地下研究所へ

 灯りのない垂直の縦穴。壁は滑らかで、明らかにこのダンジョンの一部であると分かる。

 自由落下を続ける中で、羽があるのだから飛べばいいと気づいたのは、地面に激突する寸前だった。

 俺より先に地面に激突し、反発する空気を掴み着地。

 足元からは変わらず謎の金属の固い感触がした。


「『灯火』」


 里で習った魔法を使い、浮遊する発光体を造り出し浮かべる。

 縦穴は円形で紐のような物が上から吊り下がっていた。遠くに見えるあれは滑車だろうか。

 どうやらここは、何かの設備の中らしい。

 形状から察するに昇降機・・・・・・大きさからすると人やゴーレム用のエレベーターだろう。


「・・・・・・修復開始・・・・・・完了」


 遠くからかすかに聞こえる声と、火花の弾ける音に上を見上げると、俺が壁に開けたせいで漏れていた光が小さく絞られやがて消えた。

 

「これでレイオンは万が一にも俺を追えなくなったな。だが、どうするか・・・・・・」


 エレベーターは乗る物だ。

 ならばどこかに乗るためのカゴがあるはずだが見当たらない。

 ・・・・・・もしかすると俺の乗ってるこれがカゴなのか?


 しゃがんで床をよく調べてみると、模様だと思っていた一部の溝が扉になっている。

 爪を差し込んで無理矢理引き剥がすと、光が溢れてきた。

 ダンジョン内部を満たしていた光と同じ色だ。

 中に降りて筒状の丸い壁に沿って見渡すと、スイッチが縦に幾つか並んでいるのを見つけた。


「ああ、やはりあったな。【開】と」


 自分でボタンを押してから、一連の動作の不自然さを自覚した。

 なぜ俺は初めて使うはずの異世界のエレベーターをあっさりと使えたのか。

 そう、奇妙な事にそのスイッチは俺のよく知っているデザインで、使われている文字でさえ日本の物と同じだった。

  

 俺はいよいよこのダンジョンが分からなくなっている。

 作ったのは1000年前の帝国の錬金術師だというが、石碑に使われていた竜言語からして知り合いにドラゴンがいて、更に今度は日本語まで使われてるときた。


「ドラゴン? 異世界? 一体何の研究をしてるんだ?」


「う……ドラゴン?……何の話だ」


 肩からいきなり声がしたので驚いた。

 色々あって忘れていたが、ジョンを背負ったままここに来ていたんだった。

 あれ……? 不味くないか、この状況。

 今の俺はドラゴンの頭に、黒い鱗、おまけに羽まで生えている。

 誰がどう見たって百人見たら百人が魔物だと断言する姿だ。

 

「その声はヒトゥリか? あれからどうなった……。3人組が毒を盛って、お前は逃げられたのか?」


 よかった。どうやら俺の姿は見えていないようだ。

 ジョンはまだ意識が朦朧としているのか呂律も回っていない。

 俺の姿が見えないのなら、ここを出るまでは連れていても大丈夫だ。  


 だが、安心してもいられない。

 ジョンはおそらく目も開けられない程に疲弊しているのだろう。

 早く助けなければ手遅れだ。

 レイオン達に任せればよかったか?

 ……いや、やはり駄目だ。

 あいつらがジョンの事をどう考えるか分からないが、俺の仲間だと思われたとするなら対応が最悪になる。

 やはりこのまま連れてきて正解だった。


「ああ、無事に逃げ切った。お前に飲ませたアレは薬だよな? 」


「薬……? ああ、薬だ。恋人が持たせてくれた……」

「ならいいんだ。だが、ちょっとしたトラブルが起きて、ダンジョンの更に地下に落ちたみたいだ……無理に話さなくてもいいぞ?」


 ジョンが声を出そうとしてうめく。

 死ぬのか?


「いや、話させてくれ……これが最期かもしれないのなら頼みがある」


 本当に死ぬ寸前のようだ。

 知ってるかジョン、そういうのフラグって言うんだぜ。


「なんだ、言ってみろ。やれる事はやってやる」


 ありがとう。

 ジョンはそう言って、語り始めた。


「お前、俺の生まれがどこか知らなかったよな? 俺、実は皇国で生まれたんだ。北の方で、寒くて、キツイ土地だった……。150の時に皇国とその土地に嫌気がさして国から逃げたんだ」


 初耳だ。

 確かにこの国のエルフは昔からこの王国に住んでいる一族ばかりで、ジョンのように独り身のエルフは珍しかった。

 この国で見たエルフは、寿命の長さと一族の固い絆で作り上げたコミュニティで高い地位を誇っているか、冒険者や身寄りのない日雇いで働いている者達のどちらかだった。

 俺はそこに特別な意味や理由を見出さずにいたが、おそらくそれは彼らの事情を知らなかったが故なのだろう。


「そしてこの国に流れ着いて冒険者を続けてもう60年……。昔から、この国は色々なエルフがいたが、皇国のどのエルフよりも幸せに見えた。皇国でのエルフの暮らしは奴隷のような暮らしをするか、各地の反乱軍に加わるかだったからな」


