外伝:破滅の音

 人間の群れがこちらを見ている。

 尊敬、畏怖、憎悪、いずれも俺に対してだけ向けられた目だ。

 心地が良い。

 これを味わいたくて、俺は生きている。


 向けられる感情に浸っていると、群れの中から1人が前に出て、俺に礼をする。

 それは軍の指揮官だというのに太った男、【略奪者】フルード・モノトラヌス。

 【略奪者】は皇国の中では、200人程度の隊を率いる者の肩書だ。

 主に町や村から物資を略奪する為に分けられた部隊だから、そう呼ばれるそうだが、今回は敵を殺すためにここにいる。


「勇者リューキ様、どうかその御力、お貸し頂きたい」


「任せろ。……何やってんだお前」


 形式的に放たれたフルードの言葉に簡単に返答し、そしてこの男が剣を振り抜いたのを見咎める。

 必要もないのに何故そんな物を出すのか。


「は、敵は我らと同じく200人程度と報告がありますので、いくら勇者様といえど手数が足りぬかと。我々も共に戦います。勇者様」


 フルードの言葉に大きくため息をつく。

 この男は何度も目にしているというのに、未だに勇者と一般兵士の規格・規模について理解できていないようだ。

 フルードの横にだけデカい体を押しのけて、前に出る。


「いらねえよ、邪魔なだけだ。下がってろ」


 戦場を1歩進む。

 味方の兵士が俺から後ずさり、怯える。

 

 戦場をもう1歩進み、剣を抜く

 敵の兵士が俺を見つけて駆け出す。

 

 戦場をもう1歩進み、剣を振るう。

 そうすれば辺りはもう、血の海だ。


「左だ! 左に回れ! あいつには右腕がない!」


 向かい来る兵士の群れの奥で、重装備の兵に囲まれたエルフの男が叫ぶ。

 この100人程度の隊の指揮官か。

 すなわちあいつを殺せば、この戦場は終わる。

 距離は数10m、跳べば届くが、やってたまるかそんな事。


「『怒髪帝剣どはつていけェェェェェェん』!」


 俺の滾りに呼応して、皇帝から与えられた宝剣が輝く。

 皇国最高の鍛冶師が、軽さと見た目だけに心血を注いで出来た、世界一使い物にならない剣。

 だが、俺にかかればそんな剣も世界一凶悪な剣に変わる。


 無造作に横に振るえば、小癪にも死角に回ろうとした馬鹿共の首が切り裂かれていく。

 振るいきる前に反転させ、襲い掛かる兵士を掲げた武器ごと両断する。

 血に濡れ赤く輝く宝剣は、鈍るどころかむしろ鋭く、より多くの獲物を切り裂き、俺を滾らせてくれる。


「どうしたァ! もっと掛かってこいよ、連邦の雑魚共ォ!」


 立ちすくむ敵兵に向かって、啖呵を切る。

 奴らも自由と、自らの種族の尊厳を掛けて、この独立戦争をしている。

 支配者である、俺達皇国への反発心なんて頂点だ。

 こうやって少し挑発してやれば、考えなしに突っ込んでくる。


「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10……ハハハ! 数えるのも面倒くせえ! 全員、殺し切れば200人だ!」


 指揮官を殺せば、こいつらは戦意を失う。

 それだけは駄目だ。

 もっと血を、もっと命を奪わせろ。

 その興奮だけが、俺を強くする。

 だから、1人残らず俺に殺されてくれよ。 


「ゆ、許してくれ……」


 人の残骸を撒き散らすのに集中していると、目の前には1人のエルフの男が腰を抜かしているだけになっていた。

 敵兵を指揮していた男だ。

 もう、終わってしまったか、呆気ない。


「そうだ、戦争では捕虜が必要だろう! 私はエルフの中でも高貴な生まれでな、私を捕虜にすれば多額の身代金が……!」


「うるせえよ」


 宝剣を突き出す。

 『怒髪帝剣』を発動する必要すらない。

 宝剣はエルフの喉に突き刺さり、無駄に長い命を終わらせた。

 

 深呼吸をする。

 血と踏み荒らされた草の匂い。

 ここ数日でもう嗅ぎ慣れた。

 敵軍を皆殺しにするのも。


「ああ、物足りない」


 おい、聖。お前はどこにいる?



