旧友のコトバ

 容体の安定したジョンを街に届けるために、俺達はダンジョンから出ようとしていた。

 マリーの研究室には1基のエレベーターがあり、それを使えば地下に降りた時とは違いダンジョン出入口近くまで直通だった。

 しかし、外にはレイオンが待ち構えているかもしれない。

 警戒しながら外に出ると、既に地平線に陽が沈みかけている。

 ダンジョン受付も仕事をしていた冒険者達も帰路へと着き、風と鳥の声だけがそこにあった。


「レイオンはいないようだな。街に戻ったのか? どう思うマリー……マリー?」


 返事を返さないマリーを訝しんで振り返ると、入り口にある石碑を見つめるマリーの姿があった。

 無言でその石碑を見つめるマリーの表情はこちらからは見えず、何を感じているのかも俺には分からない。


「ああ、その石碑。お前の友人が建てたそうだな。ダンジョン内で冒険者が話すから知っていただろう?」


「うん……知ってたよ。ダンジョンに入る冒険者達がいつも言っていたから。錬金術師を裏切った友人が謝罪に建てた石碑だって」


 マリーの声は震えていた。

 怒りか。

 1000年近く抑圧されていた感情が今吹き上げたのだというのなら、それは計り知れない情動となるだろう。

 こんな所で暴れられても困るのだが。

 その場から離れさせようと、肩を叩いた俺は覗いたマリーの顔を見て少し面食らった。


「でも、違ったんだ……。あの子、私を裏切ったわけじゃなかったんだ!」


 マリーが泣いていたからだ。

 頬を涙にぬらして拳を握しめ、後悔の念を口から吐露し、肩を震わせる。

 そんなマリーに俺は純粋な疑問をぶつけた。

 

「裏切ったわけじゃない? 共に身を守ろうとするお前の誘いを断ってあざ笑ったと聞いたぞ」


 俺がそう聞くと、マリーは碑文を指す。

 そこにはドラゴンの言葉でこう書かれていた。


『私の友達マリーへ

 貴女の誘いを断ってしまってごめんなさい。悪いとは思うけどこうするしかなかったの。やむを得ない事情はあったけれど、貴女にしてしまった事をどうか許して。

 知らないと思うけど、実を言うと私はドラゴンなのよ。実家を出るときに長のオーラ様と誰にもドラゴンである事を打ち明けてはいけないって約束したのよね。だから貴女が、オーラ様とお話したって聞いた時は驚いたけど嬉しかった。もしかしたらオーラ様が私の事も話してくれたんじゃないかって。別にそんな事はなかったんだけどね。

 あの方からスキルを貰った貴女は以前よりも周囲から孤立していった。私達が出会った時は学園で、貴女はまだ幼くて生意気な子だったけど、友達は沢山いたわ。それを貴女が錬金術を使い始めて才能を発揮し始めたら、誰も貴女に近寄らなくなった。才能目当てで残っていた少数の友人も、異界の話を聞いたら気味悪がってどこかへ行ったわね。嘘つきマリーって罵りながら。まあ、貴女はそれに動じず全身毛むくじゃらになる薬を飲ませてやり返してたけど。あれは面白かったわ。


 話が逸れたけど、私は謝りたくてこの碑文を立てた。帝国がドラゴンと戦争しようとした時、貴女はそれに反対した。そうして宮廷から追い出された貴女は地下に研究所を作ってドラゴンから身を守れるようにした。貴女ならの才能があれば、他の国に召し仕える事だって出来たのに。それはきっと私のためだったのよね。貴女は私の事を人間の、帝国貴族のご令嬢か何かだと勘違いしていたから。ごめんなさい。もっと前に正体を明かして、戦争が始まる前に貴女と逃げられれば良かったのに。

 でもそれはできなかった。オーラ様との約束もあるし、それ以上に私は『欲望の繭』を持っていたから。私が欲を溜め込む事は禁止されていたけど、必要以上に解放する事も禁止されていた。そうすれば欲望がふ化して、スキルによる運命を捻じ曲げてしまうから。貴女を帝国から攫えればどんなに楽だったか。他の国で楽しく過ごせればどれだけ楽しかったか。私はただ貴女を待つことしかできなかった。貴女をこの地に縛り付けたのは私だというのに。

 もしも貴女がここを出たのなら、どうか好きに生きてください。私の事は探さずに。

 貴女の友人フラウ 真名フラウロスより』


 ダンジョンに入る前に俺が呼んだのは最初の3行だったか……。

 しかし、色々と興味深い。

 どうやらこれを書いたドラゴンも『欲望の繭』を持っていたらしい。

 しかも文章から読み取るに、オーラから俺が聞いたよりも詳しい話を聞かされている。

 欲望を溜め込むか解放しすぎるとふ化して……どうなるのか分からないな。

 おそらく里で聞いたスキルが運命を司っているという話が関連しているのだろうが。

 と、そこまで考えた所で隣でマリーが泣いているのを思い出した。


「フラウロスか。天業竜山の里ではそんな名前のドラゴンには会わなかったな。どこかで任務でもやっているんだろう。……どんな人だったんだ。そのフラウってドラゴンは」


「……優しい子だった。無口だけどいつも笑っていて、でも私がいじめられた時は一緒になってやり返してくれた。ずっと一緒だった。魔法学園で出会って卒業して、私が宮廷に仕えてからも、いつも私の話を聞いて静かに笑ってくれた。慰めてくれた。悲しんでくれた」


 マリーはゆっくり語った。

 フラウという自らの素性を隠し友人の事を想っていたドラゴンについて。

 やがてマリーの言葉は後悔を紡ぎ出した。


「でも私は、向こうの事も考えずに、裏切られたって私の事ばかり言って。あんなにあの子さえいればいいって思ってたはずなのに……一度断られたくらいで、いじけて地下に閉じこもって、あの子が私を待っていてくれてるなんて思いもしなかったんだ。ごめんなさいフラウ……」


 マリーの涙が石段に染み渡る。

 今彼女を満たしているのは後悔と懺悔だ。

 その念はよく分かる。

 だが今は歩いてもらわなくては困るのだ。


「マリー、ドラゴンの寿命は長い。フラウロスにはまた会えるさ。その時に言いたい事を言えばいい」


「……うん」


 座り込むマリーの背中を撫で、慰めてやる。

 これで少しは立ち直るのが早くなればいいのだが。

 ああ、もう夜が来てしまった。

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