 基本的にエルフは美形だ。

 人類と呼ばれる5つの人類種の中でも特に環境の変化を読む力に長け、安全な土地への移動を繰り返してきた彼らは精霊との合いの子とも呼ばれた。

 しかしその美しさと、決まった土地を持たず外敵を阻む壁を立てる余裕のなかった彼らは、あっさりと人間の帝国に捕まり奴隷になったそうだ。

 それ自体はもう何百年も前の話で、エルフの全てが奴隷というわけではない。


「皇国はな……人間以外はクソとして扱われるんだよ。徹底した人間至上主義だ。子供の頃店から物を盗んだ人間のガキを咎めたら、罪をおっかぶせられて冬の川に投げ込まれたぜ……」


 だが、それはそれだ。

 皇国は元より人間の為の国。

 人間とそれ以外の人類種が平等に扱われることはない。

 そんな環境だからジョンも皇国から逃げてここまで来たのだろう。


「だから逃げた事に後悔はしてない。……ただ1つ後悔があるとすれば、それは残してきた女に対してだ」


 女……か。

 エルフでも150歳と言えばすでに成人している。

 いたとしてもおかしくはない。

 おかしくはないんだが……いるのか? この冴えないおっさんに惚れる女が。


「はっ、何を考えてるか分かるぜ。……その通り、なんで俺と一緒になってくれたのか分からないくらい良い女だった」


「でも、置いてきたんだろ? それはなぜだ」


 ジョンの呼吸は完全に落ち着いている。

 順調に快復に向かっているようだ。

 これなら死ぬ事はないだろう。


「皇国から逃げるのは、暮らすよりも大変だ。国境を越えて最初の街に入るまでの幾つかの晩を、住んでいた町の領主が放った追手に怯えながら過ごした。凍傷で麻痺した脚がいつの間にか2倍に膨れ上がって、引きずりながら歩かなきゃいけない日があった。濁り汚れた川の水をすすって腹を壊した日もあった。皇国にいれば命と生活の保障だけはされる。だから置いてきたんだ。いつか金を手に入れたら行商に紛れて迎えに行こうと……」


 そう言って、ジョンは押し黙った。

 無理だったのだろう。

 今日ダンジョンで見た魔石の価格や、ギルドで見かけるCランクの依頼では、王国から皇国までの馬車を雇うには長い時間が掛かる。

 さらに同行人、関門の警備兵、街の衛兵に渡す賄賂を考えれば、その金額は膨れ上がる。

 無理だとは言わないが、ジョンでもあと40年は掛かってしまうだろう。

 

「ヒトゥリ……お前が皇国に行く用事があれば、皇都から北東にあるトラウという町でユリヤというエルフの女に言ってくれ『お前を置いていってしまってすまなかった。どうか幸せになってくれ』って」


 エルフの寿命は長くて400……。

 その恋人がジョンと同い年としても、もう200歳を越えている。

 他の奴と結婚しているとでも考えているのか。


「ああ、気が向いたら行ってやるよ。だがな、それぐらいお前が行って話してやればいい」


 お前は、残された側の者の気持ちを分かっていない。

 親しかった人物が自分を残していく喪失感や、世界が暗転するあの感覚をお前は知らないんだ。

 

 聖の奴を失った俺が自分で思い出しても惨めなくらいに、深刻なダメージを受けていたのを思い出した。

 残す側はただ心残りにするだけだが、残された側は確かな傷跡として心にお前の姿を刻むのだ。

 だからこいつを、最期の時まで諦めてさせてはならない。


「へへ……今死にそうなのに後何十年も生きろってか?」


「そう言ってるんだよ、俺は」


 ジョンの話の途中で幾つかの部屋を覗きながら先に進んできた。

 生活感のある部屋だったり、前世でも見た理科室の実験器具が置いてある部屋を覗いて、ようやく最後の扉だ。

 ここが外へ通じる出口でなかったら、いよいよ俺はこのダンジョンの壁を破壊しながら進まないといけなくなる。

 

 重厚な合金の扉に触れると、それは自動で奥へと開いた。

 もはや慣れてしまったこの世界にはオーバーテクノロジーな技術の先には、1人の少女が立っていた。

 白衣を着て、右手にはフラスコを持ったいかにも研究者風なその子は、振り返ってこう言った。


「ようこそ、我が研究所へ! さっそくだけどそこの病人はこの薬を飲んでね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る