がる音が聞こえた。
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