 怒りの最高潮。

 あのドラゴンに邪魔をされ任務を失敗し、惜しくも聖と絵里を失い、宮廷を破壊された責任は全て俺に押し付けられた。

 立場と状況は最悪だったが、俺の怒りだけは最高だった。

 それからだ。

 俺の『怒髪帝剣』はそれまで以上に切れ味を増して、そして俺の肉体も人間の域を越えて強化されていった。

 布留都の奴は『怒髪帝剣』にそんな効果はないと訝しんでいたが、俺にとってはただ好都合なだけだった。

 

 その直後に、俺達は連邦国との戦線を押し上げるために戦場に赴く事になった。

 だが、そんな物は表向きの理由で、貴族達は権力の座を狙う俺を都から追い出したかっただけのように思える。

 しかし、それもあいつらにとっては裏目に出たのだが。


「勇者リューキ殿。そなたの戦場での活躍を評し、ユーべリウス皇帝陛下は大変お喜びである。この度、陛下から褒美を預かっておるので、貴殿に授ける。前へ」


 ここは前線より数キロ離れた街の領主の城塞。

 皇帝からの褒美があるというので、前線から下がらされたのだ。

 不満を押し隠して、言われた通りに貴族の男の前に出る。

 貴族の男は、側に使える召使いから箱を受け取り、開いて俺に差し出した。


「これは皇帝陛下からの下賜品である。丁重に扱う様に」


「これは、腕か?」


「魔導義手である。なんでも皇国中の優秀な魔工師達が宮廷に集められ、貴殿の為だけに作られたそうだ。いつまでも食い千切られたままでは不便であろう、とな」


「俺の居た所では、肉の腕よりも高性能な義手が開発されていたが、こっちの世界ではどうだろうな」


 受け取った腕を右腕まで持っていく。

 すると義手が浮遊し、吸い寄せられるように無くなった上腕部分の根元に吸着する。

 義手から腕の繋ぎ目に数本の糸束が伸び、まるで針の刺さる様に痛みが走った。


 反射的に腕を引くと、それにつられて無意識に義手の指が引き絞られる。

 その光景に驚き、義手を開き、握り、繰り返す。

 召使いが持ってきた瓶とグラスを受け取り、義手の親指でコルクを弾き抜き、中身を注ぐ。


「すごいな、元の腕の様に動くぞ」


 肘の関節から、手首、そして指のそれぞれの関節でさえも、昔からあった自分の腕と同じ感覚で動かせる。

 いや、むしろ関節は柔軟でそして出せる力も元の腕より強い。

 昔と同じではなく、昔よりも優れている。

 それが新しい腕に抱いた率直な感想だった。


「驚くのはまだ早い。どうやらその腕には、幾つかの魔法が埋め込まれているそうだ。『火炎』『流水』『泥岩』『風塵』これら4つの魔法を放てる、と使者からは聞いた」


 確かに聖の様に弓を使えず、絵里や布留都の様に魔法を使えない俺には、遠距離攻撃手段はあった方が良いかもな。

 わざわざ前線から引き戻す事に、少し不満を持っていたが、思っていた以上に良い物を貰った。

 せいぜいこれで、皇帝の望み通りに連邦国の奴らを殺してやるよ。

 俺の目的――成り上がりの為にもな。


「して、リューキ殿。我が城には兵士を慰安する為の、施設もあるのだが……どうかな?」


 領主が俺の肩に手を置き、気色の悪い笑みを浮かべる。

 施設、それが何を意味するのかはすぐに分かった。

 この貴族も礼儀正しく振舞おうが、所詮は人間らしく欲深い。

 

「女か、悪くない。だが俺は飯にもうるさいぞ?」


「勿論最高の食材を用意しているとも。さあ、異世界からの御友人。存分に楽しまれよ」


 そして欲深いのはこの俺も同じだ。

 せいぜい楽しませてもらおうじゃないか。

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